十 世界の秩序
「何をしている」
無機質なのに、安心する、聞いたことのある低い声。
ミヨに突き刺さる視線と
空気が変わる。
ミヨはゆっくりと瓶から顔をあげた。
「めい…おうさま…」
もう声はかすれていた。
ゴンは、急に現れた冥王を
「何だよ、お前‼」
「お前こそ、何様だ」
冥王は更に高い目線から、ゴンを見下ろしていた。
その赤い瞳は、何の感情もない。
ゴンは圧倒的な身長差にもかかわらず、声を張り上げた。
「幼なじみに声を掛けて何が悪い⁈今まで何度も助けてもらったんだよ‼今も助けを求めてるんだ‼‼他人は引っ込んでろ‼」
ゴンの怒鳴り声は中庭中に届く。
それとは対照的に落ち着いた冥王の声色は、恐ろしいほどに中庭の空気に
「ここは魂を
何の感情も乗せない声色。
ミヨは表情の変わらない冥王を見つめていた。
その落ち着いた声の方が、すっと耳に入ってきて、どこか安心する。
「他の魂にも影響がでるような迷惑行為は控えてもらいたい」
「迷惑行為?」
しかし、冥王の落ち着いた声はゴンを
ゴンの怒鳴り声が一層不快なものに変わる。
「俺たちは死にたくて死んだわけじゃない!そうだろ?生き返る方法があるなら、それを使ってでも生き返る。それを迷惑行為って言うのか!」
「ああ」
ゴンが詰め寄るもびくともせず、冥王は静かに返事を返した。
「世界全体の
「世界の秩序?」
ゴンは冥王を睨みつけてから、はっと
いやに静かに、その腕はミヨを指さした。
「じゃぁあいつは何なんだ?生き返る、ってのがその『世界の秩序を乱す』『迷惑行為』なら、あいつもそうじゃないのか?」
「……」
ミヨは放心してゴンを眺めていた。
幼いミヨが、とっさにゴンを助けたのは、幼心に芽生えた大切な感情からだ。
助かったとわかって、本当に喜んだのは自分だった。
その後も、助けてほしいと言われて助けたのは、彼の喜ぶ顔が見たかったからだ。
でも、それは世界にとって『迷惑行為』だった。
突きつけられた指先から発せられる恐怖に、ミヨは飲み込まれそうになる。
くらり、と視界が歪む。
「ミヨさま‼‼‼」
遠くから呼んでいる声がする。
歪んでいた視界が何かに
「コミツ……」
「ミヨさま、大丈夫、じゃないですね‼」
コミツはミヨの視界からゴンを隠すように、上着をかぶせ、その肩を抱きしめた。
温かい手が、冷たくなったミヨの手を覆い、人肌を思い出させてくれる。
「何だよお前‼」
ゴンの声ががんがんとミヨの頭で響く。
コミツの腕に力が入る。
多分、コミツに向けられた声だったのだろう。
確かに、急に現れた他人が、死ぬ前から知っている幼なじみに寄り添っているのは気分の良い物ではない。
ゴンは明らかにイライラが増していた。
それに対して、コミツは冷静に口を開いた。
「冥王さま、この者は?」
「話は後だ」
コミツと冥王の冷静なやりとりに、心が落ち着いてくる。
ミヨはゆっくりと顔を上げた。
コミツの表情は今まで見たことがない表情をしていた。
心配した表情と、冥王と共に冷たい目でゴンを睨んでいる。
ミヨは恐る恐るゴンと冥王を伺う。
ゴンはもうミヨを見ていなかった。
「冥王?あんたが?」
ゴンの興味は冥王に移ったようだ。
「冥王なら、俺たちを生き返らせてくれるんだろ⁈」
「……いや」
笑みを浮かべたゴンは冥王にすり寄り始めた。
生前にその笑みはミヨに向けられたものだ。
冥王が冷たく見下ろすその笑顔に、何故幸せを感じていたのか、今ではよくわからない。
「私にはそのような力はない」
「なんでだよ!」
「先ほども言った通りだ。私は世界の秩序を正す立場にある。世界の秩序を乱し、迷惑行為と知り、制止されてもなお態度を改めない。この癒やしの宿で違反行動をした者の末路は決めてある」
冥王は左手に持っていた銀の杖を静かに掲げた。
中庭のどこか奥の方から、『ゴトッ』と音がして、人々の興味が本能的にそちらに向いた。
いつもは湯元や足湯の湯気で暖かな中庭の空気が少し冷たくなる。
「な、なんだ……」
冥王の後ろから現れた黒い影。
それはまっすぐゴンの元に向かい、ゴンを囲む。
「おい、やめろ………!」
よく見ると黒い
その行動に心の奥が
死ぬ直前に感じた恐怖と似ている、本能的な感覚だ。
それはミヨだけではなく、中庭の人々は一言も発さず、息を潜めていた。
まるで見つからないように、とでもいうように。
「彼らが、お前を行くべき場所に連れて行ってくれる」
「おい!離せよ!この骸骨!」
骨だけのはずなのに、全く折れる気配はなく、しっかりとゴンの体を掴んで、その動きを止めていた。
冥王はまた一振り杖を掲げた。
「連れて行け」
「ひぃ!」
また一段、空気が冷える。
冥王の一言に従い、黒い骸骨達は抵抗するゴンを連れていき、湯元の奥に設置された扉から出て行った。
「……ミヨさま」
「あ………」
声をかけられて気付く。
冥王の冷たい声色と、冷たくなった中庭の空気に飲まれていたミヨは、無意識にコミツの手を強く握りしめていたことに気付く。
「コミツ、ミヨを部屋に」
「はい」
冥王にお礼を言えば良いはずなのに、とっさに言葉が出ない。
喉の奥がカラカラに乾いている。
手にしていたサイダーの瓶は足元に転がり、中身は地面に染みこんでいた。
「帰りましょう、ミヨさま」
「ええ……」
コミツに支えられながら、ミヨは歩き始めた。
足に力が入りにくくて、よろけてしまうのを、コミツがしっかりと支えてくれた。
まるで、冥界に来たその日のようだ。
「ヒラサカ、中庭の対応を」
「はい」
中庭の人々も、疲れた顔をしていて、ゆっくりとミヨ達のために道を空けてくれる。
人々の向こうで、冥王とヒラサカが話す声が聞こえる。
コミツに聞く暇もなく、ミヨはコミツに支えられながら、部屋に向かった。
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