九 『蘇り』の力

いつもは賑やかな中庭で、全ての喧騒けんそうが止まった。

冥王は、その赤い瞳を鋭く光らせ、男を見下ろす。

その瞳は驚くほど冷たい。


「連れて行け」


地の底をうような声は、瞳よりも冷たく。

ミヨの心は震えた。


 * * *


その日、中庭に向かうミヨに、コミツが声をかけた。


「ミヨさま。今日は人が多いかもしれません」


中庭は毎日人が絶えることはない。

コミツによると、夜という時間帯も、人はいるようだ。

それでも、コミツがわざわざミヨに言うということは、本当に多い日なのだろう。


「そういう日があるんですね」

「ええ。昨日いつもより多くの方が来たようです」


『多くの人が来た』

つまり、多くの人が死んだ、ということだ。


「……今日は屋台だけ行って、戻ってきます」

「はい、お気を付けて」


部屋を出る。

いつもと同じ廊下を通って、中庭に出る。

コミツが言うように、いつもより人が多い。

ぱっとみても、足湯がにぎわっており、もう空いている席はない。

ミヨはまっすぐ屋台に向かった。


「あの……サイダーを一つ」

「はいよッ!」


屋台の人は忙しいのにもかかわらず、笑顔で瓶を一本渡してくれる。

ミヨはそれを受け取って、すぐに部屋に帰ろうと振り返った。

見知った男と目線が交差する。


「お前………‼」

「え……」


いつもの楽しげな雰囲気ふんいきが一気に冷めていく。

男の大声で、ざわつきが一点に集中する。

その中心が自分である、とミヨが気付くまでに時間がかかった。


「ミヨ………‼このっ……………‼‼」


男はミヨを凝視ぎょうしし、指さす。

それにつられて、徐々に中庭の人の目線が男とミヨに集まり、喧騒が去って行く。


「……ゴン……」


ゴンはずかずかとミヨに近付き、目の前に立って見下ろしてきた。


「裏切ったな……」


低い声は、生前のミヨが知るゴンの声ではない。

すぐに逃げればいいものの、足が動かない。

ミヨは瓶を無意識に握りしめる。


「わ、私は……」

「簡単に死にやがって!俺を助けたあのときのお前の力はなんだったんだ!おかげで俺たちの村は全滅ぜんめつした‼‼」


ゴンはミヨが初めて助けた人だった。

幼いときに、がけから落ちるところを一緒に落ちた。

見つかったとき、ミヨはゴンの下敷きになって落ちたはずだが、傷一つなかった。

ミヨが『蘇りの巫女』と言われるようになった出来事だ。


「私も………死んだんです……」

「なんでだよ!お前は『蘇り』の力をもってたんじゃないのか‼」

「もう………私にその力は……」


ミヨはゴンを直視できず、冷たく泡を吹かす砂糖水に視線を逃がす。

思考は動いているはずなのに、次に何をしたらいいか、何を言ったらいいかわからない。


「おい!コミツを呼べ!急げ‼」


背後の屋台からも大声が聞こえてくるが、音だけが通過していく。

そこに、ゴンの大声が重なり、思考がギシギシと音を立て始める。


「お前の命を使っても、俺を生き返らせろよ!家族がいるんだよ‼」


「無理だよ」と、その一言が出ない。

それどころか、周りのささやき声が、隙間に入ってくる。


「生き返るのか⁈」

「それなら私も……もう一回あの人に……」

「生き返ることができるかもしれないってよ……」


違う、ここは冥界だ。

ゴンの怒鳴り声と、見知らぬ人々のささやき声が頭の中に反響はんきょうして、声に出せない。

今まではなかった、複数の視線がミヨに突き刺さる。


「わ、私には、何も……」

「何をしている」


突然耳に入った、聞いたことのある低い声は、妙に安心感を覚えた。

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