十四 冥王の誓い


『コンコン』

「私、出てきますね」


朝食が片付く頃、部屋の扉が叩かれた。

コミツがすぐに立ち上がり、扉へと向かう。

ミヨは机を布巾ふきんで拭いて、片付けを手伝っていた。


「め、冥王さま⁈」

「え?」


コミツの驚いた声がミヨまで届く。

ミヨは思わず思わず声が聞こえた方向に目を向けた。


「失礼する」

「こ、こんにちは……」


入ってきた冥王に、思わず立ち上がって挨拶する。

冥王はいつもと同じ無表情でミヨを見た。


「………体調は、大丈夫か?」

「はい、昨日はありがとうございました」


ミヨはそう言って頭を下げた。

コミツが「お茶を用意してきます」と慌てて出て行く。


「……座っていいか」

「あ、はい、どうぞ……」


先ほどまでコミツが座っていた座布団に冥王が座るのをみてから、ミヨは座り直す。

すぐにコミツが新しい湯飲みを持ってきて、お茶を注いでくれる。

そして、失礼しました、と足早に部屋を去って行った。


「………」

「………」


沈黙が重い。

ミヨは注がれたお茶から銀色を探して、緊張を逃がす。

冥王と二人で会話をするのは、ここに来てすぐ以来だ。

沈黙に耐えきれなくなり、ちらり、と冥王の様子を伺うと、冥王はじーっと、ミヨを見ていた。


「えっと……あの……」

「……今日は……中庭に行くのか?」


唐突に冥王がそう訊ねてきた。

声色は昨日、ゴンに言い放った声色とは違い、初めて会ったときの声色に変わっている。

柔らかい感じがする。

言葉も少し選んでいるようだ。


「今日は、部屋でゆっくりしようと思います」


まだ中庭にいけば、昨日のことを思い出しそうだった。

あとで、コミツと相談して、サイダーは取ってきてもらってもいいかもしれない、と思った。


「…これを預かっている」


ゴトッ、と冥王が机に置いたもの。

それは、サイダーの瓶と紙に包まれたまんじゅうが二個。

どれも中庭でもらえるものだ。


「先ほど、宿の入り口で男に会った。これをミヨに渡してほしいと」

「あの、これは……」


男、と聞いて、今とっさに思い浮かぶのはゴンだ。

そういえば、ゴンは骸骨がいこつに連れて行かれてどうなったのだろうか。

想像するにあまり良いことにはなっていないと思う。

そしてそのゴンがこんなものを渡てくるとは思えない。


「中庭で君と話をした人だと言っていた。昨日の中庭の件もみていたが、今日冥界を去ることになったと。『足湯あしゆ拷問師ごうもんし』と伝えればわかると言っていたが」

「あ……」


それを聞いて思い出す。

ミヨに魂の傷について教えてくれたあの男だ。

こしあん派。


「君にお礼を言っていた」

「えっと、何にでしょう」


何かをしたとすれば、話を聞いただけだ。

だが、同じように話を聞かせてもらったのは、ミヨの方でもある。

それ以外には心当たりはなかったが、冥王には心当たりがあるような沈黙が流れる。


「……さぁ」


だが、それを言うつもりはないらしい。

ミヨも聞きたいとは思っておらず、それ以上何も言わないことにした。


「それと……」


サイダーとまんじゅうの横に、もう一つ置かれた。


「差し入れだ」

「は、はぁ……」


干し柿のようだ。

なわの編み方からは、丁寧に干されたらしいことがわかる。


「あ、あの……これは、どなたからでしょうか?」

「私からだ」

「……め、冥王さまから?」


赤い瞳がミヨをまっすぐ見ながら断言される。


「毎年、空いている時間に干し柿を作っている。ここで出される食事とは違い、癒やしの力はないが、たまにはいいかと思った」

「あ、ありがとうございます……」


断れるはずもなく、ミヨは素直にお礼を言った。

まさか、これが冥王の用件なのだろうか。

そのためだけに来たのだろうか。


「それと、ミヨの体調を確認しにきた」


考えていたことを見透かされたように、冥王からそう言われる。

冥王の目がミヨを確認するように上から下までみる。

特に、髪を気にしているようだ。

ミヨは気恥ずかしい気持ちになってくる。


「昨日のことは、他の魂には影響がなかったが、お前は真っ向から衝撃しょうげきをうけた魂だ。ヒラサカからも、傷が初日と同様にまで戻ったと聞いている」

「そ、そうなんですか……」


中庭から部屋に戻るまでの感覚は確かにその通りだった。


「あ、あの……ゴンはどうなったんですか?」


今なら聞けると思い、ミヨは勢いで冥王にそう尋ねた。

冥王は「ゴン……」と呟いたあと、「あああの男か」と合点がいったようだ。


「昨日、あの骸骨みたいな人たちに連れていかれましたが……」

「奴は地獄に送った」

「そう……ですか」


予想していた回答が現実となり、ミヨはなんとも返事ができなかった。

傷つけられたとはいえ、幼なじみだった。

多分初恋だった。

でも『蘇りの巫女』になったとき、彼とは両思いになれないと悟った。

すぐに彼には許嫁いいなずけができていた。


「ソタナで問題を起こした魂は地獄に送ることに決めている。警告はするが、その警告を破ったものは問答無用だな」


冥王はそう言い切った。

そう決まっているのなら。

その言葉は、ミヨの気持ちを少しでも軽くするためかもしれない。


「お前には」


ポンッと、頭が急に温かくなった。

まるで金湯を頭から浴びたときのような。

それが冥王の手だと気付くまでに遅れてしまった。。


「ミヨは、まず、自分の傷を治すことを優先してほしい」

「……はい」

「中庭は、この部屋よりも治癒力が強い空間だ。だが、昨日のような出来事があれば、傷が増える。癒えた傷も治らない。中庭に行くときは、私と一緒に行ったほうがよいだろう」

「え………?」


予想外の提案に、ミヨは驚いて冥王を見上げた。

冥王は気にすることなく、手でミヨの頭を撫でていた。

ミヨにはそれが逆に居心地が悪くなる。


「中庭に行くときは、ヒラサカに一言伝えてほしい。仕事を調整する」

「あの!」

「……なんだ」


撫でる手を振り払い、ミヨは冥王を見上げた。

わずかだが、冥王の目が見開かれる。

まさかそんな反応をされるとは思わなかった、と語っていた。


「どうした」

「わ、私は本当は地獄行きなんですよね?」

「何の話だ」


無表情だった冥王の眉間がよる。

その迫力に圧倒されそうになるも、ミヨは歯を食いしばった。

考えても考えても、ミヨの中にもう答えはみつからない。


「わたしは、神様の間違いで、しかも『世界の秩序を乱す』存在で、『迷惑行為』をたくさんしてきたってことですよね。だから、本当は地獄に行くんですよね」


最初の日に、神様が引き取ると言っていた。

それがなければ、地獄行きだったのだろう。


「本当は地獄行きだし、今は神様のためにも、監視が必要で……」

「落ち着け」


ぎゅっと、予想しない力で手が掴まれる。

いつの間にか冷たくなっていた手は、大きく暖かな手で捕まれていた。

元を辿ると、冥王に行き着き、その赤い瞳は、またまっすぐミヨを見ていた。

その瞳には、嘘も、怒りも、喜びもない。

ミヨには彼が何を思っているのか、わからない。


「お前は絶対に地獄行きではない。それはこの冥王セダが誓う」

「……」

「だが、魂が癒えたあとどうするか。それは前に伝えた通りだ。今は魂が疲れている。私も今来たことは悪かった。中庭に行くときにはコミツを連れていくといい。やはり休むことが重要だ」


早口でそう言うと、ぱっと手を離し、冥王は立ち上がった。


「邪魔をした」


そう言うと、足早に部屋を去って行った。


「……わかんない」


ミヨにはもう何がなんだか、わからなかった。

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