十二 魂の選別

宮殿きゅうでんに歩くセダの思考は自然と今から会う予定の男のことに向かっていた。

先ほどの中庭の様子を思うと、彼はおそらくミヨの人間界での知り合いなのだろう。

しかも、ミヨの『蘇り』の力に頼ってばかりだった。

先ほどの男と対峙たいじしたときの、ミヨの表情が脳裏のうりに浮かんでは消えていく。

こわばる表情、絶望、その奥にヒビが入る魂がちらつく。

手は強く握りしめ、現れたコミツにすがりついていた。

一言も発さず、いや、発せないというのが正しかっただろう。

それぐらい、男との再開は衝撃が大きかった。


中庭に出ていたときのミヨは元気そうだった。

魂の治癒も進んでいるように思った。

部屋に閉じ込めておくことが正解ではない。

ただ、この危険性を、もっと重く認識しておくべきだった。

考えが甘かった自分にイライラする。


「………‼」


声にならない悲鳴。

宮殿の前に、骸骨達に囲まれた男が立っていた。

セダの姿を見て、その表情が固まる。


「めい……おう…………」


先ほどの勢いはどこに行ったのか。

男はうなだれ、今にも泣きそうな顔をしていた。


「お願いします……地獄じごくには、どうか……」

「……」


突っかかってくるかと思っていた冥王は拍子抜けした。

多くの魂は、冥王だと認識した途端、命いのような表情をしていた。

しかし、この男は冥王だとわかっても、態度を変えなかった。

地獄に送られるとわかっても、最後まで抵抗するのだと思っていた。


「……入るといい」


セダは宮殿の扉を開けて中にはいるように促した。


「は、はい……」


通常、ソタナで癒やされた魂は、この宮殿で判定される。

冥界の宮殿は、冥王の住居でもあったが、その入り口は判定場所として、広い空間が確保されていた。

セダは一番奥の背の高い椅子に座る。

その椅子の両隣には一つずつ扉があって、一方は天界てんかい、一方は地獄へとつながっていた。

男はセダが椅子から見下ろしたその目線の先にある座椅子に座らされた。


「さて……」


おびえた顔でこちらを見上げてくる。

後悔しているようにも見える。

しかし、セダの脳裏に映るのは、硬い表情のおびえたミヨだ。


「ここは冥界だ。死んだ魂はこの世界に辿り着き、魂を癒やしてから、天界へ向かう。私はこの冥界を治める役割を担う。だが、それと同時に、魂の選別を行う場所でもある」

「……」


セダを冥王と認識した上で、察しているのか、ゴンの表情は変わらなかった。

冥王は、気にせず続けた。


「選別された魂は、また人間界に転生する。そうして、修行を積み、昇格していく。だが、人間界の修行が不十分なもの、方向性を間違えたと判断された魂は、天界ではなく、地獄で処理されることになる」

「……俺は……」


セダは、この冥界で冥王にいたとき、迷いを抱えた。

神には、無駄むだな魂を送るな、と言われている。

だが、セダには何が無駄なのか、どれが無駄な魂か、わからなかった。

最初は、地獄へ送るべきではない魂を落としたかもしれない。

逆に、地獄へ送るべき魂を天界に持って行ったかもしれない。

だが、ソタナを作り、整備してから、迷いは随分ずいぶんと少なくなったように思う。


「お前は、ソタナという、他の魂もいる場所で悪影響を及ぼした。人間界で生ききったはずだ。だが、その修行は道を誤っていたようだ」

「俺は……」

「私は何度も止めた。それを振り切ったのはお前だ」

「あ、あのときは、周りにも人がいたから……!」


セダは僅かに眉をひそめた。

つまり、あの場でセダに抵抗しつづけたのは、中身のない自尊心からだったのか。

セダに迷いはなくなった。


「お前は、地獄行きだ」

「うわあああああ‼」


セダの宣言と共に上がる叫び声。

宮殿の入り口であり、厚い扉と壁では、その叫び声も外には届かない。

骸骨達の拘束こうそくを振り切ろうとするが、セダの力でもある骸骨の腕が離すわけもない。

骸骨達と共に、ゆっくりと地獄へ繋がる扉へと連れて行かれる。

セダはゆっくり立ち上がった。


「心配することはない」


扉の傍に立ち、開くための取っ手に手をかける。


「私が地獄まで無事に送り届けよう」

「そんな……」


扉の先は真っ暗。

地獄の底から吹き上げる熱風が頬を撫でる。


「逝こう」


男と共に、セダは地獄へと向かった。


 * * *


ヒラサカはゆっくりと宿から宮殿へつながるなだらかな坂道を上がっていた。

ぬるくなった地獄の風が気持ちが良い。


「冥王さま」


宮殿の前まであがると、そこには主が立っていた。

冥王の赤い瞳は宿に向いていたはずなのに、宿からやってきたヒラサカには今気付いたらしい。


「……ああ」


気のない返事。

その理由がすぐにわかって、ヒラサカの唇は自然と孤を描いた。


「宿は普段通りに戻りました。他の魂にも影響はありません」

「……ご苦労」

「……」


ミヨについて聞くのではないかと待ってみるも、セダから聞いてくることはないらしい。

しかし、その瞳は宿の奥、『桜の間』の方向からそれることはない。

我慢できなかったのはヒラサカの方だった。


「………………ミヨ様は、部屋の金湯きんゆにてお休みになられたとのことです」

「……」


ぎょっとした顔で勢いよく振り向くセダ。

予想以上の反応に、ヒラサカはもう限界だった。


「ははっ」

「……なぜ、笑う」

「いえ、思っていたよりも純粋だと思いまして」


ミヨが冥界に来た日。

ソタナに現れたセダの表情がいつもと違うとすぐに気がついた。

最初は信じられず、言葉にしなかったし、確信もなかった。」

しかし、これまでほとんどソタナをヒラサカに任せていたセダが、頻繁にソタナに現れはじめた。

そして今。

地獄から帰って疲れているはずなのに、自室で休みもせず、外からソタナを眺めている。

確信に変わった。


「失礼しました」


なんとか表情筋を総動員して、我慢する。

ミヨが心配な主なら、ヒラサカにはすべきことがある。


「先ほどコミツにミヨ様の状態を確認いたしました。魂への影響は多少あるもの、崩壊の危険はないようです。ただ、金湯の濁り方は初日と同程度まで戻ったとのことです」

「……そうか」


セダの返事には少し安心が混じっていた。

ヒラサカは、報告しに来た甲斐かいがあった、と内心で笑う。


「明日、お会いしてはどうでしょう?」

「……考えておく」


こちらも準備しておきますよ、とヒラサカは心の中で付け加えた。

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