森の天使里リジィ

@komugiinu

第1話

1  キツネの毛皮



近頃の若いもんは猟銃ばかり使いたがる。

それも時代だから仕方がない。

しかし鉄砲で打ったものは、どうしても毛皮に大きな穴が開いてしまう。


これはわしが弓矢で仕留めたものです。

どうです、何処にもキズが無い。

美しいものでしょう。


森の民の首長はそう言って、王都で貴婦人たちが見れば、垂涎の的となる程の光彩を放つ銀ギツネの毛皮を親父に手渡した。



首長は新しい森林道路の相談に、領主である我が家を訪れていた。

手土産に携えてきたキツネの毛皮は、友好の印であると共に、彼のプライドの表れでもあった。


今の領主は俺の父親だが、元々ここは森の民の土地だった。

それを200年くらい前に南の方からやって来た俺たちの祖先が、勝手に自分の国の一部にしてしまった。


土足で踏み込んできた俺たちを、彼らが歓迎する筈はない。

あちこちで小競り合いを繰り返していた。


それが俺の祖父の代の頃から急速に歩み寄ってきた。

そうしなければお互いに生き残れなかったからだ。



2  峠越え



最初にここの領主を命じられた俺のじいさんのじいさんだったかは、島流しにあったと思ったそうだ。

何の産業もない、こんな僻地をどうやって治めろと言うのだ。


国土の5分の1を占めるこのやたらに広い領地は、殆どが森林と深い山で、森林の北の端は、冷戦状態が続いているヴァーサ王国へと続いている。

残りの狭い農地で、森の民と呼ばれる狩猟民たちが畑を耕しているだけだった。


後からやってきた、じいさんのじいさん達は、この狭い農地をめぐって、森の民たちとダラダラと際限なく争いをつづけていた。



両者とも疲弊した暗黒の時代だ。


転機が訪れた。


長い間冷戦状態だったヴァーサ王国との間に、友好条約が結ばれたのだ。

若くして領主を引き継いでいた俺の祖父は、これを見逃さなかった。


森の民を説き伏せて、共同で交易路を作った。



それまでも狭い峠道を辿って、荷を担いだ商人が僅かに行き来していた。

その峠越えの道を広げて、馬車が行き交えるように整備された街道が建設された。


商人達はここの地を中継として、隣国へと向かう。


華やかな商業貿易が始まった。


商人達によって多くの物がもたらされ、森の民の生活も変わった。

親父に言わせると、近代的になったそうだ。


領地は潤った。

街道沿いに貿易商の支店が建ち、旅行者のためのホテルやレストランが立ち並んだ。

ここは北部で一番栄えた土地になった。


しかし長くは続かなかった。

遅れること10年、港を整備してシュバルツ侯がヴァーサに向けて海路を開いた。



シュバルツ侯家は我が家とは昔から犬猿の仲だ。

うちのじいさんのじいさんが僻地に封ぜられたのは、実はこの侯爵家が暗躍したからではないかと囁かれていた。


陸路と海路の競合になった。

峠越えの陸路に比べ、船ならば大量の荷物を一度に運べる。


領地の繁栄にかげりが見え始めた。



3   森のくまさん



親父と首長は、バイパスを造ろうとしていた。


険しい山にトンネルを掘り、峠を越えなくてもヴァーサ王国に行ける道路を新しく建設する計画を立てていた。

今日はその打ち合わせに来たのだ。


「山に入った測量技師が殺されました。」

「信じられん。奴らはそこまで妨害するのか?」


「まったく、人の命を何だと思っているんだ。

このままでは、工事を始めたところで妨害されるのは目に見えている。」

「少し計画を変えなければいけませんなぁ。」


12歳になり、初めて話し合いに同席させてもらった俺は、

森の民の首長が帰った後、少し胸を撫で下ろしていた。


「アレックス、どうした?

おまえらしくない、緊張していたのか?」


「森の民の首長なんて言うからさ、うちの団長さんよりでっかい人が来るんじゃないかと思ってドキドキしてたんだ。」


「団長?

あいつは特別だ、あれは森の民と言うより

森のー くまさんだな。」


ははは


「森の民は狩猟生活が長いせいか、身体能力の高い者が多いんだが、ヨゼフは飛び抜けている。

だからうちの護衛騎士団長になってもらったんだ。」



4   森の民



少し前

森の民の集落


石造りの民家が並び、一見どこにでもある農村だが、村の中央には、大きな舞台と、祭壇がつくられていた。


森の精霊と交信するための儀式を執り行う神聖な場所だ。


家々の軒には、狩猟の民らしく、鞣した毛皮が吊るしてある。


首長の家はひときわ大きかった。

そこにベリンハム侯は、自らも馬を駆り訪れた。


「領主様だ。」


領主の一行に、村中が総出で出迎えという感じだが、若者の姿は少なかった。


「こういう問題も、考えなければな。」


「よくいらっしゃいました。

妻のキトラと、娘のリジィです。

2人共、巫女をしております。」


え?


領主はこの家族に違和感を感じた。


奥方は若かった。

自分の妻とたいして年が違わないのではないか。

おそらく20歳以上離れている。


それよりも娘だ。


全然違う、人種が異なるくらい違う。

深いゴールドの髪に、薄い緑色の瞳、

肌は今地下から出てきたばかりではないかと思うほど白かった。


全体的に褐色系の両親とは、似ても似つかない。


それぞれの家には、色々な事情があるのだろう。

家族としては何の問題もない。


娘は大好きな父に甘えるように寄り添い、夫人は使用人たちに指図しながら、自分もせっせと来客のもてなしをしていた。


「この度は迂回路の計画に同意していただいて、ありがとうございます。

まさか、森を切り開くのにこんなに快く承諾していただけるとは思いませんでした。」


「別に快くではない。」


領主ははっとした。


「森が切り開かれるのは、自分の身体が切られるのと同じ気分だ。

でも貴方がしていることは最善策だと思う。


時代には逆らえん。

それは分かっているのだが、何だか大切な物がどんどん減っていくような気がするんだ。」



首長は話題を変えるように、領主に向き直って尋ねた。


「うちの若い衆が、貴方のところで役に立ってますかな?」


「はいもちろん。彼らは皆とても優秀です。

騎士団の中心となりとても助かっています。

ねえ、団長。」


「はっ、有難きお言葉です。」


団長は大きな身体を硬直させた。



「さあ何もありませんが、宴席を設けました。

楽しんでいってください。

妻と娘に神楽を舞わせましょう。」



夕陽が沈みかかる、朱色の空を背景に、笛と太鼓に合わせて踊る2人は、神々しくさえあった。


黒い枝葉の間からは精霊たちの光がチラチラと煌めき、

森の木々はそれに応えるかのように穏やかに梢枝を揺らした。


森の精霊とシンクロして舞っている彼女たちは、何物にも代え難い、

絶対に守らなければならない存在なのだ。



「おい、団長、何泣いているんだ?」

「か、感動しています。」



「君はリジィさんだっけ、歳はいくつかな?」

「え? いくつ?」

「うん、私の家に12歳になる息子がいるんだが、同じくらいかなと思って。」

「えっと、同じ 12歳。」


「そうか、君はお父さんが大好きなんだね。」

「おさは、私の本当のお父さんじゃないよ。」


(やはりそうか)


「お母さんは?」

「お母さんは優しいよ、大好き!」


「これサンダル、私が編んだの、領主様の家の男の子にあげて、お土産にお菓子をもらったからお礼。」

「ありがとう、息子も喜ぶよ...うっ」


「どうしたの?」


「この頃ちょっと忙しくて、頭痛かな

大したことないよ。」


「頭痛? 頭貸して、こっち来て、」


少女が手をかざすと、手のひらからポウッと光が出た。

その途端、頭痛はウソのようにおさまった。



「助かった。不思議な光だね。」


「あっ、領主様は光が見える人?

あのね、お母さんは精霊たちと沢山お喋りできるけど、私はそれほどでもないの。

その代わり、光が出せるんだよ。


でもこの光が見える人は少ないの。

普通は何も見えないんだって、

だから領主様は特別な人!」 


「ははは、それは嬉しいな。」



領主の屋敷

書斎


「アレックス、これおまえにだそうだ。

森の民の首長の家にも、おまえと同じ年の娘さんがいてな、」


「へっ 可愛かった?」

「ああ、美人だぞ、それでー」


「おっ サンダルかぁ、民芸品だな、

かっけーや

おーピッタリじゃん!」


「乱暴にはくな!」


「親父サンキュー

俺、友達待たせてっから」


そう言うと、サンダルを突っ掛けたまま出て行ってしまった。



(あんなヤツに渡すんじゃなかった)

領主は頭を抱えた。



首長は意外と友好的だったな、

さてこれをいつ切り出そうか?


領主は机の引き出しから小さな箱をとりだした。



5  フリッツ



馬車の窓から見える景色は、もう右を見ても左を見てもトウモロコシ畑だ。


1年前までの僕は、コーンスープがトウモロコシからでき、そのトウモロコシが畑で獲れるとは考えてもいなかった。


「ここの畑のトウモロコシには、まだ実ができていませんね。」


国王である僕の父は、不思議そうに僕の顔を見た。



「のどかで、なかなか良いところだろう。

この地にはむかし天使が舞い降りたと言われているのだよ。」


「はあ」と答えたものの、視界を遮る緑一色の畑の景色も、

やたらに揺れる土の道も、僕にとっては不快でしかなかった。


ここに来る前に通り過ぎた市街地はりっぱだった。

広い石畳の道路の両側には、石造りの大きな建物が並んでいた。


「ベリンハム侯が治めるノースランドは、ヴァーサ王国との貿易で栄えていると聞いていましたが、

少しさびれているようですね。」


「勉強してるようだな、フリッツ

おまえも気付いたかい、

以前はもっと活気があったんだがな。」


10人以上の従者を伴なった王室の馬車は、2台がようやくすれ違える程の田舎道をガタガタと進んだ。



この国の第3王子である僕は、去年から

父の地方視察によく同行させてもらっていた。


訪れた先の待遇は何処も大体一緒だった。

父がそこの領主と話し合っている間

案内人が僕に領地の見学をさせてくれる。


その土地の名所を2、3か所まわった後

予定していた店でお茶とお菓子をいただき、

子供向けのプレゼントをもらう。


テンプレだな。


同年代の領主の息子などが同行する事もあるが、対応はお座なりだ。

どうせ王位継承には関係のない末っ子の僕に、関心を持っている者なんかいない。


1番上の兄とは16歳も年が離れ、もう成人しているから、あとは結婚さえすれば王家を継ぐのは決定している。


そのあと僕はどうなるのかな?


反対する母上を押し切って

国王があちこち僕を連れ回しているのは、僕の将来を考えた父親の優しさだった。


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