第9話


40 フリッツからの手紙


フリッツからは時々手紙が来る。


大体が近況報告だが、もともと好奇心のかたまりの様な男だ。

剣術を習い始めたとか、乗馬は楽しいとか、あいつの母上が聞いたら卒倒しそうなことばかりやっているらしい。


“今度父上に同行して、海外視察に行くことになった。

本来なら1番上の兄が一緒に行くところだが、近頃体調が悪いらしい。


2ヶ月位かかるそうだ。

君も外国に行ってみたいと言っていたけど、悪いが僕の方が先になってしまったようだね。”


帰って来たらぜひ会いたい、相談したい事があると書いてあった。



41 将来


トンネルの爆破の件は結局うやむやになった。

シュバルツ侯がやったと親父がいくら主張しても、証拠が無いの一点張りだった。


親父はある程度予想していたようだった。

司法府に訴えるために王都へ出かけるのもこの頃はやめてしまった。



ヴァーサ王国との交易街道の工事は順調に進んでいる。


怪我の功名というか、トンネルがまわりの山ごと吹き飛ばされたおかげで、掘り直す必要が無くなったからだ。


岩や瓦礫を取り除いて土地を平坦にすれば、そのまま道が造れる。

まるで何かの意志がはたらいているようだった。


「もう、“悪魔の山”とは言わせない。

みんなこの地を守ろうとしているんだ。」


親父はあちこち精力的に動き回っていた。

しかし反面考え込むことも多くなった。


「将来の事だよ。

街道ができたら、次はどうするかだ。

今までは目の前の問題で精一杯だったから。」


その将来のためだろうか、最近は貿易相手のヴァーサ王国からの使者も多くなってきた。



42 マルシェ


この頃以前にもまして工事用の車両が多くなったと思ったら

親父はとんでもない事を考えていた。


森林のど真ん中に新しい街を造ろうというのだ。


「この国の南の砂漠地帯には、元々何も無かった所に、外国人相手の繁華街が集まってできた都市がある。

ノースランドにもそのような街があれば、もっと人々の交流が盛んになると思う。


街の予定地の近くには温泉が出る。

それを売り物に、街道を行き来する人たちに、立ち寄ってもらうようにするんだ。

旅の疲れを癒す保養施設としてだ。


そして、この近くに、“マルシェ”という地元民たちが作ったものを持ち寄って無償で販売できる商業施設を造る。


旅行者は、温泉に浸かりながら、

ノースランドの特産品の買い物が出来る。


森の民が作った毛皮製品や工芸品が目玉だ。

森の民の工芸品は、もっと高く評価されていいと思う。

今みたいに、ただの土産物では勿体無い。


温泉にはレジャー施設を付加して、だんだん街を広げていく。

そのうち南の歓楽都市にも匹敵するリゾート都市にするつもりだ。


人手が多く必要になるから、森の民の若者たちの、雇用の大きな受け皿にもなる。


そうなれば、森の民の若い世代が、ここを離れてヴァーサや王都に働きに行かなくともよくなるんだ。」


そして何より、大規模な投資資金の見込みがついてきた。


“金山”だ。


金の採掘が始まれば黙っていても多くの資金が集まってくる。

それをこの街に還元するのだ。



親父はこの街を、森の民の昔話どおりの、“黄金の溢れる街”にしようとしている。


「父さんの夢なの?」


「人々と天使が仲良く暮らす街かー


森が賑やかになれば、また天から舞い降りて来てくれるかも知れないな。

案外夢でも無いんだよ。


以前はここには沢山の天使がいたらしい。

だから森の民の中には、自分の先祖は天使です、

という家系もあるくらいなんだ。」



43 精霊


うちを訪れていた森の民の首長が、親父を待っている間、俺に話しかけてきた。


「お父さんは、近ごろとても忙しいようだね。

では、ひとつ面白い話でもしようか。」


「森の中を歩いていると、たしかに知っていたはずの道なのに、迷ってしまったことがないかい?


そして、そのまま歩き回っていると、いつのまにか別の思いがけない場所に出てしまう。


あれは、森の精霊のしわざなんだ。

精霊はイタズラ好きだから、わざと空間を歪ませて、人を違う場所に導く。


もしそういう経験がおありなら、それは精霊がその場所に坊ちゃんを連れて行きたかったからかも知れないよ。」



44 屋敷


その屋敷は、幼少期の俺の目の前に一度だけ現れた。


森の中で、道が分からなくなり、途方に暮れて歩き回っていると、その屋敷はふいに出現した。


古びた重い引き扉を、恐る恐る開くと、中は暗かった。


ふと気付くと、足元の床に何かが横たわっている。


よく目を凝らすと、それは白い大きな羽を抱えた骸骨だった。


心臓が止まるほど驚いた俺は、そのまま一目散に逃げ帰ったのだが、どこをどうやって家まで辿り着いたのか、思い出せない。


今となっては、その屋敷が本当に存在したのかさえ疑わしい。


精霊のイタズラだったのか。

首長さんの話を聞いて納得した。


しかし厄介な事に、

この白い羽と骸骨の組み合わせは、俺の中でトラウマになった。


白い羽と、骸骨の指先のような、ゴツゴツした足を持つニワトリが苦手になってしまったのだ。


鶏肉は食える、大好きだ。

しかし動きまわる奴らはだめだ、恐ろしい。


敵もそんな俺のことを見下して、やたらとつつき回してくる。

精霊の奴、いらん事をしやがって。



45 鶏舎


それを知った親父は、俺が悪い事をすると罰として鶏舎に閉じ込めるようになった。


都合の悪い事に、我が家には卵をとるために、

厨房の外に大きな鶏小屋がある。


物置きや倉庫に閉じ込めても平気な顔をしている俺を入れるのには最適だった。


少し大きくなって、俺が鶏小屋の扉を破壊して逃げ出した時は、親父はカンカンに怒って、今度は両手足を縛ってから放り込まれた。


ひどい、児童虐待だ。

その時はさすがに、母さんが鍵を開けて、すぐに助け出してくれた。


そんな事も、笑い話になった。

鶏小屋のイベントはもう形骸化している。


俺は今でも鶏舎に閉じ込められる。

親父との馴れ合いだ。


その日も親父と衝突して、俺は鶏小屋の中に居た。

入れられたんじゃない、自分からふてくされて入ったのだ。


敷きわらの上に胡座をかいて、そっぽを向いた俺に親父は言った。


「いい加減にしろ、いつまでも子供じゃないんだ。」


今でもこの言葉だけは、はっきりと憶えている。


例によって、親父は鶏舎の鍵をかけて去ってしまった。


俺はもう鶏に怯えることはない。

つつく奴は足で追い払えばいいのだ。


「何だ、おまえたち、今日はやけに大人しいじゃないか、いつもみたいにつっついてこないのか?」


ニワトリたちは、小屋の一番奥の止まり木にかたまっていた。


ひとつ所にギュウギュウ寄り添い、グッグッと低い声で鳴いている。


「ちえっ、面白くねえなー」

俺はゴロンと横になった。



46 解毒


ひと月前


王都

宮殿


アレックスの父ベリンハム侯と国王は、人払いをした部屋で2人だけで向い合っていた。


「陛下、大変申し上げにくい事なのですが...

ニコライ第1王子殿下は...その...薬物中毒ではないですか?」


「...」


「最近の殿下の様子は誰が見てもおかしい。

臣下の者も薄々気づいているかと思います。」


「...シュバルツだ、奴から気鬱によく効くと言われて渡された薬を飲んでからだ。

まわりが気付いた時には手放せなくなっていた。」


「このままニコライ王子が健康を害されたら、王太子は次男のカルロス王子になります。

今年成人して、いつでも妃を迎えられますから。」


「...」


「カルロス王子はシュバルツの孫です。


どういう事かお解りでしよう?

そうなる前にニコライ王子に妃を娶らせて、王太子になってもらうべきです。」


「しかしあいつは、女性を受け付けんのだ。」


「...いらっしゃるではないですか、

あの方には、妻も子も。」


国王は人が変わった様に恐ろしい顔になった。


「誰だ! 誰が教えた?

きさま、言え!」


首を掴みかかった国王の腕をようやく振りほどいて領主は言った。


「殺されても言いません。

相手もそのつもりで話してくれた。

この国を思えばこそです!」


「わしは墓の中まで持っていくつもりだったのだぞ。」


「全て公にして、ニコライ王子には王太子になってもらう、そしてその子供には、予め王室が決めた正式な婚約者を用意しておくのです。」


「まるで道具扱いだな、いったい何人が傷つくと思っているんだ?」


「ニコライ王子が国政に耐えられないようでしたら、3年後その子が成人した時、王太子の座を譲れば良いのです。


少なくともカルロス王子には王座はいかない、

王位継承は直系が基本ですから。」


「アーニャは、こんな事になるとは想像もしていなかっただろうなあ。」


「亡くなったアナスタシア王妃様ですか、


差し出がましいようですが、ニコライ王子のお子様、陛下のお孫さんですね、その婚約者候補の姫も見つけて参りました。


アナスタシア様のご親戚のヴァーサ王国の姫です。」


「そこまで用意していたのか。」


「陛下、今しか無いのです。


今なら、不服に思ったシュバルツがクーデターを謀っても、国の方が兵力が上です。

私も協力致します。


陛下、決断して下さい!」


「待ってくれ、

わしの話も聞いてくれ、


ニコライは元々優しい子だった。

ああなってしまったのはわしのせいだ。


アーニャのたったひとりの忘れがたみなのに、邪険にしてしまった。」


「今更何をー」


「ニコライが元に戻れば良いのだ。


シュバルツから渡された薬の影響さえ無くなれば身体は元に戻る。

身体が治ったら何処ぞの姫を迎えればいい。」


「しかしアヘン中毒は、何年間も幽閉して薬を絶たなければなりません。

それでは間に合わないのです。」


「アヘンでは無かった。

だからシュバルツを捕らえられんのだ。


あいつは似たような物を見つけてきて、これはアヘンではありませんと言って、堂々と輸入している。


そういう奴だ。


わしは今度外遊する

シュバルツが薬を輸入している南方の国だ。


薬を製造している所なら、どういうものか分かるだろうし、

それに対する解毒法も分かると思う。

それを見つけに行くのだ。」


「陛下自らですか?」


「臣下に聞いても埒が明かなかった。


“アヘンでなければ安全です。”

と言うだけだ。


シュバルツに言い含められているのだろう。」


「わしの息子の問題だ。

外遊には護衛と称して、第1騎士団の諜報部の者を連れていく。

彼らならきっと薬を調べて解毒法を探し出してくれる筈だ。」


「し、しかしー」


「3ヶ月、いや2ヶ月でいい、待ってくれ。

解毒法が見つからない時は、貴殿の言うようにするから。」


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