七 魂の傷

中庭。

ミヨはタマノに会いに来ていた。


屋台に向かい、卵と栗、それに人参にんじんをもらう。

銀湯の湯元ゆもとそばに行き、湯気の立つ透明のお湯に籠ごとける。

その間もキョロキョロと周りを見る。

まだタマノは来ていないようだった。

温泉卵を作る人々の中にも見つからない。

一日で随分ずいぶんと中庭はミヨにとって居心地の良い場所になりつつあった。


ゆであがった籠を持っても、タマノは見当たらない。

金湯も銀湯も、足湯を回るが、見つけられなかった。

ただ、昨日二人で座った場所はそのまま空いており、ミヨはそこ座る。


「ちゃぷ……」


透明の銀湯ぎんゆに足を付ける。

銀湯はにごることなく、透明なまま流れていく。

また顔を上げて、周りを見渡すが、やっぱりタマノは見つからなかった。

見知らぬ女性と目が合うが、すぐに反らした。

昨日までは周りを見るのが怖かったのに、今度は急に恥ずかしくなってきた。


別に友達になったわけではない。

というより、何が友達というのか、わからない。

もしかしたら探そうとしているのはミヨのだけなのかもしれない

タマノは昨日のことなど気にしていなくて、今日来るとうなずいたのはただの社交辞令しゃこうじれいだったかもしれない。

そんなものは、生前にいやというほど経験したのに。

こんなに必死に探していることがみじめに思えてきた。

と、空いている席に影がかかる。


「あ………」

「ん?」


タマノかもしれない、と勢いよく振り返って目に入った姿に思わず声をあげた。

声を掛けられた相手はいぶかしげに眉をひそめた。


「あ、いえ……なんでも……」


そこはタマノさんの席なんです、とは言えず、そのまま口ごもってしまう。

相手の男は、何かを察したように「あ」と声をあげた。


「もしかして、ここ、誰かもう座ってます?」

「い、いえ……そういうわけでは……」

「お友達を探してます?」

「ともだち、とかそういうのではないです………」


恥ずかしくなって、だんだん声が小さくなっていく。

ごまかすように、人参を手にとり、かじった。

人参の香りとほのかな甘さは、口の中の苦味をとるにはまだ足りない。

そんな横で、ばり、と温泉せんべいを食べる音。


「さっきから周りを見渡してるな、とは思ってたんです。もし見つかったら、別の席に移動するので言ってください」


あっという間にせんべいを食べてしまった彼は、そう言って笑顔を見せた。

作り笑顔。

ただ、悪い気持ちにはならなかった。

多分ミヨを安心させようとしている笑顔。

しかし、ミヨにとって、別の感情を生み出した。

彼もきっとミヨのことを知らない。

だからこその笑顔。

それは友達の証ではなく、普通の人はそうなのだろう、と思った。

タマノの笑顔は友達かもしれない、と思った自分の浅はかさに、なんだか悲しくなってくる。


「ところで、それはどこで?」


ミヨの心情には気付いている様子はない。

男はミヨの籠の中身を指さした。


「湯元のすぐ傍です。屋台で色々もらえます」

「へぇ、じゃぁ明日試すか」


明日。

ミヨはその彼の言葉に返し方がわからず、黙って人参を飲み込んだ。

卵を食べる気にはならなかった。


「……そのお友達も殺された?」

「え?」


突然男がそう言った。

しかも『殺された』のが、一瞬自分のことを言われたのかと焦るが、すぐにそれはタマノのことだと気がつく。


「友達は……わからないです。病気、って言ってた気がします」

「ふーん。じゃぁもう成仏じょうぶつしたのかもな」


さらりとそう言い、また一つせんべいを食べた。

サクサクと食べながら、ちらり、と理解していないミヨの顔を伺ってきた。


「さっき仲居さんが言ってたのを思い出して」

「な、なんでしたっけ?」


仲居、というとミヨにとってのコミツだろうか。

コミツは、ミヨの傷ついた魂の傷が癒やされたとき、金湯が濁らなくなると言っていた。

そのときには、きっと冥王によって、神のもとに送られる予定だったはずだった。

それが成仏ということだろうか。

ただ、それが『殺された』こととどれぐらい関係があるのか、ピンと来ない。

せんべいを飲み込んだ男は「うちだけか?」と呟き、続けた。


「病気とか、普通の人は魂の傷が浅いから、一日ぐらいで成仏できるんですと。けど、誰かになぶり殺された、とかだと、魂の傷が深くて、数日かかるって話ですよ」


そういえば、死んだときの衝撃が魂の傷を生じると、コミツが言っていた。

確かに考えて見れば、死んだときの苦しみが強いなら、それだけ傷も大きくなるのだろう。

傷が大きければ、治るのに数日かかる。


「だから……」


男の茶色の瞳が、ミヨを下から探るように見上げてきた。


「あなたもそうなんでしょう?」

「え、何がですか…?」

「昨日も今日も来る、ってことは、魂の傷が深い。であれば、俺みたいに殺されたんだろうな、って」

「……」


そういえば、以前も冥王がミヨの白髪をみて言っていた。

冥王が殺したときの衝撃が白髪に影響したのではないかと。

ミヨはなんと返すのがよいかわからず黙ってしまった。

簡単に「冥王に殺されました」とは言えない。


「ま!出会った赤の他人に言うことじゃないな。俺は元々人を殺す仕事をしてたから、俺の犠牲者ぎせいしゃじゃなきゃいいな、って思っただけです。成仏ってのもできるかわからない。天国か地獄か。地獄のほうが可能性が高そうだ。でも、考えても何もわからない。だから、こうやってせんべいを食べてる」


こちらの事情じじょうのぞき込むのは止めたようだ。

男は立ち上がった。


「さぁて?あとは何があんだ?」


バシャバシャと足湯を出て行く。


ミヨは顔をあげることなく、黙ったまま、銀湯を眺めた。

タマノはきっと一日で良くなったのだろう。

―――おいしいものを食べて死んだ。

ちょっと苦しかったのかもしれないけど、魂の傷が深くなかったのならよかった。

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