十一 中庭の空

「ヒラサカ、中庭の対応を」

「はい」


ミヨがコミツに連れて行かれるのを見て、セダはヒラサカに声を掛けた。

ヒラサカはいつの間にか冥王のすぐ傍に立っていて、これからの仕事を予想していたようだ。

すでに中庭の扉は閉鎖されている。


金湯きんゆ湯元ゆもとはすでに配置が済んでいます」


ヒラサカの言うように、セダが建物の屋根の上に目線を動かすと、からすが二羽、こちらを見下ろしていた。

二つの番の瞳と交差する。

湯元の番人たちは、準備ができていると、セダのタイミングを待っている。


従業員が次々と屋台をしめて、中庭から出ていく。

一方の魂達はセダが冥王とわかり、寄ってきた。


「冥王様なんですか⁈」

「さっきの男が言ってたことは本当か⁈」

「私たちは生き返ることができるんですか?」


男の影響で、中庭にいた死者の魂は、どれも不安定になっている。

セダの周りに集まった魂たちは、どれも悲痛な表情をしていた。

魂たちは、最後の望みを乗せて、セダを見上げていた。

それに対して、セダはわざと冷たい視線を返した。


「私は冥界の王。私の領分りょうぶんは死者であり、冥界につれてくることはあっても、生者に戻すことは私の役割ではない」

「では………」

「ここで魂を癒やせ。そうすれば、神がお前達をまた人間界に戻してくれるだろう」


セダはそう告げてから、銀の杖を頭上高く掲げた。

屋根の上にいる二羽の烏のうち、金色の瞳に合図を送る。

烏は屋根から飛び上がり、中庭の上までくると、一声大きく鳴いた。


「なんだ……?」


魂たちが気になって空を見上げる。

その顔に、金色の蒸気じょうきが小雨となって降り注いだ。

気が散っている間に、セダは裏口から中庭の外へと出た。


「………」


扉越しに中の様子を伺う。

鉄さびの匂いが鼻につく。

混乱していた魂たちは、空から注がれた金湯により、徐々に安定しているようだ。

金湯の匂いは、湯元に行くほど強い。

番人により湯元から直接くみ上げられた金湯は湯元と同等の強さだ。

金湯の強い匂いは、精神安定作用と、軽い催眠さいみん作用がある。

先ほどの同様は、この金湯の雨で落ち着くだろう。

中庭に居合わせた魂の治癒は遅れたが、これで影響はなくなる。


「……あれ、私たちは……」

「なんだか、夢?見てたみたい?」

「そうだ、私たちは死んだんだった……」


中庭の魂の多くは、明日には治癒するだろう。


「さて……」


先ほどの男は、骸骨がいこつたちが宮殿に連れて行ったはずだ。

セダはそれを確認するため、自分の宮殿へと足を向けた。


 * * *


中庭から部屋に戻ったミヨは、コミツのすすめで部屋の露天風呂に入っていた。

庭に漂う鉄さびの匂いは、いつもより心地よく感じ、気分がよくなる。

お風呂に浸かるときにコミツが持ってきてくれた緑茶は、乾いていた喉をうるおしてくれた。


「湯加減どうですか?ミヨさま」

「コミツさん……ありがとうございます」


部屋に帰るまで、足がおぼつかない気がして、ミヨはずっとコミツの手を握りしめていた。

コミツの手は温かく、ミヨは自分の手が冷たくなっていることには気がついていた。

しかし、お風呂に入ると、顔や足も冷たくなっていたのだと気付く。


「今、中庭に行くことはできないですが、ご希望のものがあれば、とってきますよ」


サイダーもまんじゅうも、温泉卵も。

今日はあまり見たくなかった。

ミヨは素直に断ることにした。


「…………いまはいいかな」


何も考えたくない。

気を抜けば、先ほどのゴンを思い出す。


「わかりました」


冷たくなった手足をみながら、あたたかい金湯にかっていると、お湯がどんどんにごっていくのが見える。

それさえも今は見たくなくて、頭上を見上げた。

頭上には白い天井が広がっていた。

冥界から見る天界で、冥界の『空』だそうだ。

遠くに銀湯ぎんゆの湯気が昇り、消えていくのが見えた。


『コンコン』

「あら、誰か来たみたいですね。見てきます」


部屋の扉が叩かれる音。

コミツが足早に部屋の中に戻っていく。

ミヨは温泉に肩まで浸かり、深呼吸を繰り返しながら、不規則に消えていく湯気に集中した。

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