十八 久しぶりの外出

「ヒラサカさま」

「コミツか」


ミヨが寝たあと。

静かなソタナの廊下でヒラサカを見つけたコミツは声を掛けた。

ヒラサカはいつもとおなじ柔らかな表情で答える。


「お話があります」

奇遇きぐうだ、私からもミヨ様のことで話があった」


「冥王様からの話です」というヒラサカの言葉に、コミツは静かにうなずいた。


 * * *


「今日の体調はいかがですか?」

「とてもいいです」


ミヨが部屋に閉じこもるようになって数日。

ミヨの体調は初めて中庭に行く頃ぐらいまで良くなった。

しかし、それでも金湯きんゆはまだにごっていて、魂の治癒までは至らないらしい。


「ヒラサカさまには話を通してあります。また、今日はあまり中庭に人はいないようです」

「……」


ミヨはしばらく考え込んだ。

だが、考えても仕方ないし、今日だと思った。

ミヨは新しい浴衣ゆかたに着替えるために立ち上がった。


「……コミツさん、よろしくお願いします」

「ええ!任せてください!」


コミツは笑顔でそう応えた。


 * * *


しばらくして。

ミヨは久しぶりに部屋から外に出た。

廊下に出ると、すぐに感じるソタナ全体のにぎわい。

あの『桜の間』は太客ふときゃく用とのことだが、おそらく壁が厚く作ってあるのだろう。

今まで気にしたことも、気になったこともなかったが、部屋を出ると一気に感じるようになる。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫です、いきましょう」


ドキドキしながら、コミツと共に廊下を進む。

ミヨとコミツは中庭に行くときの計画を考えていた。


おそらくミヨが声をかけられるのは、生前のミヨのことを知っている人。

であれば、ミヨがミヨだとわからなければ、声をかけられないのでは、という結論に至った。

そこで、コミツがミヨの髪型を変えて、更に三角布さんかくきん白髪はくはつ交じりの髪を隠せば、正体を隠すことにした。

さらに、コミツもミヨと同じ浴衣を着て、二人で歩くことにした。


「これで大丈夫だと思います」


ミヨも出るときに姿見でみたが、今までと雰囲気が変わっていた。


「それにしても、ミヨさまの髪ですが、最近白髪が減ってませんか?」


中庭に移動しながら、コミツがそう聞いてきた。

ミヨはふと考えてみるが、思ったことはない。

ただ、少なくとも左の後ろ毛は白いままだ。


「前の方は変わってないと思うんですけど……」

「さっき、髪を整えているとき見て気付いたんですが、後ろの方の髪の白髪が減っていると思うんですよ」

「……全然気付いていないです、というか気にしたことなかったかな……」


白髪は昔からあったもので、どんどん増えていたので、気にしたことはなかった。


「ミヨさまの紺色の髪、きれいだから、このまま白髪がなくなるのがちょっと楽しみなんですよね~」


死ぬ前は周りの人もミヨの白髪を気にしてはいなかった。

でも、コミツや冥王はミヨの髪を、年齢に似合わない白髪を気にしてくれていた。

思えば、こんな風に誰かに髪を結ってもらったという思い出もあまりなかった。

結っても、伝統でんとうある髪結いだけだった。


「もしかしたら、魂の治癒と一緒に後ろだけでも白髪がなくなってくれれば、ミヨさまと気付かれないかもしれないですね!」


確かに、白髪交じりの紺色の髪はミヨをミヨたらしめるものだったかもしれない。


「そしたら、わたし、もっといろんな髪型を試してみたいですね!三角巾で隠れちゃうなんてもったいないです!」


コミツの力説は、ミヨに笑顔を与えた。

今までしなかったことが少しずつ加わっていく。

ミヨはコミツといることが楽しくなっていた。


 * * *


中庭が見える廊下の窓から、冥王とヒラサカは静かに中庭の様子を伺った。

今日はミヨがコミツと中庭に遊びにいく日。

冥王は早めに仕事を終わらせて、ソタナに来ていた。

今日は死者も少ない様子なので、丁度いい日取りだと思った。


「いらっしゃいましたね」


ヒラサカが言うと同意に中庭に降り立つミヨ。

今日来ている浴衣は紺の浴衣で、隣のコミツも同じ浴衣を着ている。

また、肩掛かたかけを羽織はおって、首元やあごの線が見えないようにし、髪を上げて手ぬぐいで髪の色を隠している。


「コミツからの提案です。容姿を変えれば、ばれにくいのではないかと」

「いい案だ」


冥王はコミツと笑いながら歩くミヨに違和感を覚えた。

前に見た時よりも、笑顔が柔らかくなっている。

これも魂の治癒が進んだ証拠しょうこだろうか。

それに、いつも下ろしている髪をあげて笑っている彼女の姿は、今までの雰囲気とまた違い、冥王の視線を奪った。


「……よくお似合いですね」

「……ヒラサカ」

「後でコミツに伝えてもらうようにしましょう」


冥王の心の声を代弁したヒラサカに低い声で牽制けんせいする。

しかし、ヒラサカは笑みを深めて知らないふりだ。

冥王にはヒラサカが見通しているなんてことはわかっている。

それが頼もしいこともあるが、今は面白くなかった。


「別に伝えなくてもいい」

「そうですか?きっとミヨさまもお喜びになりますよ」

「……見たことを伝えると、良くない影響を与える」

「そういえば、最近ミヨさまに会いにくるのが減りましたが、どういった心境の変化ですか?」


遠くから二人を観察しながら、会話を続ける。

ミヨに会いに来なかったり、差し入れをしたりすることが減った冥王の心は、流石のヒラサカもわからないらしい。


「私はしばらく、ミヨに会わないつもりだ」

「……何があったのですか」


さすがのヒラサカも眉根を寄せた。

冥王は先日、ミヨと二人で話したことを思い出す。


「本来は地獄行きだから問題をおこさないように監視されているとミヨは受け取っていた」


ミヨに触れた手が振り払われる感覚。

それが冷たくて、逃げるように去ってしまった。

あの男が残した傷跡きずあとだ。

しかし、冥王にはどうすることもできない。


「………考えすぎのような気もしますが」

「そうか?」

「あなたも、ミヨさまも」


ミヨはコミツと二人で足湯に入り、作った温泉卵を二人で食べている。

その風景を眺めているだけでいい、とさえ思った。

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