第3話
11 海
ウサギは大きな荒袋に詰め込まれたが、
中でまだバタバタともがいていた。
「おまえ、なかなかやるじゃん。」
「こないだの奴なんか逃げ出したもんなー」
「よく手を離さなかったな。
フリッツって言うのか、アレックスとこの客か?」
「あーこいつはー」
フリッツがフルフルと首を振った。
「友達だ、王都から来た
お父さんが今うちの親父と、なんか話し合いしてる。」
「貴族か?
王都の貴族か?」
「アレックスのとこ、時々凄い客が来るよな。」
「アホ、うちの親父が侯爵だからだよ!
ああ見えても。」
「だから今日はチョッキなんか着てるのか、」
「ああ、昨日は風呂に入れられて、頭まで洗わされた。」
「アハハ、災難だったな。」
(何だこの会話は?)
「おれロイって言うんだ、よろしくな。
まあいいや、アレックスこれからどうするんだ?」
「親父にこの辺案内しろと言われてるんだけど」
「市街地行くのか?
あんまり楽しくないよなぁ」
「うん、交易商会も閉まっちゃったし。」
「海に行くか!
フリッツ、それでいいか?」
海? うみ?
いいのか?
こんなに気楽に行っていい場所なのか?
「行きたい、もちろん!
あー 君が案内したいならだけど。」
「よし、決定ー」
アレックスが僕の肩に手を回した。
「アレックス、おまえ最初からその気だったんだろー」
「このウサギどうするー?」
「浜で焼いて食っちゃうか?」
「いくらアレックスでもこれは捌けないだろー」
キャハハ
12 黄色い実
「トウモロコシ10本だ。
そのくらいの大きさはあるよな。」
「じゃ、俺これからハンナさんとこ行って交換してくるから。
フリッツ付き合え。」
「このウサギどうするの?」
「肉にするために、農家に売るんだ。」
野ウサギの肉?
「あっ!」
「どうした?」
「な、何でもない。」
あれはこれか、
時々テーブルに出される、野菜をくるくる巻いて、上に香草が沢山乗っかっている肉はー
僕は恐ろしい物を食べていたんだ...
まだゴソゴソ動いている袋を担ぎながら、農家まで2人で歩いて行った。
家の前では農婦がカゴに野菜を選り分けている。
「こんちは、おばちゃん、ウサギ獲れた。
トウモロコシと替えてくれ。」
「なんだい、2人とも泥だらけだね。
こちらは?」
「王都から来た、俺の友達。」
「こ、こんにちは、フリッツです。」
「あんたより、よっぽどしっかり挨拶ができるじゃないか。
こんにちは、よく来たねえ。」
「トウモロコシ10本、浜で焼きたいんだ。」
「10本ねえ、まあいいよ、2人で畑から直接もいでおいき。」
「なるべく太いのを選ぶんだぞ。」
「実がなってないじゃないか。
どこにも黄色い実がないぞ。」
アレックスは、ああーという顔をして、近くにある緑色の筒のような物をもぎ取った。
その緑の皮をベリベリとはぎ取ると、厨房で教えて貰った黄色い粒のトウモロコシが現れた。
「そ、そうだったのか...」恥ずかしい。
下を向いた僕の頭に、アレックスは、むしった薄黄色のヒゲをのせてきた。
「このヒゲさあ、おまえの髪にそっくりじゃん。
ハゲたら、カツラが作れるぞー」
「何だと!
きみの頭こそ、このてっぺんのフワフワしたのにそっくりじゃないか。」
「あっこらやめろ、くすぐったい。」
トウモロコシの実に着く薄金色の絹糸は、王室に受け継がれる僕の髪と同じ色で、
少し緑がかった銀色の雄穂は、お母さんと同じアレックスの髪の色だった。
13 サラ
10本のトウモロコシは紐で縛って、2束にまとめた。
「火には気をつけるんだよ。
そうだこのトマトも持っておいき、
採りたてだから、美味しいよ。
あっこら、アレックス!
そっちからもぐんじゃないよ!
まだ熟してないから。」
「王都から、遠いところを来てくれたのに
野菜ばっかりじゃ申し訳ないねえ
後でマリに鶏届けさせるから
食べていっておくれ。」
「あ、ありがとうございます。」
「サンキュー
おばちゃん、愛してるよー」
「本当にこの子は、
またあのロクデナシの真似だろう。」
そう言って、アレックスの頭を拳でぐりぐりした。
へへへっ
あっ、この人は似ている。
後から入ったもう1人の側室に、
僕が唯一叩かれた事のある、あのおせっかいなーサラという名前だっけ。
あの人は元々平民出身だから関わってはいけない、と母上から言われたんだ。
14 サンダル
砂浜にはもう白い煙があがっていた。
「子供だけでいいの?」
「大丈夫だよ、
あの辺に、今日は護衛のお兄さん達が隠れているから、
鬱陶しいなあ。」
海だ!
目の前に海だー
凄い、どこからどこまでも、全部海なんだ!
“海は遠くから景色を楽しむものでございます。”
“海には怪物が住んでいるので、近づくと危のうございます。”
怪物なんていないと知っていたが、必死に止める侍女たちに逆らえなかった。
僕に何かあったら、彼女たちが、母上に酷く叱られるのが分かっていたから。
「トウモロコシは、海水に浸すと塩味がついて美味いんだ。
焼く時は、なるべく火から離して炙らないとダメだ、
近づけ過ぎると焦げるから。」
「アレックスは何でも海に浸けるのな。」
「それで、いっつも焦がす。」
「あっ うるせー」
アレックスは、砂の上に放り出していたナップザックから、草の葉で編んだサンダルを2足取り出した。
「そうだ、これ渡すの忘れてた。
森の民の民芸品だ
凄く履きやすいんだ。」
そう言うと、大きい方のサンダルを自分で履いて笑った。
「あっ、おまえやっぱり最初から僕を海に連れて来るつもりだったろう。」
アハハハ
15 トマト
トウモロコシを焼いているところに、鶏肉を持ってマリがやって来た。
切り分けてもう串に刺してある。
「すげー 今日は豪華だ。」
「何だ このあいだの婚約者とかいう女の子じゃないのね。」
「あー あいつはもう来ないだろう。」
「私、あの子嫌い。」
「あ、トマトが...」
アレックスのまねをして、海に浸そうとしたトマトが、波にさらわれてしまった。
「アハハ、しょうがないなー」
アレックスはズボンのまま、海にざぶざぶ入って行くと、波間から真っ赤なトマトをヒョイとすくい上げて、僕の方に放ってよこした。
やたらと白い歯だけが目立つその笑顔に、僕は大きな憧れと、ちっぽけな敗北感を抱いた。
(アレックスは将来凄い領主になるかも知れない)
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