痴漢されていたところを助けたからって、コミュ障オタクの俺に美少女が告白するわけがない。
田中又雄
第1話 いつもの日常、大きな勇気
「ふひっ」と、スマホを見ながら地下鉄内でオタクらしく少し上擦った声を上げると、ぎゅうぎゅうだったはずの車内に少しだけスペースができる。
これは俺の秘儀、【隙間作り】である。
俺の見た目はボサボサの頭に、細目のフレームのメガネ、常に周りキョロキョロと見ながら、適当に独り言を呟く。
うん、やばいやつなのだ。
まぁ、周りからの目線などどうでもいいのだが。
登校と出勤時間が被る、この7時台はいつ乗っても混雑していた。
別に悪いことをしているわけでも、迷惑をかけているわけでもない。
俺はただ笑っただけなのだが、いつもこうして俺の周りには少しのスペースができる。
そうして、いつも通り偶然できた少しの余裕を楽しみつつ、周りに目をやると、隙間が空いたことで、とある様子が目に入った。
うちの女子のスカートに手を伸ばしている、スーツのおっさん後ろ姿。
おっさんの見た目は頭はバーコードのようになっており、スーツは少しシワができている。
年齢は...50くらいだろうか?
そんな歳になってもまだ性欲があること、痴漢とかいう卑怯で情けない方法でしか、もう構ってもらえないのかと少し呆れる。
風俗に行って痴漢プレイでもしてろよ、と思いながらも、昨日たまたまSNSで痴漢被害について泣きながら語っていたアイドルの動画を見ていたことがあり、少しだけ俺の中に正義感が生まれる。
というか、周りのやつ気づいていないのか?と見渡すと、全員が携帯を見ているか、ぼーっとしているかという感じだった。
気づいていても、学校や会社に置かれてまで、見知らぬ人を助ける人なんてこの時代いないものなのか。
きっとみんな同じ気持ちだ。
気づいていてもヒーローが現れるのを待つだけ。
自分からヒーローになろうとはしない。
もちろん、俺だってそんなものになるつもりはなかった。
けど、人生で一度くらい、こういうのに挑戦してみてもいいんじゃないかと思い始める。
どうせ、何もしなくても俺の評価は血の底なのだ。今更誰に何を思われてもいいじゃないか。
そうして、俺スマホでその様子を録画しはじめる。
ばっちりと捉えた後に、俺はハゲ親父のことを指差しながら、少し上擦った声でこう叫んだ。
「ちちちち、痴漢がいます!その禿頭のおっさんは、ち、痴漢してます!」というと、流石に無関心だった周りの人間も顔を上げて、おっさんを見る。
次の瞬間、おっさんは手を引っ込めて、何事もなかったかのようなそぶりを見せ始めるが、当然俺が見逃すはずもない。
「ご、ご、誤魔化してもダメだぞ!撮ってたんだから!な!」と、スマホを片手におっさんに近づく。
「な、何なんだお前は!変な言いがかりはやめろ!」と、反発し始めるおっさん。
「う、嘘ついてもダメだからな!え、駅員さんに言ってやる!」
「何だお前、気持ち悪いな!」
その言葉で状況は五分に戻ってしまった気がした。
やばいオタクが何か勘違いをしてやばいことを言い始めたのか、本当にあのおっさんが痴漢をしていたのか...。
全ては被害者である彼女に託された。
しかし、彼女は背を向けたまま無反応だった。
そのことで、立場はむしろ逆転し、いつも通り周りからやばいやつのレッテルを貼られる。
「ち、違うんだ!ほ、ほ、本当に!あいつは痴漢を!」というが、全員俺のことなんか信用してくれていないことがすぐにわかった。
見下し、嘲笑い、無関心で、冷たい目。
いつもそうだった。
どこに行っても、誰と出会っても、何をしていても、俺は浮いた。
まるで、俺だけが色違いで、俺だけが目立って、俺だけが残されたようなそんな感覚。
おっさんもその状況を察してか、少し鼻で笑ったような感じで、そそくさとその場を離れていく。
その瞬間、地下鉄の扉が開いた。
降りるのはまだ3つも先なのに、自分が居た堪れなくなって、情けなくて、恥ずかしくて、悔しくて、人の間をすり抜けて、無理やり降りてしまったのだ。
『ドアが閉まります』という、無慈悲なアナウンスの後、音を立てながら扉が閉まる。
そうして、あまり乗り降りをしない朝なのに人気の少ないホームで、足から崩れて土下座のようなポーズをとる。
俺の人生はいつだってこうだ。
何一つうまくいかなくて、何一ついいことなんてない。
社会の爪弾きで、不適合者。
だけど、不適合者だからと投げ出すことを社会はそれを許してくれなくて、適合しようとすると、また弾いて、バカにする。
だから、せめて正しくいようとしたのに、それすらも許されなかった。
悔しくないわけがなかった。
でも、打開策なんて分からなかった。
涙を流しながら、それでも俺は立ち上がり、なんとかベンチに腰掛けた。
もういっそ、ホームから落ちてやろうか?と思っていると、「...あの...」と声をかけられる。
見上げるとそこに居たのは、うちの学校に通っていれば誰でも知っているような、有名な美少女、
「...え?」
「さっきはありがとうございます...。助けてくれて...。怖くて声が出せなくて...ごめんなさい」と、彼女は俺にハンカチを渡しながら、悲しそうな顔をしながら俺にそう言った。
「...あっ、えっ...」
どうやら、助けたのは彼女だったらしい。
衝撃の事実に驚きながらも、いつも通りテンパりながら、「だだだだ、大丈夫です」と言い、その場を離れようとすると、手を握られる。
「待ってください!」
「な、な、な、何ですか!?」
「...好きな人とか...いますか?」と、彼女はそう俺に質問した。
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痴漢されていたところを助けたからって、コミュ障オタクの俺に美少女が告白するわけがない。 田中又雄 @tanakamatao01
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