第5話 ◇魔蟲と青年◇②
「おい、ちょっと待ってくれよ〜」
何もない砂漠の上空を、僕を先頭に飛んでいた。
最後尾のヒイラギが疲労を滲ませて声を上げる。
「だらしないわね。そんなんじゃいつ着くか分からないわ」
いつものようにヒイラギを詰めるサナ。
しかしそういうサナの額にも汗が滲み、声にはいつもの覇気がなかった。
「あの辺りで少し休もう」
大きな岩を指差して僕は二人に提案した。
あそこなら日光を遮って涼むことができるだろう。
サナは一瞬不満そうに顔を顰めたが、ヒイラギが喜んだので仕方ないという風に賛成した。
陰に入って岩に背を預け、持ってきていた水筒の水を飲む。
「遠いなぁ。あとどれくらいかかるんだ?」
「ここで半分くらいかな……」
「まだ半分!? 辿り着けるのかよ、これ」
「そんなの最初からわかってたことでしょ。今更弱音吐かないでよ」
まだ遺跡まで半分の道のりしか来ていないという事実にヒイラギは目を回す。
サナも強がってはいるが、相当疲れているはずだ。
普通であれば遺跡まで一人で行ける人の方が少ない。
いくら平均より身体能力の高いヒイラギとサナといえど、その道のりは厳しい。
ここまででまだ半分。それでこれほど疲れているということは、遺跡についたとしてまた帰ってくるには体力が残っていないということにもなる。
僕は出発した時から思っていたことを二人に伝える。
「……やっぱりやめた方がいいんじゃないかな。また街まで戻らないといけないんだし」
「そ、そうだよな! こんなこと良くないよな!」
おずおずと提案する僕に、ヒイラギは水を得た魚のように賛成の意を表するが。
しかしサナは。
「絶対いや! ここまで来てなんで諦めなきゃいけないのよ。アンタたちも悔しいから来たんでしょ?」
「いや、僕は二人を心配して……」
「私がアンタよりも劣ってるって言いたいわけ!?」
「そうじゃないけど……」
一層怒りを爆発させるサナに、僕はそれ以上何もいえなかった。
どうやら癇に障ってしまったようだ。
いつもより棘のあるサナだが、おそらく疲労でいつも以上に気が立っているのだろう。
そしてヒイラギもサナに言い返すだけの元気はない。
頑として意見を変えるつもりのない意思表示をするサナをどうにかできる人はここにはいなかった。
時折休憩を挟みながら砂漠を飛び抜け、遺跡までたどり着く。
遺跡が近づくほどに三人の会話は減っていったが、到着すると安心したのか、ヒイラギもサナもどこかほっとした様子で喋り出した。
「おぉー、ここが遺跡かぁ。写真で見たよりもずっと緑に覆われてるな」
「静かでいいところじゃない」
ヒイラギもサナも遺跡に来てよかったと言っているが、本心はその逆なのかも知れない。
遺跡に来るまでに日はだいぶ傾き、今日中に戻ることは不可能だろう。
僕ら子供たちは外泊を許可されていない。
もし帰った時には何かしらの罰が待っていることは間違いない。
そういった現実から目を背けるために目の前の遺跡に意識を集中させているのではと僕には見えた。
「大魔穴まではしばらく歩くの?」
「そうだね。十五分ちょっとくらいかな」
「やっぱりこの遺跡ってすごいでかかったんだな。こんな街一つ壊滅させちまうなんて、魔蟲も恐ろしいよなぁ」
「アンタまた辞めようなんて言い出さないわよね?」
「いやまさか、ここまで来てそれは言わねぇよ。ただ、すげぇなって思っただけで」
「まぁ確かにアンタのいうことも分からなくないわ。いくら私たちの技術が昔より進んでるとはいえ、この街にはすごい数の人が住んでいたんですもの」
観光するかのように街中を見回しながら歩いていく。
崩れた建物、繁茂した草木、わずかに差し込む光。
静謐な光景が僕らの気持ちを厳粛とさせた。
僕を先頭に歩き続け、しばらく。
視界が一気にひらけた。
「うぉ……これが大魔穴……」
「ふーん、思ってたより大きいわね」
街を飲み込んでしまったかのような大魔穴はいつもと変わらず大きな口を開けてそこに佇んでいた。
ヒイラギが何かに気づいたように、指を指して声を上げた。
「あれが
ヒイラギの示す方向には巨大な蟻型魔蟲の頭部がある。
この街を破壊した象徴。
「アレも写真で見るよりも圧倒的な迫力があるわね……」
「あんなのが来たら流石にひとたまりもないよなぁ……」
「弱気になってんじゃないわよ! 私たちならアレだって倒せるわよ」
「どうやって?」
「それは……頑張るのよ」
「何も考えないんじゃないか……」
「アンタが先頭きって足を叩き落としなさい」
「絶対囮にして犠牲になるやつだよな!?」
「まぁあんな伝説級の魔蟲なんてそうそう出ないわよ。実際あの一匹以外に目撃証言も何もないんだから」
「それフラグじゃないよな?」
「……本当にいたら全力で逃げるわよ」
「……それしかないよな」
言葉は弱気に見えるが、調子は戻ってきているようだ。
二人の様子に僕は少し安心する。
さて、とヒイラギが言って僕らは大魔穴の縁に立った。
大きく開けた口の、底の見えない真っ暗な闇を覗き込む。
「ここに飛び込めばいいのよね?」
「うん」
「なんか気味悪い穴だなぁ」
「抜けたらそこはもう魔蟲の巣だから、注意してね」
「分かってるわよ。お互いに声掛けして、危なくなったら一回戻るからね」
「よし、絶対に生きて帰るぞ……!」
「アンタのそれが一番フラグじゃない?」
「え、じゃあ今のなしーー」
「行くわよ!」
そしてサナは穴に頭から飛び込み、僕もそれに続く。
ヒイラギは戸惑い、ワンテンポ遅れて飛び込んだ。
僕らはぐんぐんと落下していき、その視界は闇に呑まれる。
最初こそ空気抵抗を感じて落下していると分かっていたが、次第にその感覚もなくなり上も下も分からなくなった。
落ちているのか、浮いているのか、分からなくなって頭が混乱しかけたその時。
「わぁ〜〜〜!!」
「抜けたっ……!?」
先ほどまでの闇は嘘だったというように、僕らの周りを淡い光が包み込む。
金属の柱、緑の草木。淡くも遠くまで見える光。
大魔穴を抜けて魔蟲の巣とされる場所に出たのだ。
「やばっ、落ちる……っ」
感覚が急速に戻り、一気に重力を感じる。
ヒイラギはバランスを崩しながらも、なんとか羽根を広げて空中に静止した。
「情けないわね。いちいち驚かないといけないわけ?」
なんとはないというように、サナは澄ました顔でヒイラギを小馬鹿にする。
不満気に顔を顰めるが、ヒイラギは挑発に乗らずに僕を見た。
「さすがトウマは落ち着いてるのな」
「まぁ、慣れてるし……」
「ちょっと、私だって動揺してないんだけど?」
「この程度で動揺してるようじゃトウマにはまだまだ及ばないな!」
「なにを〜!」
空中に身を浮かせたまま、ヒイラギとサナはいつものように取っ組み合いを一頻りしたところで。
改めて周囲を見渡した。
「ここが魔蟲の巣か……。思ったよりもなんていうか、怖くないな」
「そうね。自然もあるし、この光……一体どこから出てるのかしら」
「二人とも油断しないでね」
「分かってるわよ。だけど、魔蟲なんて見当たらないわね」
サナのいう通り、見える範囲に魔蟲の姿はない。
しかしヤツらは草木の陰に身を潜めたりして突然襲い来る。
いつだって僅かな音に警戒しておかなければならないのだ。
「巣っていうくらいだからもっとうじゃうじゃいるのかと思ってたよな」
拍子抜けだと、ヒイラギは頭の後ろに手を組んだ。
僕らは斜めに伸びた柱の一つに着地する。
「これじゃあ無駄足かもしれないわね」
「せっかくここまで来たのになー」
「こんなに何の様子もないなんて……」
残念そうに肩を落とす二人。
しかし僕はあまりにも静かな周囲に違和感を覚える。
普段であれば目に入る範囲にいるか、すぐにでも魔蟲がやってくるのだが。
「気合い入れてこんな上等なバトルアックス持ってきたのによー」
ヒイラギは背負った斧を柱に下ろして一息つく。
サナもカバンを物色し、使えそうな武器を装備し始めていた。
「こうなったら私たちの方から見つけにいこうかしらね」
「それもありかもな」
「……何か変だ」
「え?」
僕は背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
こちらから見つけに行くとか、そういうような場所ではないのだ。
ここは奴らの巣で、僕らは巣に飛び込んだ餌でしかない。
「二人とも、やっぱり引き返そう……」
「何言ってんのよ。アンタまで怖気付いたわけ?」
「おい、俺はまだ怖気付いてねぇよ!」
「違う、そうじゃない。何か変なんだよ……」
「さっきから何かって何なのよ」
「それは……」
「まぁトウマが心配になるのも分かるけどさ。ここまできたからにはもう後戻りできないんじゃね?」
二人を何とく説得しようと試みるが、どうにも言葉がまとまらない。
実際に何かを目撃したわけではない。いや、何も目撃していないからこそだと、どう伝えればいいのか。
なんとか分かってもらおうと頭を悩ませ、そして大魔穴を見上げた時。
視界に入ったのは天井を這う一匹の
「……っ! 避けて!」
「「っ!?」」
三人は一気にその場を三方に飛んだ。
先ほどまでいた場所に鉄の塊が落ちてくる。
「スパイダラスっ!」
「ようやくお出ましか!」
「違う! 戦っちゃダメだ!」
待ち侘びた魔蟲の登場に、サナとヒイラギは即座に戦闘態勢を取る。
僕の必死の呼びかけは、しかし耳には届かなかった。
咄嗟に上に飛び避けた僕と、柱から落ちながら避けた二人。
見下ろす僕と見上げる二人では見えているものが違いすぎた。
「スパイダラスを倒したら相当な勲章になるんじゃねぇか?」
「こいつは絶対逃さないわよ!」
スパイダラスに向かってまっすぐ飛ぶ二人。
僕は仕方なくスパイダラスの横を飛び抜け、二人の元へ飛んだ。
そして体当たりで二人を横から吹き飛ばした。
「ちょっと何するのよ……!」
「トウマ……っ!?」
「逃げろ!」
何が起きたか理解できない二人に僕は必死で叫ぶ。
瞬き数回の時間をおいて、二人はようやく理解した。
これが罠であったのだと。
「ぐっ、ううぅ……!」
「トウマっ!」
「早く、逃げろ……!」
「そう言ったって……」
僕の羽根は毒を掠め、一部が溶けていた。
スパイダラスの攻撃ではなく、アントスの攻撃によって。
天井のスパイダラスは囮で、それに気を取られた僕らを無数のアントスが地上から包囲していたのだ。
パッと見ただけで両手で数えられないほどの魔蟲が集まっている。
これを相手にすることはできない。
二人だけでも先に逃げられないかと思ったのだが、魔蟲の動きも早く、二人の逃げ道も塞がれている。
「これマジでヤバくね……?」
「弱気なこと言ってないで何か考えなさいよ…!」
「そんなこと言ったって武器も落としちまったし!」
痛みに耐えながら、僕は打開策を何とか考える。
しかし三人で無事に逃げられる方法はどうしても思いつかない。
僕は覚悟を決め、欠けた羽根を全力で羽ばたかせる。
「やばいやばいやばい!」
「ちょっとくっつかないでよ! 動きづらいでしょ!」
ジリジリと距離を詰められている二人は、もはや絶体絶命で。
もうダメだと二人が覚悟したとき。
僕は不安定ながらも高速で飛び回り、アントスの足に傷をつけていく。
そして僕に気を取られている隙に二人を包囲網から抜け出させた。
しかし怪我をした羽根には限界があったか。
僕は途中アントスからの反撃を受けてしまった。
「トウマ!」
「一旦逃げるわよ!」
「でもトウマが!」
「言われなくたって分かってるわよ! でもこの状況で私たちに何ができるっていうの!? 立て直すわよ!」
離れていく二人に安堵しながら、僕は動かない羽根で体を包んで落下の衝撃に備えた。体も思うように動かせない。
森の中に体が落ちていき、ガサガサと枝葉を折っていった。
森はとても深かったようで、僕の体を受け止めてくれたようだった。
とはいえ体はうまく動かない。僕はしばし気を失った。
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