第8話


36 一目惚れ


「お父さんて、子供みたいに単純なのね。

そう言えば、昔からそうだったわ。」 


すっかり元気になった親父に呆れて、母さんは言った。


友達に紹介されて、母さんに一目惚れしたのはいいが、母さんは都会育ちだった。

結婚しても、あんな田舎で暮らさせる訳にはいかない。


そう思って、

“自分は生まれなかった事にしてください。領地は弟に継がせてください。”

と、書き置きを残して家出した。


母さんの家に突然やって来て、私をこの家の入り婿にしてください。と言ったそうだ。


「そんな事言われても、うちには後を継ぐ弟がいたし、

私も派手な王都より、地方の素朴な生活に憧れていたから、


いったいこの人は何を言ってるんだろうって。

まだプロポーズしていたわけでもないのよ。」


この話を母さんが楽しそうに始めると、親父は書斎に逃げてしまう。


「思い込みが激しいのよね。

それで思いこんだら、すぐ行動しちゃう。」



37 ヤマブドウ


領主は団長を連れて首長の村を訪れていた。

亡くなった森の民の兵士の墓参りだった。


「墓は、ここから少し離れたところにあるんだ。

リジィも一緒に行くかい?」


「うん」

と言って、本を読んでいた娘がついて来た。


途中で同じ年頃の少女達に会った。


「ヤマブドウを採りに行くの

リジィも行かない?」


「うん、あのー

ねえねえお父さん、ヤマブドウのジャム食べたい?」


「ああ、凄く食べたいから、いっぱい摘んでおいで。」


娘は、頭を撫でた首長の腕に、軽く両手を掛けた。


そして、エヘヘと笑うと、「待ってー」と言って、女の子達の後を追って走って行った。



38 神殿


「墓はこの辺りにまとまって建っているんだ。」


「ここは、古い遺跡のようですね。

そしてこちらは、神殿ですか?」


「遺跡にあった古い神殿を、建てなおしたものだ。

以前は天使が住んでいた。」


「えっ 天使ですか?」


「他の皆んなは天界に帰ってしまったのに、1人だけここに残った最後の天使です。

...と、本人は言っていた。」



「まだわしが子供だった頃、ここに天使だと言う人が住み、崇められていたんだ。

もう随分の高齢で、髪の色は真っ白になっていたが、目は緑色で、綺麗な人だった。


大人たちからは

とても神聖な方なので、

むやみに話しかけてはいけない。

あまり近寄ってもいけない。


そう言い聞かされていたんだ。


専属の女中が何人かいて、貢ぎ物もあるので、生活に不自由することはなかった。


彼女が神殿から外に出るのは、村で病人が出た時だけ、

病人の家に行き、手のひらから出る不思議な光で治療するんだ。


それも治療が終わるとすぐにまた神殿に帰ってしまう。


別に強制されていたわけではないそうだが、

子供の目から見れば、不自由で、束縛されているみたいだった。


わしは好奇心から、大人達の目を盗んで天使に会いに行ったんだ。


天使は椅子に座って、ずっと動こうともせず、

遠くを見つめていた。


わしを見つけて彼女は嬉しそうだった。

村の人と喋ったのは久しぶりだ、と言っていた。


『私はここで人を待っている。

来るはずのない人を待っているの。』


『やめちゃいなよ。

そんな人を待つより一緒に遊ぼう、今度はおもちゃを持ってくるよ。』


『ありがとう、1人でいるのはとても寂しいから、またきっと遊びに来てね。』



それきりになってしまった。

わしは神殿に忍び込んだのがバレて、出禁になってしまったんだ。」



「彼女が亡くなった。

棺の中の彼女は、別に羽が生えているわけでもなく、普通の人だった。


わしは彼女は天使などではなく、不思議な力を持った、ただの人間だったのではないかと感じたんだ。


他の人と違うだけで、崇められ、その見返りにひとりぼっちになってしまったのではないかと。」 



39 キトラ


「わしの妻のキトラは、代々神官の家の娘だった。


結婚して、子供も産まれたのだが、不幸な出来事で、神官だった夫と子供2人とも亡くしてしまった。


落ち込んでいた彼女が、ある日赤ん坊を拾ったんだ。

その女の子の背中には、小さな羽が生えていた。


『おさ、天使を拾った。

神殿に預けなくてはいけない。

でも困った。』


彼女の夫が亡くなってから、神殿には誰もいなくなっていたからだ。


『神殿に預けなくてもいい。

別に神殿で暮らす必要はないんだよ。』


私は、年老いた天使が孤独だったことを話した。



『この子は人間だ、背中に羽が生えているだけで、普通の人間なんだ。』


『それなら私が育てたい。

亡くなった子の代わりに、私が親になってもいいでしょうか?』


それから何やかやあって、

わしもずっと前に妻を亡くしていてひとり者だったから、

わしはキトラを娶って、親子3人として暮らすようになったんだ。」


「いやあ、娘というのは可愛い、まるで天使だ。本当に天使だから当然だけどな。


羽は普段は背中にしまっておくのだが、

時々広げたまま


“お父さん大好き”


とか言って甘えてくるんだ。

その羽がふわふわでなー。」


領主は、口を窄めて、ホウという顔をした。


「うちの娘のベスには羽はありませんけどね。

“パパのお嫁さんになりたいー”

なんて言いながら抱きついてくるんですよ。


それがもう小さな天使みたいで。」


首長は、はっとして領主をじっと睨んだ。


「何だと、それは... 羨ましい、

よし、わしもリジィに嫁になりたいか聞いてみよう。」


「ははは、もう手遅れですな。

年頃の娘さんにそんな事言ったら、ドン引きされますよ。」


「何を言うか、

うちのリジィに限ってそんなことはない!」


(親バカ同士で、何を張り合っているんだ?)


団長はずっと下を向いて聞いていた。



「天使は誰を待っていたんでしょうね。」


「それがリジィには心当たりがないそうなんだ。

前の天使とは少しずつ変わっているのかもしれない。」

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