十七 コミツの計画


「それで、ミヨさま。この干し柿はなんです?」


パリポリ、と、持ってきてもらった温泉せんべいを食べるミヨに、改めてコミツが気づいたように聞いてきた。


「これは………中庭には置いてませんが?」


なわつかみあげる。


「それは冥王さまからいただきました」

「冥王さまからぁ⁈」


また声を上げるコミツ。

改めて、信じられないようにまじまじと干し柿を見る。


「え……どういうこと………?冥王さまが……作ったってこと……?え……?」

「自分で作ったって言ってました」

「えええ………」


コミツはそれでもまじまじと干し柿を見ている。


「え…なにこれ………皮むき完璧かんぺき…縄のめ方、慣れてる……は?」


目線が干し柿から離れず、まじまじと見ている。


「コミツさん?」

「あ、えと、ミヨさま。すいません。あまりにもできがよくて見とれてしまいました……」


そう言いながらも、コミツの頭の上には、はてなが浮かび、ブツブツと呟いていた。


「冥王さまが、干し柿……どこで?え、宮殿きゅうでん?まさか……ミヨさまのために?流石にそこまでじゃなくない……?」


ミヨはそんなコミツを見ながら、温泉せんべいを食べていた。

温泉せんべいはサクッとした食感で、甘すぎず、けれど、香ばしい匂いが鼻を突き抜ける。

いつまでも食べれそうな気がした。


「まぁ順番はどうであれ、ミヨさまのものですから……」


温泉せんべいを食べ終わったミヨの前に、そっと干し柿が置かれた。


「温泉入りながらも食べてください」

「えっと、よければ、一つあげましょうか?」


干し柿を手放すのに時間がかかったコミツが気になって、ミヨは思わずそう口にしていた。

しかし、コミツはふるふると頭をふる。


「いえ、冥王さまの気持ちを無駄にするわけにはいきませんから……」

「あ、ありがとう……」


ミヨはそう言って、干し柿を受け取る。

糖分が外に出て白く固まっている干し柿は、確かによくできている。


「冥王さまが作ったんじゃなくて、もらいものかもしれないですし」

「これは手作りです。わたしにはわかります。ミヨさまが食べなければなりません」

「あ、はい」


毅然としたコミツの声色に、ミヨは大人しくうなずいた。


「で、他にどのようなお話を冥王さまとされたんです?」


コミツは自分を落ち着かせるように、緑茶を一気飲みして、ミヨにそう訊ねた。


「あとは、中庭に行くときの話とか……」

「まさか、自分が付いていくとか、言わなかったですよね?」

「…言ってない、ですよ。えっと、コミツさんと一緒に行くといいと言われました」

「本当に?」


あのときの複雑な気持ちを思いだす。

まだ、整理ができていないし、あのときの冥王の行動が理解できていなかった。


「さ、最初は仕事を調整するとか言われましたけど……」

「はぁああああああ⁈⁈」


あえて、頭をでられたことは言えなかった。

だが、ミヨの叫び声が全て吹き飛ぶ。


「確かに!冥王さまはあの見た目ですし、表情ほとんど変わらないし!でも、わたしたちや魂には優しい方なんですよ!ミヨさまを守るという点では、冥王さまの力はごもっともですし、わかります!」


コミツの気持ちは緑茶一杯では落ち着かないらしい。


「ただ、冥王さまへの印象が、超高速ちょうこうそくで変わっていく……」


一人で頭を抱えるコミツを見て、ミヨはどう反応していいかわからなかった。

ミヨが来る前の冥王がどんな人柄ひとがらだったのか、なんて知るよしもない。


「よし!これはヒラサカさまに報告と相談!いや、ヒラサカさまに報告しても、はぐらかされそう。むしろ、わたしは墓穴ぼけつるのでは……?」


悩んでいるコミツの呟き。

ミヨは冥王とヒラサカを思い出す。

二人が喋るときはやはりヒラサカが主に話すのだろうか。それとも、意外と冥王もヒラサカにも話すのかもしれない。


「いやヒラサカさまなら、冥王さまを上手く誘導ゆうどうしてくれるかもしれない………いや、なんなら一緒に干し柿を作っていたのかも……」


冥王とヒラサカが二人で、柿に縄をつける。

皮をむき、それを軒下のきしたにつるす。

ヒラサカはいつもの笑顔だが、冥王は無表情で作業していそうだ。

時々、軒下の柿を揉む、無表情の冥王と笑顔のヒラサカ。


「ふふっ」


思わず笑ってしまう。

コロコロと変わるコミツの表情には裏がない。

真意を探る必要のない会話に慣れてきたのだと思う。

素直に、面白い、と思ってしまった。


「……よしっ」


コミツがこっちをみて笑っていた。


「やっと笑いましたね!」

「え……?」

「ミヨさま、気付いてませんでした?全然笑ってなかったんですよ」

「気付いて…ないです」

「わたし、ずっと気になってたんですよ。冥王さまとミヨさまの関係性と同じぐらい。ミヨさまが全然笑わないから」

「そう、かな」

「そう!笑ってるけど笑ってない」

「え?」


それはミヨが他人にも感じていたことだ。


「失礼しますよ」


コミツがミヨに近付いて、その頬を引っ張る。


「うふぇ……」

「ほっぺたが固いです。無理矢理笑っているうんです。わかりますよ」


頬をむにむにと引っ張られる。

そういえば、あまりほっぺたに力を入れたことはない。

それに、笑うときの感覚は随分ずいぶんと久しぶりな気がした。

笑うと、もやもやした気持ちが溶けていく。


「ほら、力抜いて力抜いて」


ミヨの頬をみながら、コミツは笑う。


「よかった。ミヨさまが本当に笑えない人だったら、わたし、永遠に頑張がんばってたと思います」


一通りもんで満足したのか、コミツはミヨの頬から手を離す。


「ずっと計画してたんですよ。どうやったらミヨさまを笑わせれるかって。これで、冥王さまよりも、ミヨさまの笑顔を先に見れました!」


達成感に満ちあふれた顔で、夕食を準備するためにコミツは立ち上がった。

ミヨは先ほどまで揉まれていた頬に自分でも触れてみる。

引っ張ってみると、確かに固い感じがした。


「笑ってなかったかぁ」


小さく呟く。

その後、喜ぶコミツを思い出して、ふふ、と笑った。

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