十六 人間が好きか嫌いか
「裁判おつかれ~!最後だと思う魂が来たから、きてみた!」
「おい………」
まるで遠足にいく少年のように、神が陽気に片手を挙げた。
セダはため息と共に、不満を吐き出す。
その程度が神に効果があるとは思っていないからこそかもしれない。
「何しにきた」
「つれないなぁ~我の仕事を受けているところじゃないかぁ!」
それに、と神の目線がちらり、と天界への扉の向こうに走る。
「なんだか、興味深いやつが送られてきたねぇ。その説明もしてもらおうか」
「……」
にやり、と笑う神は誰も止められない。
止めるとさらに面倒になることはわかっていた。
セダは無言で自分の座っていた椅子の裏、自室に続く廊下へと足を向けた。
「私の部屋へ」
「そうこなくっちゃ!」
ヒラサカにも目線を送り、同席するように伝え、三人でセダの自室へと向かった。
途中、指をふり、使役している
「ははー、相変わらずこっちは冥界の雰囲気
その骸骨たちを横目で見ながら、楽しそうに呟く神を無視して、セダは自室に入り、自分の座椅子に座る。
セダの自室は狭く、最低限のものしかない。
神が来るときも基本的には『桜の間』で受けることが多いので、客人を招くためには作っていない。
なので、二人には座布団を渡す。
そして、小さな机に明かりと湯飲みが三つ。
ヒラサカは「立っております」と言うが、神の「まぁ座れよ」と我が物顔で言うものだから逆らえず、渋々座った。
「で」
説明しろ、と目線で訴えてくる神に、セダは何から話そうかと考える。
今、一番神が気になっているのは、先ほどの男だろうし、ヒラサカも気になっているはずだ。
「先ほどの魂についてだが」
「おう。あんなに『地獄に落とせ』という自覚のあるやつは久しぶりだ。我がお前なら、ご希望通り、地獄に落としているぞ」
「あの魂は分別がついている。魂の格があがると考えた。地獄の火が
「まぁ、ああいう場合は、人間界が本当の地獄だとわかってる魂かもしれないな」
その方がご希望通りか、と笑う神。
セダは気にしないことにした。
神はいつも通りだ。
「それと、あの魂が地獄にこだわる理由はもう一つある」
「ほう」
「自分が地獄に落ちる代わりに、ミヨを地獄に落とすな、と言ってきた」
「ほほう」
神が面白そうに笑った。
その金色の瞳は、性格の悪さが隠し切れていない。
ヒラサカはそれをちらり、と見るも、同様に気にしないことにしたようだ。
「あの魂は、我が責任を持って人間界に転生させておく。にしても、どうしてそんな話になった?」
「昨日一つの魂を地獄に
ヒラサカがぴくり、と眉を動かし、冥王を伺う。
同じ人物を思い浮かべているのだろう。
冥王は手短に話をまとめた。
「ミヨの『蘇り』の力を求めた魂が宿で大暴れをし、騒ぎをおこした。そして、ミヨに対して『地獄に落ちるべきだ』とわめいていた。そのためミヨの魂の傷が増え、治癒が長引いている」
「地獄行きが
「その騒ぎを聞いていたらしい。ミヨを助けるように言っていた」
「それだけではないだろう」
神はにやりと笑いながら断言した。
「もっとあるはずだ。やつがあそこまで騒ぐ理由が。我の天界を
「……」
セダは表情をかえない。
神はいつもそうだ。
単純な足し引きでは人間が満足しないことを知っている。
もらったものは軽く、支払ったものは重く受け止めるのが人間だと思っている。
それは神や冥王も一緒だからこそ、この仕事が成り立つ。
「ミヨに死んだ魂を蘇らせるような力はもうない」
「ああ、その通りだ。冥界ではもう無理だろう」
「だが、魂の治癒速度をあげる効果がある可能性がある」
「冥王様、まさか……」
それまで全く口を開かなかったヒラサカが、驚いたように声をあげた。
セダは頷いた。
「その魂はミヨと話し、接することで、治癒速度があがり、予定よりも数日早く魂の傷が癒えた。他のものたちも。魂同士の騒ぎがあり、いずれも影響を受けたはずだが、最小限にとどまった。冥界、およびソタナはいつもどおりだ」
「………それで?」
神の笑みは消えない。
その先を待っている
しかし、冥王はそれ以上言うつもりはない。
「以上だ」
「確かに、天界行きを嫌がる魂が自身の傷を理解し、魂の治癒を実感し、我の『ミス』のおかげだと認識しているのであれば、その行動も理解の
「何もない。ただ、ミヨの治癒は時間がかかると伝えておく」
「違うな」
神は湯飲みを一気にあおり、緑茶を飲み終えると、冥王に指を向けた。
「我に隠し通せると思っているのか?もうお前ならわかっているはずだ。あの魂の傷があとどれぐらいで癒えるのか。あの部屋に閉じ込めれば、どれぐらいで我の元に送れるか。お前の自慢する中庭で、何も騒ぎがなく過ごしたときん、どれぐらいで治るのか。それを我に伝えない理由はなんだ」
セダは今度こそ、黙りきった。
なんとなく、治癒期間は推定している。
だが、それがどこまで正確かには自信がない。
その理由だけで伝えない、というには、神は納得しないこともわかっている。
だから、黙っていた。
「お前…」
神の瞳は、
「あの魂を我に引き渡すつもりがないな?」
「それは違うな」
セダはぴくりとも眉を動かさず、即答した。
それでも神の顔色は変わらない。
「ミヨはまだ戸惑っている。ミヨとして生きた人生を受け止めることができていない。死なない魂だっただけに、魂への負担が大きい。だから、壊れないように天界に送るため、時間が必要だと考えている。容易に壊れるように作ったのはお前だ、神」
「ほう、我の責任にするか、セダ」
神の笑みが深まる。
セダはそれを冷ややかな表情で眺めた。
もう後には引けない。
「…お前……本当は人間が嫌いだろう?」
「面白いことを言うようになった」
くくく、と神は
「我はそんな面白いことをいうようにお前を作った覚えはないが……長年の冥界労働がそうさせたのだろうな。なぁセダ?そういうお前は人間が大好きらしい」
表情を変えないセダを、面白そうに見る神の瞳が、ちらり、と部屋の外に向かう。
そこには一言も発さず、ただそこに立って存在している骸骨たちがいた。
たとえセダが命令して、骸骨が神を捉えようとしたとしても、神は骸骨を
それが元が何か知っているから。
「お前がかつて地獄に堕とし、後悔した人間の魂が抜け落ちた姿。わざわざ地獄に降り、炎の底から拾い上げて組み立てたそうじゃないか。そんな魂の抜け
「………ここは冥界だ」
いつの間にか、セダの手には銀色の杖が握られ、その先が神の鼻先に向けられていた。
「この冥界は、神、お前が私に受け渡したものだ。今は私のものだ。この冥界に難癖をつけるようなら、出て行くといい」
「今日のセダは機嫌が悪そうだ」
神はそう言い、立ち上がる。
鼻先に向けられた杖に気を留める様子もなく、やれやれ、と肩をすくめる。
「今日は収穫なし、ということで、帰ることにしよう」
邪魔したね、と、セダとヒラサカに伝え、部屋を出て行く。
廊下で、骸骨に向かって「お茶おいしかったよ」と嫌みを言うところまで、しっかりと聞こえた。
「冥王様」
「問題ない」
神の気配が去る。
セダは杖を
ヒラサカは黙って主の姿を見守った。
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