八 詐欺師の一人語り

「お、まだ空いてた」


声がして見上げると、あの男が帰ってきたところだった。

手には何かを持っている。

足湯の水面が乱れる。


「一応確認ですが」


男の声色が、少し申し訳なさそうな声色に変わる。

ミヨがちらり、と男の手元を見ると、三個のまんじゅうが男の手元で転がっていた。


「あんた、俺に殺された人じゃないですね?」

「はい」

「ん。ならいい。よかった」


まんじゅうの敷皮を剥がしながら、満足そうに男は笑った。


「粒あん派?こしあん派?」

「どちらかというと、こしあんが好きです」

「ん。よかった」


男の手でもう一つまんじゅうが現れ、ミヨに差し出された。


「あげます。おいしそうだから。こしあんらしいです。ついでに俺の一人語りを聞いてください」

「はぁ……」

「聞くだけでいいです。共感も、肯定も、否定も、何もいらない」


男はミヨのことを知らないように、ミヨも男のことを知らない。

多分、同じ立場だ。

ミヨはここに来て、自分のことを知っている人が自分を呼び止めるのではないかと怖かったように。

男も、ここに自分が殺した人がいるんじゃないかと、魂の深い傷を癒やすためにまだいるのではないかと思っていた。

しかし、お互い全く知らないからこそ、吐き出せる感情があるのかもしれない。


一人語りする気持ちは全くわからなかったが、なんとなく、それが必要なのだろう。

そんな男に少し興味がわいた。

ミヨはまんじゅうを受け取った。


「うま」


すでにまんじゅうにかぶりついた男はそう言った。

ミヨも同様に一口食べてみる。

白い生地に包まれるこしあんは、ほのかな甘さが口の中に広がっていった。


「さっきも言ったように、俺は人を殺す仕事をしてました。といっても、たまたま、ですけどね。仕事は拷問ごうもん、敵や裏切り者の自白じはく強要きょうゆうする仕事でした。その中で、たまたま死んでしまった人は何人もいる、っていう話です」


ぽつぽつ、とまんじゅうを食べながら、彼は語りはじめた。

ミヨは返事の代わりに、またまんじゅうを一口食べる。


「そしたら俺の主が殺されて。ずっと地下で働いてた俺が、敵陣てきじんに捕まった。もうその後のことは予想通りですよ。俺が拷問されて、そのまま死んじゃったんですよねー」


軽い口調で言うのは、ミヨのためなのか、自分のためなのかはわからなかった。


「いやぁ、痛かったし、しんどかった。これが俺の仕事なんだって、改めてわかった。でも俺はその仕事をやめるわけにはいかなかった。罰だったんだなって思った。俺の魂はいつ治るのか、今まで殺した人の魂はどれぐらいで治ったのか、ここに来てそればっかり考えてる」


「死ねば楽になる、と思ってたけど」と男は付け加える。

自嘲するように笑うその表情は、痛みを我慢するようにも見えた。


「……死ねば楽になる、って思ったことはなかったなぁ…」


気がつけば、ミヨはそう呟いていた。


そもそも死ぬ、なんてことを考えたことがなかった。

『蘇り』を約束された身であり、自分に『死』はないのだと思っていた。

呟いてからはっとなる。

気を悪くしただろうか。

自分とは逆の言葉を聞いて、嬉しいと思うはずはない。


「ははっ。俺も敵に捕まるまで考えたことなかった」


怖くて顔を見れなかったが、横からは気の抜けた笑い声が返ってくる。

ちらりと表情を伺っても、男は笑っている。

乾いた笑いは、銀湯ぎんゆの湯気と同じように天井に上がって消えていった。


「楽しく生きてるときは、死ぬのが怖かったのにな」

「……」


違う、楽しくなんか生きてない。

ミヨは否定したくなった。

でも、否定の言葉はでなかった。

彼はミヨを否定しなかったから、反対にミヨも否定したくなかった。

少しぐらい、彼を知ってみるというのは、楽しいと感じてしいまった。


「そうですね……」


まんじゅうの最後の一口を放り込む。

食べながら、生前を思い出す。

『蘇りの巫女』になるまでは楽しかったかもしれない。

自身の『蘇り』の力がわかるまでは、死ぬのが怖かったかもしれない。

少なくとも、生きるのがしんどいとか楽しいとか、そんなことを考えることはなかった。


「私も殺されました。でも、死ぬ方が楽とか、考える時間がなかった、というのが正しいですかね」

「それは、俺からしたら羨ましい、ですね」


男の言葉には、悪い意味を感じない。

純粋じゅんすいな感想だった。


「生きるにしても、死ぬにしても、楽なほうがいい」


その言葉に、ミヨは心から同意した。

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