十三 コミツが気になること
次の日。
セダはヒラサカの言葉を繰り返しながらソタナの玄関にきていた。
館内は
朝食の準備と、今日の旅立つ魂の準備で忙しくしているのだろう。
そんな中、セダは迷いを抱えながらも、『桜の間』に向かう。
「冥王様‼‼」
「あ、こら!」
突然声を掛けられ、立ち止まる。
そこには見たことのない男が駆け寄ってきた。
その後ろからは従業員が追いかけてきている。
従業員の制止を聞かず、男はセダの前で片膝をついて、見上げてきた。
「お忙しいところすいません。ミヨさんのことでお願いがあります」
その名前を出されたセダは眉根を寄せる。
男を部屋に連れ戻そうとする従業員を止め、男と向き合った。
「何だ」
* * *
「ミヨさま、朝食の準備ができました」
「はい」
コミツの言いつけに従い、朝の湯浴みをしていたミヨは、声をかけられて濁った
振り返ってみると、金湯が徐々に金色に戻っていく。
どうやら、まだまだ魂の傷は深いらしい。
部屋に入り、
机には朝ご飯がすでに並べられていた。
「ありがとうございます」
「今日は、金湯の湯元の傍で干した一夜干しです」
「へぇ」
食事には銀湯が使われており、白米は僅かに銀色に光っていた。
その隣には金色を
「いただきます」
「はい」
ミヨがご飯を食べる横で、コミツはニコニコとお茶を飲んでいるのが日課になっていた。
そうして、冥界やソタナのことを教えてくれるのだ。
「この朝食は、みなさん同じものを食べているんですか?」
これまで金湯の食べ物がでてくることがなかった分、気になって、ミヨは魚の身をほぐす。
「そうですよ。各食事はわたしたちも含めて、同じものをたべています。もちろん、ミヨさまの場合はその日の体調に合わせて変えたりすることもあります」
魚は確かに金湯にある塩味が利いている。
白米を食べながら、初めての数日間はお粥だったことを思い出す。
おかずも、消化のよいものが多かった。
「…もしかして、冥王さまも?」
味噌汁を一口のみながら、ふと思ったことを口にする。
冥王がどこに住んでいるのか、ミヨは知らない。
ソタナと同じ建物のどこかに隠し部屋があって、そこに住んでいるのかもしれない。
「冥王さまはわかりませんね」
「え、そうなんですか?」
てっきり、同じ朝食を食べていると思っていた。
ミヨがコミツをみると、「そうなんです」と好奇心いっぱいなコミツがミヨに詰め寄ってくる。
「わたしたちも冥王さまが普段どのように過ごしているのかは知らないんです。普段何を食べているのか、何がお好きなのか。唯一わかっているのは、冥王さまが一人で宮殿に住んでいることぐらいです」
「きゅうでん?」
知らない情報が出てきて、思わず聞き返す。
ミヨはこのソタナの建物から外にでたことはない。
「はい。この宿から少し離れた丘の上に立ってます。建物は、ここができるよりも前からあったらしいんですが、洋風の建物なので、宮殿、と呼んでます。冥王さまは、ほとんどの時間をその宮殿で過ごすので、私もほとんど会うことはなかったんですよ」
「そうなんですね……」
確かに言葉少ない
「冥王さまのことはヒラサカさまがよく知っています。ですが、ヒラサカにきくのも……」
「そうですね……」
冥王の横にいることが多いヒラサカ。
確かに、ヒラサカは冥王のことを知ってそうだ。
ただ、ヒラサカの笑顔は、ミヨは苦手だった。
ヒラサカが嫌い、というわけでなく、良い思い出がない、というのが正しい。
「……というのが、今までの話ですね」
「今まで?」
「はい」
ご飯を食べているミヨをじーとみるコミツ。
それはお茶を飲んでいても、目線は外れない。
「コ、コミツさん?」
「ミヨさまが来てから、冥王さまを見る機会が明らかに多くなりました」
「へぇ……」
といっても、ミヨが来た日やゴンの件など、何か用事があるときに来ているだけのような。
「ここは冥王さまの管理する場所ではないのですか?」
冥界の王である冥王。
冥界にあるこのソタナなら、管理しているのは冥王ではないかと思う。
「大きな意味ではそうですが、実際はヒラサカに全部任せていました」
無表情の冥王と笑顔のヒラサカ。
並んでいると正反対の二人のようだが、良い
「ただ、ミヨさまについては、冥王さま直々に気にしているように思います!」
そんな話をしているコミツの目は、心なしか、キラキラしているように見える。
「昨日も、私よりも早く中庭のミヨさまの元に駆けつけるなんて……あそこに現れるまで、私たちは誰も冥王さまが来てるなんて、知らなかったんですから‼」
確かに、あの時。
ミヨの背後では、屋台の人がコミツを呼ぶように言っていた。
その直後に現れた冥王。
呼ばれて来たはずはない。
「私は確かに遅れました。それに対してヒラサカさまからお
「こ、コミツさん?」
「ヒラサカさまも分かっているのではないでしょうか!冥王さまがミヨさまを大切に思っていると!」
「はい?」
驚いたミヨは白米を
口の中にあるものを飲み込む。
コミツの表情は至って真面目だ。
「お慕いしているのか、あるいは娘のような感情なのか。私には冥王さま自身よりも、冥王さまのミヨさまへの想いの方が気になります!」
変な汗が出てくる。
ミヨは緑茶を飲み干して、気を落ち着かせた。
「め、冥王さまは私を殺した人です。神様に頼まれて仕方なくです。多分まだ神様との約束の期間だからじゃないでしょうか………」
『世界の
それは、そもそも神の『間違い』だった。
「確かに冥王さまは仕事に対して真面目な方ですが……私、冥王さまはこれまでと違う感じがするんです」
そんなことを言うコミツは、最終的に「まぁ、もう少し様子をみましょう」と、空になった湯飲みにお茶を注いでくれる。
これまでと違う、がどのように違うのか、ミヨには何もわからないが、この話題が去ったことは少し嬉しかった。
残りの白米を食べきる。
「そういえば、コミツさん。一つ聞きたいんですが」
「はい、なんでしょう」
「私の魂の傷って、他の人よりも深いんですか?」
「……そうですね。冥王さまに魂の崩壊を心配されるぐらいには」
「そうなんですね。普通の人はどれぐらいなんですか?私、中庭であった人が、次の日にはいなくなっていることが多いって聞いて……」
「あー私またヒラサカさまに怒られるかなぁ」
コミツは眉根を寄せて立ち上がる。
「多くの人は一日二日程度です。中庭に行くときに、言っておくべきでしたね、ごめんなさい」
「いえ……」
コミツが頭を下げるのをみて、ミヨは複雑な気持ちになる。
ミヨの脳裏にはタマノが浮かんでいた。
知らなかったからこそ、話ができたように思う。
もう会えなくなる、と思っていたら、話はしなかったかもしれない。
「逆に、知らなかったからこそ出会えた縁があった気がします」
タマノも、あの
何も知らないからこそ話をするという選択肢が生まれた。
「コミツさん」
「はい」
「昨日、あの場所に来てくれてありがとうございました。コミツさんがきてくれて、私、安心したんです。担当になってくれて、ありがとう」
あの安心感は、生きている世界では感じなかったものだ。
ミヨは素直に感謝を伝えると、コミツはキョトン、と顔が固まったあと、直ぐにまたあの弾ける笑顔に変わった。
「当たり前じゃないですか。無事でよかったです。これからもお願いします!」
「お願いします」
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