十五 足湯の拷問師
「次の者」
「はい……」
最後に入ってきた男は、覚悟を決めた顔つきをして、冥王を見上げた。
それを見下ろす冥王。
表情は変えない。
扉の傍に控えるヒラサカも無表情のままだ。
「死ぬ前の人生はどうだった?」
「私は
「……」
遠目でみたヒラサカの眉根がピクリと動く。
セダはそれを見なかったフリをして続けた。
「死んでからはどうだった」
「…………別に」
「……」
早く地獄に落とせと瞳が訴えてくる。
ヒラサカも気にかける雰囲気を
「……天界行きだ」
「なッ……」
絶句したのは拷問師だった。
「何でだ冥王!俺は地獄に行くってんだろ!ミヨはどうなる!」
「……お前にはお前の、ミヨにはミヨの魂だ」
「お前……あいつを地獄に落とすつもりか‼」
「それは個々人に関わる。お前が知っていい内容ではない」
「……あいつは俺を助けてくれたんだ‼あいつを絶対に地獄に落とさないと約束しろ‼」
「………」
セダは骸骨を通じて、男を掴んだ。
まさかここまで抵抗するとは思わなかったが、かといって決定を変えるつもりもなかった。
わめきながら天界の扉に連れて行かれる男。
セダはしばらく眺めていたが、不意に椅子から立ち上がり、天界の扉の直前で男に近付いた。
「私が本当に地獄に落とすときは」
男がきっと冥王を睨みつけてくる。
「魂が癒えるのを待たずに落とす」
「それは」
「そのままの意味だ」
男は、はっとした目で冥王をみる。
全てを悟ったその瞳に、冥王は瞳で応える。
間違いはない、と。
「連れて行け」
セダの一言で呆然とする男は、その状態のまま天界に押し込められ、扉を閉められた。
「今日は以上です、冥王さま」
「ああ、ご苦労」
ヒラサカが静かにセダの後ろに近づき、声をかける。
「先ほどの方は……」
「ヒラサカ、あとで話がある」
「……わかりました」
ヒラサカはあの男の口から「ミヨ」の名前が出たことが気になっているのだろう。
良い機会だと思ったし、ヒラサカには伝えておきたかった。
「ではこの後、私の部屋で…………」
「裁判おつかれ~!」
閉じたと思った天界の扉が再び開いて出てきたのは、金髪の男。
セダは眉間に深く
* * *
「はぁ?」
冥王が去ったあと、机の上をみたコミツは絶句した。
「冥王さまがぁ⁈」
「え、ええ……」
机の上には、先ほど冥王が持ってきたサイダーとまんじゅう、干し柿がそのまま置かれていた。
コミツは湯飲みを引き下げ、新しいお茶を用意しているが、その表情は恐ろしいものをみるかのようだ。
「やっぱり、ミヨさまが来てからの冥王さまはおかしい……」
「でも、このサイダーとまんじゅうは別の人から渡されたものだって……」
「だとしても、いつもならヒラサカさまに任せたりとか、場合によっては私を呼び出してもいいと思うのです。それが、冥王さま自ら持ってくるなんて………」
うーん、とうなりながら、ブツブツと唱えるコミツをよそに、ミヨはサイダーを手に取った。
冷たさはまだ残っているが、早く飲んだ方がおいしそうだ。
「ミヨさま、ちょっと」
口につけようとしたところ、コミツから制止がかかる。
きょとんとしている間に、瓶はコミツから奪われた。
「念のため、毒味を」
「一応冥王さまが持ってきたものなのだけど……」
「いろいろな可能性が考えられます。渡したものは冥王さまの好意を利用したのかもしれません。冥王さまが渡したら、確認もなしにミヨさまが口にされるのではないかと。それか、冥王さまがコミツを試しているのかもしれません!ちゃんと毒味をするかどうか。そのときにはきっとヒラサカさまも関わっているでしょう。あるいは、もうすでに冥王さまが……」
「冥王さまが…………?」
急に言いよどんだコミツの言葉がわからず、ミヨは首をかしげた。
しかし、コミツはミヨに瓶を返すことなく、考え込んだあと、「うん」と一人で頷いていた。
「いえ、やはり一度、コミツが口をつけておきます。そんな
何が非道なのか。
ミヨが理解できないうちに、コミツは一口サイダーを飲んだ。
しばらく味わうように口に含んでいると、飲み込み、また頷く。
「ミヨさま、大丈夫です。問題はないと思いますし、これは中庭で配られているサイダーです」
「あ、ありがとう……」
やっとミヨの元に返ってきたサイダー。
もう飲もうとするのを止められることはない。
すこしぬるいが、それでも甘すぎないサイダーは口当たりがよい。
久しぶりの緩やかな刺激を楽しむ。
「そういえばミヨさま。これをもらった人に、心当たりはあるんですか?」
コミツの手元はお茶の湯飲みに戻っている。
ミヨはひたすらサイダーを飲みつつ、頷いた。
「冥王さまには『足湯の拷問師』って名乗ってたみたいなんですけど、私が足湯でしゃべった人ですね」
「ごうもんし……」
「はい。生きているときの仕事がそうだったみたいです。本人はちょっと気にしてましたが、ちょっと私に似てたんです。多分、私にとってのゴンみたいな人がいないか、中庭で
むしろ、ミヨのほうが考えなしだった。
自分が死んでしまえば、これまで
それは間接的にミヨが殺した、と考えられてもおかしくない。
足湯で会った彼が直接的に人を殺していて、その考えに至りやすかったのだろう。
「で、その人はどうなったんですか?」
「……さぁわかりません。冥王さまは何も言ってなかったですね。でも、最後は苦しんで死んだから、魂の傷が深いらしいです。まだ中庭にいるのかも」
「そう……ですか」
サイダーを飲み干す。
まんじゅうが二個残っている。
「……コミツさん」
「はい」
「こしあん派ですか?」
「わたしは、つぶあんもこしあんもどっちも好きですよ」
「まんじゅう、一つたべます?」
「…え、なんでですか?」
「二つあるから」
それに毒味も必要だろう、と思ってミヨはそう尋ねたが、それに対してコミツは笑った。
「今の話を聞いて、もう毒味はなくても大丈夫だと思います。多分、その人はミヨさまと同じことように感じていたのだと思いますし、きっとこれはお礼なのでしょう?」
「そう、らしいです」
冥王も、そんなことを言っていた。
これはお礼だと。
「それなら、ミヨさまが食べるべきです。まんじゅうはサイダーと違って明日まで持ちます。今日一つ食べて、明日もう一つ食べてはどうですか?」
コミツはそう言って笑う。
ミヨはそれに心が揺れるも、思ったことを伝えた。
「わたしがコミツと食べたい、って言ったら?」
その言葉にコミツは目を見開いたと思うと、また笑う。
「そのときは、私が自分用のまんじゅうを持ってきますよ。これは、ミヨさまのためのまんじゅうです。わたしが食べるわけにはいきません」
「そう、そうですよね」
ふと、脳裏に足湯の彼が浮かび上がる。
彼と共に食べたまんじゅう。
しかし、ミヨの中では、まんじゅうと同じぐらい印象的なものがあった。
「ねぇ、コミツさん」
「なんでしょう」
「温泉せんべいを、数枚もらってきてくれませんか?」
無性に、温泉せんべいを食べたくなった。
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