第7話

31 守ってきたもの


「亡くなった親父との関係もあって、首長さんは私のやり方にも好意的だ。


しかしなあ、今度は山に穴を開けようとしているんだ。

彼らが守ってきたものを、またひとつ壊す事になる。


気が滅入るよなぁ。」


「でも、首長さんも父さんに賛成してくれたんでしょう。

ノースランドに住むみんなの生活のためなら、山だってきっと賛成してくれるよ。」


「ありがとう、そうだな、

前向きに考えなきゃな。」



32 軍事要塞


新しい道路を建設する工事が始まった。



団長を始め、騎士団の兵士達は、森林に巣食っていた野盗を全て追い払った。

ヴァーサ王国との国境には砦と検問所が作られ、不審者はもう侵入できない。


トンネル工事現場にも騎士団の詰所が置かれた。



5年間も改築中だった、本宅が完成した。


「アレックスは中に入るのは初めてだったな。」

「すげー、軍事要塞みたいだ。」


「要塞か、そうだな装飾はない。

ここには華麗な城なんて要らないんだ。

城は領民を守るためのものだ。」


城郭は街道に通じる市街地を殆ど覆っている。

有事の際は住民はここに逃げ込めばいいのだ。


「誰か襲って来るのか?」

「そうならないために、どこよりも堅牢な城を建てた。

難攻不落な城となれば、それだけで士気を削げる、相手を牽制できるからな。」


「ふうん、やっぱり父さんは凄いなあ。」


「おまえたちと暮らす施設はないんだ。

もちろん緊急の時には避難できるスペースはあるが、

私も普段は別宅に帰る。


何、馬を飛ばせば10分位だ。

あの家は母さんが気に入っているから。」


親父は少し変わっている。

母さんの生活を何よりも守りたい。


領主様がそれで良いのかとも思うが、

王都から1人で嫁いで来た母さんの幸せが、世界で1番大切なのだ。


世事に煩わされる事なく、

子供たちに囲まれて、大好きな海の景色を見ながら、穏やかに過ごして欲しい。


仕事と家庭を隔てた、通いの城主だ。



工事は順調に進んだ。


シュバルツ侯は不気味なほど静かだった。

計画的に発破を掛け、周りに影響が出ないように掘り進んだトンネルはもうすぐ開通する。



ヴァーサ王国側の検問所から進入する馬車があった。


「トンネル工事用の追加の火薬です。

これが通行証です。」

「ご苦労さまです、お気を付けて。」


その夜、トンネルは爆破された。



33 崩壊


「こんな、こんなに簡単に壊されるなんてー」

「油断した、今までが順調過ぎたんだ。」


トンネルがあったはずの場所は

岩と土塊だけになり、山肌は大きくけずられて崩落していた。


詰所にいた者は、全員岩に押し潰され、トンネルの入り口で警備をしていた者は、形を留めていなかった。


「多分、導火線に火をつけたまま馬車ごとトンネルに突っ込んだんだ。

だから護衛が止められなかった。」


「でもそれじゃ、本人も死ぬじゃないか!」

「わからん、犯人の死体なんか木っ端微塵になっちまった。」


親父は死人のようだった。

崩れた岩山を虚ろに眺めていた。


「何人居たんだ?」

「15人です。」

「15人、15人も...」


今まで張り詰めていたものがビシッと音を立てて切れた。


「俺のせいか?

悪魔と言われている山に、トンネルなど掘ろうとするから、呪われたのか?」


亡くなった人の葬儀が終わっても、工事は再開されなかった。


親父の心が崩壊しそうだった。



34 側壁


引きこもった親父を訪ねて、森の民の首長がやって来た。


「こんにちは、お父さんをちょっと借りるよ。」


無精髭を生やして、目の下にクマができている親父がようやく降りてきた。


「首長殿、この度は大変申し訳なくー」

「何度言うんだ、耳にタコができる。」


「しかし、森の民の兵士も...」

「少し外に出ないか?

たまには馬車もいいだろう。」



「ここはー」

「ああ、崩落したトンネルの跡だ。」


「私はここで多くの若者の命を奪ってしまった。

私だけが呪われればよかった。」


「頭を掻きむしるな、禿げるぞ。

兵士を殺したのはシュバルツ侯だろう、あんたは関係ない。

それにあなたは呪われていないよ。」


首長は崩壊現場のさらに奥を指差した。


「爆発の影響で悪魔の山の側壁の崖が、崩れている。

よく見てごらんなさい、

人が登れるようになっているんだ。」


「悪魔の山が、あなたに登ることを許したんだ。

あなたのことを認めたんだよ。」



35 黄金


親父と首長と森の民の護衛2人が、ゆっくり悪魔の山を登って行った。



「このあたりから、よく見えるな。」

首長は少し離れた小高い場所から、窪地を見下ろした。


「黄金だ。」


隣で領主は小さく呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る