第4話

16 野盗


領主の屋敷


国王と領主は険しい顔で話し合っていた。


「近ごろ変わった野盗が出ましてね、

奴らは闇ギルドから金をもらって野盗をやっているのです。

その金の出どころは恐らく...」


「シュバルツ侯というわけか。」


「残念ながら、証拠は無いのですけどね。」


領主は紅茶を一口すすり、溜め息をついた。


「昔から、むこうは海運事業、こちらは陸運事業をして、ずっと犬猿の仲だった。

それが10数年前、私の父が

『これで奴は破滅だ。』

とつぶやいたことがある。


その意味を聞かぬ間に、すぐに父は亡くなってしまいました。」


「不幸な事故だったな。」


「事故?

都合の良い時に、父が落馬したものです。


シュバルツ侯は、その後破滅どころか、どんどん事業を拡大して、今ではこの国の海運事業を殆ど独占している。


シュバルツ侯の事業内容には陛下も迂闊に手を出せないのでしょう?」


「情け無いことに、今はその通りだ。

以前、査察に向かった国の騎士団が大失態を犯してから、口を挟めんのだ。」


「その上で、まだこちらに野盗を送り込むのですから。

そんな野盗を追いかけ回しても、結局イタチごっこだ。


こちらは根本的な解決策として、峠越えをしない安全な道を開拓しようと、あちこち歩き回ったのです。


その結果ちょっと面白い物を見つけました。」


領主は一枚の地図を広げた。


「これを見てください。

この道は森の民が狩猟の時だけ使う間道です。

これを辿れば...」


「途中で途切れているではないか。」


「この先は、崖になっていて、人も馬も通れません。

しかしこの崖を突き抜ければ、反対側にも道がある。」


領主は地図の上を指でなぞった。


「この道は、もともと切り通しで繋がっていたのではないでしょうか。

このあたりには、こういう不自然な地形が多い。

誰かが塞いだのです。人を近寄らせないために。



17 ひとりぼっちの王様


「陛下は、この地に天使が舞い降りた、という伝説はご存知ですよね。」

「ああ」


「これは森の民に伝わる昔話です。

黄金の溢れる町に、天使が舞い降り、人と仲良く暮らしていた。


ところが王様が、黄金を独り占めするために、人も天使も追い出して、道を塞いでしまった。

王様のまわりには誰もいなくなり、王様はひとりぼっちで死んでしまった。」


「そういう話だったのか。」


「綺麗に言いかえてますけどね。

天使は死者の魂を天に導く者です。


人々は黄金と引き換えに、天使と仲良くなるほど、つまり死と隣り合って暮らしていたのではないでしょうか。


多分、大きな金鉱山があったのです。

金鉱山には、事故がつきものですから、多くの人が死んだのでしょう。


それを憂いた王様が、独り占め、つまり金鉱脈を残したまま閉山してしまった。

そして、鉱山に行く道も封鎖して、誰も寄せつけずに、彼は死んでしまったのです。」


「そういう解釈もあるのか。」


「それでこの不自然な地形の西側にある山、

この山は森の民が『悪魔の山』と呼んでいます。

周りが全部崖で、人を寄せ付けないのです。


その山から流れてくる川、行ってはいけないと言っているのに、うちのイタズラ坊主が上流まで遡ってしまいまして、


そこで見つけたんですよ、これを。」


領主は小さな箱を開けた。


「するとこの山に金鉱脈があるのか?」


「その可能性はあります。

しかしこれは民話ですし、あくまでも私の推測に過ぎませんから、まだここだけの話にして下さい。」



18 不動産


「それで、話を戻して、峠越えをしないバイパスの件ですが、

ここ、悪魔の山の山麓に候補地が見つかりました。

先程の猟師の間道です。


あそこの崖にトンネルを掘れば、山を迂回してヴァーサ王国まで行く道ができる。

峠を越えないので、安全で時間も短くなる。」


「素晴らしいではないか。」


「ところが、調査に行った測量技師が殺されました。

あの野盗のしわざです。」


「何だと?」


「奴らはスパイと殺し屋を兼ねている。

こちらの動きを探っているのです。

このままだと、危なくて工事に入れない。


工事中は街道を封鎖しようと思います。

今いるシュバルツ侯の息のかかった野盗は根絶やしにして、後のものは1人もこの地に入れない。


工事現場周辺の警備も強化したい。

そのためには武器を新たに購入し、兵士も新たに雇用しなければならない。」


領主は購入予定の武器の見積り書を国王に手渡した。


「工事が終わるまで、このくらいしないと、安心して働けないでしょう。」


「こんなに金をかけてはー」


「タウンハウス以外の、王都にあるうちの不動産を全て売り払います。」


「それはいかん!

王都の土地を売って、武器を買い付けたら、

そんな過激な行動、反逆罪を疑われるぞ!」


「だから、陛下にお話ししたのです。

今、シュバルツ侯に対抗するためだと公言しては内乱になりかねない。


だから、もし私が疑われて、裁判にかけられたら、陛下は予めご承知だったと証言をしていただきたい。」


「それは構わん、勿論すぐに証文を作ろう。

保管しておくと良い。

しかし、何故そんなに無理をするのだ?」


「父は乗馬の名手だったのです...


シュバルツには、絶対屈する訳にはいかない。

全財産を賭けても。」



19 窮地


13年前、王都


側室として入っていたシュバルツ侯の娘に、王子が産まれた。

第2王子カルロス、フリッツと3歳違いの兄である。

鳶色の瞳は、毋似だが、髪の毛が真っ赤だった。


乳母を始め、その髪を見た者は側室を疑った。

シュバルツ侯の娘は、何も語らず引きこもってしまった。


王宮には箝口令が敷かれた。


アレックスの祖父、キーファ べリンハム侯はシュバルツ侯に言った。


「うちの領地に、ロバートとかいう、赤毛の貧乏貴族が逃げ込んできたぞ。

おまえに殺されるってな。」


ベリンハム侯は低く笑った。

「密輸とか人身売買はごまかせても、孫の髪の色まではごまかせないなあ。」


シュバルツ侯は窮地に立たされた。


誰でもいい、あの男を殺してくれ。

誰でもいい、この状況から救ってくれ。



その夜遅く悪魔があらわれた。

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