第5話


20 川釣り


アレックス達と、海辺で走り回って帰る頃には、海も空もオレンジ色になっていた。


野ウサギ狩りに使った幅広いアミを担いで雑貨屋のサムという少年が言った。


「明日はこれを持って川釣りに行くんだ。

フリッツも来るだろう?」

「明日はもう帰らないとー

でも行きたいなあ。」


「うちに泊まっていけばいいじゃん。」


いちばん背の高いロイがウンウンと頷いた。

「そうだよ。アレックスの家、かくれんぼができるくらい広いんだから。」


王宮に比べたら、おもちゃみたいだけどー

父上にお願いしてみようかな。



21 あくび


「キャーッ!

わ、若様、どうなさったのです?

泥だらけで、びしょびしょじゃないですか。」


「お風邪を召します、

やっぱりついて行けばよかった。」


お風呂、お風呂!

着替え、着替え!


侍女たちは、ばたばたと走り回って、息を切らし、僕のズボンのポケットからポロポロ出てきたヤドカリに悲鳴をあげた。


「あなたは、若様のお供に付いていきながら、 何をしていたのです!」

「あーさーせーん」


(クソガキ!)


「あの父上、明日アレックス達と、川釣りに行きたいのですが、いいですか?」


「とんでもない、そんな危険なこと!」

「明日は明日のご予定がございます。」


侍女たちはうるさく騒いだ。


(許してくれるかな?)


父上は意外にも楽しそうに笑い出した。

「そうか そうか、誘われたのか、

良かったな。」


「きちんと保護者を付けますので、ご安心ください。」


アレックスの父親の領主は、侍女たちに向かって穏やかに言った。


「おい、きみたち、明日は隠れて見ていないで、一緒に川に行きなさい。」


部屋の入り口に、2人分の汚れた上着と、丸めた靴下を詰め込んだ革靴を持って、若い護衛兵が2人立っていた。


直立している護衛たちに、国王は満足そうに話しかけた。


「わしからもお願いする。

明日はもう気を使わずにフリッツと一緒に楽しんでくれ。」


「それでは僕はもう寝ます。」

「若様、これから晩餐が、」


「ああ 俺ももう寝る。ゲンカイ、」

侍女たちは一列に並んで、あの野ウサギのような恐ろしい顔をした。


「一緒に寝よ。」

前歯を剥き出しにした侍女たちを、涼しい顔で無視して、アレックスは僕の手を引くと、大きなあくびをした。



22 金色の石


王都  

宮殿 


父上と離れて、1日遅れて城に帰った夜、僕はひとりで喋り続けた。


「それで、僕とアレックスの弟のルイスは、護衛の人に付き添われて、釣りをしてたんですけど、僕としてはいまいち物足りない。


糸と竿とを経由しては、

魚を漁っている臨場感が、割り引かれる気がしたのです。


アレックス達は、アミで魚を追い込んで、最後は手づかみするんですよ。

僕は、これが魚漁の原点だと感じて、一緒に混ざったのです。


生きている魚をつかむんですよ。


簡単じゃない、いやあ予想したより気持ちが悪かった。」


父上は呆れて僕を見ている。


「護衛のお兄さんたちは、森の民なんですって、

2人で森の中に入って行ったと思ったら、あっという間に大きな鳥を捕まえてきてー


ヤマドリと言うそうですが

なんとその場で捌いて焼いたんです。


鳥はバサバサ動くのでね、捌くときには、まず頭をー

おっと失礼、食事中でしたね。


アレックスは、鳥も魚もナイフで捌けるんです。

ニワトリ以外何でも捌けるって、


お弁当を広げて、焼き魚と一緒に食べてー


あー、ナイフを使わない魚の上手な食べ方、ご存知ですか?」


「フリッツ、おまえよく喋るなあ

もっと大人しいと思っていた。」


「え、そうですか?

あっ あとね、これお土産にもらいました。」


小指の先くらいの、小さな金色の石だった。


「これ、アレックスが、あの川のもっとずっと上流で見つけたんです。

他の石は全部取り上げられたけど

1番大きいこれだけは隠していた、宝物だって。

友達の印です。」


国王はそれを自分の手のひらの上で転がした。


「これが、新しい火種にならないといいがな...」

そう小さくつぶやいた。



23 ロブさん


「バールは今日もいないの?」

「ロブさんの手伝いだろ

あいつ張り切っていたからな。」


「雇ってもらえて良かったな。

バールは結構力持ちだから

ロブさんも助かっているんだろう。」


ロブさんは、町一番の伊達男だ。

真っ赤な髪に、細身で長身、

10年くらい前にこの町に流れてきた。


今は道具の修理とかの便利屋をやっている器用な人だ。

何でも貴族の夫人と不倫騒ぎを起こして、王都にいられなくなったそうだ。


だから王都のこととか、貴族の生活とかよく知っている。

俺たちは、ロブさんの(作り話かもしれないが)体験談を聞くのが大好きだった。


「リュートが弾けると、都会では女の子にモテるんだよ。」

そう言いながら、自分の柄の長いリュートを弾いてみせた。


「優しくもの悲しいリュートを、窓の下で弾いてごらん。

その家のご婦人が、なんだろうと必ず窓から顔を出すから。


そこでボクは愛をささやくんだ、

この曲は、貴女に捧げる私の気持ちですって。」


「かっ かっけー!」

「オレにも弾き方教えて!」

「オレも、オレも!」


「分かった 分かった

あっ 汚い手で触っちゃダメだ。

順番だよ。」


時々あちこちに出かけてくると、そこで流行っている珍しいお菓子を買ってきて、みんなに配ってくれる。


“あの男はペテン師だからね、気をつけなきゃいけないよ。”


ハンナさんはそう言って顔をしかめたが、

いつも愛想の良いロブさんは人気者だった。


俺はロブさんに憧れていた。


親父にせがんで、小さなリュートを買ってもらった。

家でこっそり練習して、街角で弾いてみたが、窓から顔を出す婦人はいなかった。


「うるさい! 静かにしろ!」

知らないオヤジに怒鳴られた。



24 バール


アレックスが道を歩いていると、反対側から大工道具を担いだ褐色の肌の少年が歩いてきた。


アレックスより少し大柄だ。


「おう、バール、凄い荷物だな。」


「ハンナさんとこの水車が止まっちゃって、ロブさんが修理に行ったんだけど、結局全部交換だって。

大変な仕事になっちゃった。」


「ハンナさんはロブさんのこと嫌ってなかったっけ?」


「うん、ロブさんに向かって、

あんたはその軽薄な性格さえ無ければ、腕は確かだし、顔も良いんだけどね、残念だねー

って説教してた。」


「やっぱ、かなわねーな。」


「そう言われたら、徹底的にやるしかないだろ。

足りない道具を持って来るように言われて、今その途中。」


足下には1匹の黒猫がまとわりついている。


「あっ、これあの時の子猫か?」

「うん、どこにでもついて来るんだ。」


「初めて優しくされたのが、おまえなんじゃないの。」


「おれも、1番最初の記憶がコイツなんだ。

ハッと気づいたら、子猫がいじめられていたんだ。」



25 黒猫


2年前、まだ交易商会が

繁盛していた頃、アレックス達は、空き地で、見知らぬ少年が何人かに蹴られたり、棒で叩かれたりされているのに出くわした。


少年は体を丸めて、地面にうずくまり、抵抗もできずにいる。


「おい、助けに行こう!」

アレックス達はかけだした。


「おまえ達、何やってんだよ!」

「1人をいじめんじゃねーよ!」


「やべっ、アレックス達だ。」

少年達は逃げて行った。


「大丈夫か?」


「うん」

そう言って、顔を上げた少年を見てアレックスは驚いた。


長い漆黒の髪、褐色の肌、真っ黒い瞳、体つきもひとまわり大きかった。


「おまえ、初めて見るなー 名前は?」

「バール」


「俺、アレックス、どこから来たんだ?

異国人か?」

「わかんない」


「歳は?」

「わかんない」


「えー?」


その時、少年の褐色の腕の中から、小さな黒猫が、ミヤーといって顔を出した。


「うわー 可愛い!」

「ちっちぇー」


へへへ 


黒髪の少年は嬉しそうに笑った。


「まあいいや、バール、これから俺たちと一緒に行かないか?

もうすぐ交易商会に、馬車が着くんだ。

荷下ろし手伝えば、昼メシ奢ってもらえるぜ。」



「おまえ、何で領主の息子なのに、商会でメシ食ってんだよ。」

「別にいいじゃん。」


「変なヤツー」



「おまえ、あん時ボコられて、記憶が飛んじゃったんじゃないのか。」

「うーん、わかんない。

あっ このネコ ノアって言うんだ。」

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