第2話
6 赤い屋根の家
領主の館は、遠くに海が見える景色のいい丘の上にあった。
とても侯爵家の屋敷とは思えない、
赤い屋根で3階建てのこぢんまりとした家だった。
「ちっさ、
いえ、コンパクトな屋敷ですね。」
父は笑い出した。
「ここはもともと夫人と子供たちのために建てられた別宅じゃ。
本宅の城は大きいぞ、
今改築中でな。」
こぢんまりした家と言っても、普通の家よりはかなり大きい。
その可愛らしくて、どこか暖かみのある屋敷の前で領主一家は全員で僕たちを出迎えてくれた。
僕が産まれたのは結構遅かったので、
父、国王に比べて領主はかなり若い。
その横に、2番目の兄と同じくらいかな?
僕より2.3歳上の男の子と、弟と妹。
夫人のお腹は、少し膨らんでいた。
お定まりの挨拶の後、いつものように父は言った。
「私たちは話があるから
少し外の様子でも案内してもらいなさい。」
「それでは上の息子をお供につけましょう。
アレクサンドルよろしくな。」
「かしこまりました。」
領主の息子は執事のように、手を胸に当ててお辞儀をした。
ああ まただ。
この息子とお互いにつまらない時間を潰さなければならない。
プレゼントを貰えるのだけが楽しみだな。
7 アレックス
「ノースランドは、北に広大な森林地帯、西には遠浅の海が広がり、とても風光明媚な土地でございます。
さらにヴァーサ王国との貿易の中継地として国の経済にも大きな役割を果たしております。」
「知ってます、事前に調べてきましたから。」
僕はさも興味無さそうに答えた。
「それは流石でございますね。
フリードリヒ王子殿下は、自らのご見聞を広げる為に、国王陛下の視察に同行されているとお聞きいたしました。
王子殿下は、私より若年でいらっしゃるのにもかかわらず、すばらしいお心掛けですね。」
廊下を連れだって歩きながら、アレクサンドルは、馬鹿丁寧な言葉で僕を褒めちぎった。
こいつ何かを丸暗記させられたな。
この慇懃無礼なやつと、この後何時間か付き合うのか。
僕は胃の中がキリキリした。
ああもうこいつ、殴ってやろうかな。
「その言葉使いはやめてくれ、もううんざりだ。
あと王子殿下と言うのもやめてくれ、フリッツで構わない。」
すると領主の息子は、馴れ馴れしい笑顔をずいっと僕に向けてきた。
「そっかぁ、じゃ俺はアレックスな、
いやー 助かった。」
え?
いつのまにか2人きりになっていた。
玄関を出てもがらんとしている。
「あ、あの馬車は?」
「そんな物いらないよ。」
「あんなガタガタするのに乗って、街まで行ったら、尻が痛くなる。
歩いた方がいいよ。
行こう、フリッツ。」
えっと
僕に土の上を歩かせる気か?
護衛兵たちは
「坊ちゃん行ってらっしゃい。」
と言っただけで、愛想よく見送られてしまった。
2人きりで、従者も護衛もなし?
いやきっと、隠れてどこかで見ているはずだ。
キョロキョロとあたりを見回したが、それらしい者は見当たらない。
この領主の息子はいつもこうなのか?
危険すぎるだろ
8 生命線
「下までおりていけば誰かいるから。」
遠くに、海沿いの小さな町並みが見える。
市街地と反対側じゃないか?
アレックスはどんどん丘を降りて行く。
あっけに取られたまま、その後をついて、トウモロコシ畑の真ん中を歩いて行った。
僕は土の道を歩いたことがない。
第2側室の母上が、傍らから離そうとしなかったので、僕は去年まで宮殿の外に出たことが無かった。
何の疑問も感じていなかった。
僕を市井から遠ざけ、常に隣にいて守ってくれるのは、母上が僕のことを深く愛しているからだと、むしろ喜んでいた。
でも教えてくれた者がいた。
『側室様が肌身離さぬ護身札』
僕は女官たちの笑い者になっていた。
母上はとうの昔に国王の寵愛を失っている。
実家が下級貴族の母上にとって、後宮では僕だけが生命線になってしまった。
母上は自分自身を守るために、僕をひとときも手放さず、僕という存在にしがみついていたのだ。
父である国王とは、もう何年間も義務的にしか会った事が無い。
つまり僕には無関心だった筈だ。
その国王がある日、ものすごい勢いで、突然母上のもとを訪れた。
そして僕を彼女から奪うようにして外へ連れ出したのだ。
母上は何故か父にも怯えていた。
父が自分の命綱をとり上げるのを、強く反対もできずに、ただオロオロとして泣いていた。
9 野ウサギ
道を少し下ったところに
数人の男の子が集まっていた。
「どうした?」
「野ウサギだ、この穴に追い込んだんだが、なかなか出てこない。」
アレックスは畑と畑の間に開いている平たい穴に、腹ばいになって手を突っ込んだ。
「これは反対側を掘って、追い出した方が早いな。」
そう言いながら上着を脱いだ。
「フリッツ、悪いちょっと待ってて。」
僕は腹が立った。
この者たちはどう見ても平民だ、
アレックスはコイツらに付き合って、王子である僕を待たせるのか?
アレックスは僕を無視して、彼らと話し出した。
「何か押さえらるものは?」
「明日川釣りに行こうとしてたから、
魚アミ、ロブさんとこで借りてきたんだ。」
「それでいいや、2重にすれば平気だろう。」
アレックスはそこから2.3メートル離れた所を木の枝で刺した。
「ここを掘ればいい。
フリッツ、アミ広げるから、そっち持って、
絶対離すなよ。」
緊張感を漂わせて、アレックスはてきぱきと指図した。
野ウサギ?
僕は女官たちが愛玩している、小さな赤い目の白ウサギを思い出した。
そうか、これは仕込みだ。
皆んなで演技してるんだ。
僕に子ウサギを捕まえさせて、それをプレゼントしてくれるんだ。
ふうん、なかなか気が利くな。
10 魔獣
「ぼやっとするな! 出てくるぞ!」
アレックスが叫ぶと、
突然、巨大な黒いかたまりが、牙をむいて襲いかかってきた。
「早く引っ張れ! 逃げられるぞ!」
ウサギ、ウサギって言ったよね。
違う! これは魔獣じゃないか!
食い殺されるぞ!
「手え離すな! ばか!」
ばか?
ばかだとー?
耳の長い巨大な魔獣は、土ぼこりを巻き上げながら、宙を舞って跳ね回った。
アミがちぎれる!
ちくしょう!
僕は引きずられるのを必死でこらえて、
アミにしがみついていた。
アレックスの手がバッと伸びてきた。
ウサギの耳と首の後ろを両手でつかむと、足の裏で脇腹を踏みつけて、巨大なウサギを地面に押さえ込んだ。
灰色のウサギは、それでもバタバタと両足を激しく蹴り、ギィギィと前歯を剥き出しにして威嚇してきた。
「足縛れ、足縛れ!」
慣れた手つきでもう1人の子が、縄で両足を縛ると、ウサギは漸くおとなしくなった。
「ふう、結構手こずったな。」
アレックスは膝に手を置いて、どかっと地面に座り込んだ。
「おい触るな、指噛みちぎられるぞ。」
僕はビクッとして手を引っ込めた。
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