第11話


54 炎の中


屋敷のホールでは

火が燃える中、1人の若い護衛兵が剣を杖に、階段の下でよろよろと立ち上がった。


「結局、手に入ったのは、こんなボロボロの身体か。

ついてねえなあ。」


男は歩こうとしたが、ガクンと膝をついた。


「足が動かない、

くそっ、骨が折れていやがる。」


「ようやく自由になれたんだ、焼け死んでたまるか。」

傷だらけの兵士は出口に向かって、手だけで床をズルズル這って行った。



領民たちは、水桶などを持って領主の屋敷に駆けつけるところだった。


「アレックス、無事だったのかい?

今、火を消すからね。」


住民たちのおかげで、屋敷は全焼を免れた。


「領主様、奥様...おいたわしい...」


「見ろよ、焼け死んだんじゃない、斬り殺されている。

立ち去った国防軍の兵に殺されたんだ。」



55 森の村


リジィの住む森の村は、寝静まっていた。


突然、多くの馬の蹄の音が響いた。


「野盗の急襲だ!」

深夜の村は大混乱になった。


野盗たちは、家を一軒一軒暴いた。

大人たちを拘束すると、子供を引きずり出して、服を剥ぐと背中にムチを打った。


「ちぇっ、何も起こらねえ。」

「何だよ、面白いものが見られるって。」

「1人も逃すなよ。」


男たちは野盗と戦っている。

キトラはリジィを抱きしめて隠れていた。


(背中にムチ?

この子を探しているんだ。)


キトラはリジィの手を引いて森の中に逃げた。


「親子が逃げたぞ!」

という声が後ろでした。


「リジィ、今から森の道を開けるからね。

すぐに町まで行けるから、領主様のお屋敷にお逃げ、場所はわかるね。」


「分かった、お母さんは?」


「道を閉じたら、後から行くよ。

あなたは先に行きなさい。」


生い茂った森の木々が、ググッと左右に分かれ、細い道が現れた。


「早く行きなさい!」


リジィは森の道に飛び込んで、

「お母さんも早くね。」

と言って走り去った。


「ここにいたぞー」

「道は塞いだ、もう捕まえられやしないよ。」

「この女!」


野盗の剣が振り下ろされた。



56 検問所


ドミニール卿が従えてきた、シュバルツ侯の兵士たちは、領主館の次に検問所を襲った。


中に詰めていた衛兵の数が少ない上に、もともと外からの敵に備えて造られた構造になっている。

背後からの急襲には脆かった。


シュバルツ侯の兵士たちは、検問所の門扉を大きく開いた。

そこへ待ち構えていたように、リジィの村を襲った何倍もの盗賊の群れがなだれ込んできた。



56-2 おまけ


ドミニール卿本人は、力尽きて何も考えられないまま、森の近くの草むらに大の字に倒れていた。


(傷は思ったより深いなぁ、ワシはこのまま死ぬのかなぁ)


突然、目の前に美しい女性が現れた。


「あなたは...天使ですか?」


「えっと、うんそうだけど。」


「少し来るのが早過ぎるようですが、ワシを一緒に連れて行くのですね。」


「えーっ」

天使は露骨に嫌な顔をした。


「おじさん重そうだから、連れて行くのムリ、

とりあえず傷は塞いでおくから、お大事にね。」


ドミニール卿は、ゆっくりと目を閉じた。



57 天主様


「アレックス、しっかりおし。

焼け跡の始末は明日にして、今夜はうちにおいで。」


アレックスは何も考えられなかった。

涙も流さず、言われるままに、民家の隅でうずくまっていた。


夢だろう?

悪い夢を見てるだけだ、


これは夢だ。

朝になれば、また元通りだ、きっと。


夜明けとともに、盗賊が襲ってきた。

アレックスたちがいつも遊びまわっている小さな海辺の町は蹂躙された。


町に衛兵は残っていない。


防衛する手段を持たない住民たちは、なすすべもなかった。

大人たちは拘束され、子供たちは連れて行かれた。


「攫った子供はひとつ所に集めておけ、あまり小さいのはいらん。

14.5歳くらいだけでいい。」


頭目と思われる男が指図した。


「天主様のために働け!

子供たちの中に天主様に害をなす“悪しき者”が紛れている。


天主様の兵士が明日の朝に着くから、全員引き渡す。

それまでに金目の物を集めておけ、報酬だ。

兵士が来たら、適当に抵抗してから、それを持って逃げるんだ。


そうすれば、

天主様の兵士は、盗賊から住民たちを救い出した英雄、となるはずだ。」


「城の方はどうするんだ?」


「俺たちにあの城を落とすのは無理だ。


しかし、城の中にいる兵士は僅かだから、城壁から外へは出られない。

天主様の兵士は最強だから、明日、攻め込んで落としてくれるさ。


今頃、森の中をうろついている間抜けな領主の兵士達は、2.3日経って戻って来ても城には入れない。


“ノースランドの領主は反逆者だ。

おまえたちは反逆者の兵だから、この城は渡さない。

天主様の兵が預かる”ってね。」



野盗の中にはこの頭目に反感を持つ者たちがいた。


「天主様、天主様って、見え透いたイカサマじゃないか、

明日痛い思いをするのはオレたちだけだ。」


「そうなる前に金目のものを持って先に逃げちまおうぜ。」

「金目のものなんて何処にあるんだ?」



町外れの倉庫


“ここから出せー!”

“開けてよー!”


「うるさい! ガキども!」


「このくらいの年頃が1番高く売れるんだ。


女の子はなるべく綺麗なのを選べ、

男はどうせ殺すんだから何でも構わん。


早く縛って、馬車に積み込め。」



58 騎士団長


騎士団長ヨゼフは、野盗が目撃された現場にいた。

深い森の中にある間道の封鎖が壊されている。


「こんな狭い所から入ったのか。

砦の方で気付かないわけだ。」


「これは、考えていた程の人数ではありませんね。」


「おかしいな、大群だとの報告を受けていたのだが。」

「松明を多く焚いて大群に見せかけていたのかも知れません。」


「若い兵士が見間違えたのか、そのような事で欺かれるとはー

ところで、何でこの木の下が踏み固められているんだ?」


「この木は“ねぎらいの木”とか言って、見回りの兵士がこの下で休憩している場所です。

葉っぱが散らかってますね。」


「ふうん」



侵入したのはただの野盗ではないと思った。

奴等の狙いは工事中の温泉施設の破壊だ。


“マルシェ”の工事現場が襲われると考えて、大軍を率いてバイパスを北上した。

しかし異常は無かった。


兵士たちに森の中の捜索を命じ、

自分たち一団は森林の最北端に来ていた。


「おれのミスだ。

奴らの狙いが、“マルシェ”だと決めつけてしまった。」


「私も、以前のトンネルの件がありましたので、

そこが襲われるかと、」


「奴らは何処へ行ったんだ?」


突然、目の前の木々がグニャリと歪んだ。

その中から怪我をした森の民の首長が現れた。


「ここにいたのか、探したぞ。

野盗に村が襲われた。


キトラが殺され、リジィがいない。

奴らに攫われたんだ!」


「リジィ様が?」


「奴らは、海辺の町の方へ向かった。

領主殿の屋敷が危ない。」


「くそう、おびき出された。

向こうの守りは手薄になっている。」


「すぐ向かう、

おさ、森の道を開けてくれ!


我々全員通れるくらいに広く、

一刻も早く戻らなければ。」



58-2 オマケ


村を襲った野盗たちはまだ森の中にいた。


「森の出口はまだなのか?」

「おかしいな、同じ所をぐるぐる回っているような気がするんだが。」


彼らには何も見えなかったが、彼らを取り囲んで精霊たちが群れをなして飛び回っていた。


“こいつらは森の村を襲った”

“こいつらはキトラを殺した”

“許さない、森から出さない”

“飢えて死ね”

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森の天使リジィ @komugiinu

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