第2話 ◇教会都市――セイントグレイス◇
果ての見えない砂漠に囲まれた都市ーーセイントグレイス。
中心に城のような教会を構え、そこから放射状に街が広がっている。
教会の高さは数百メートルにも及び、街のどこからでもその姿を見ることができた。
街にはゴシック建築が建ち並び、中心に近づくほどに装飾も豪奢に、建物も高くなっていく。
さらに地面も教会を頂点としてなだらかな傾斜となっているため、街全体が小さな山のような形をしていた。
山に根を張る植物のように広がった街には人口およそ二十万人が暮らしており、日々活気ある市場が至る所で開かれている。
そしてそれらの中心の教会には教皇をはじめとする聖職者とともに子どもたちが住んでおり、聖域と呼ばれていた。
「ーー私たちは神によって選ばれたのだ。その証拠が君たちのような子供の背中にある羽根だ。それは天使の羽根であり、神からの寵愛の形である。しかし愛されているからと堕落に耽ってはならない。なぜか、分かる人はいるか?」
教壇に立つ先生が板書する手を止めてこちらに向き直った。
今は人類学の時間。僕たち人類がどうあって、これからどうあるべきかを学ぶ時間だ。
先生は教室を見回すように視線を動かした。
生徒たちの座る席は後ろに行くほど段々に高くなっていて、全ての席から教壇が見えるように、教壇からも全ての席が見える。
だから当然寝ていると先生の注目を集めることになる。
「ではヒイラギ、答えなさい」
鼻風船を作りながら机に突っ伏していたヒイラギが当てられ、教室中の視線が集まる。
席はチームごとに決まっており、ヒイラギが見られると僕も見られているような気になって居心地が悪い。
僕は少し視線を下げた。
「おい、ヒイラギ……。起きろ、また怒られるぞ」
「……んぁ?」
体を揺すりながらマコトが小声で呼びかける。
ヒイラギは眠そうに顔を上げ、半目で周りを見回した。
「ヒイラギ! 答えられるか」
「は、はいっ!」
先生が今一度大きな声で問う。
寝ぼけていたヒイラギに、しかと耳に入ったか。ピンと背筋を伸ばして席を立ち上がった。
「えーと……」
慌てて目を回すヒイラギに、助け舟を出したのはサナだった。
何かメモ書きを見せている。
「リンゴが美味しそうだったからです!」
「お前は何を言っているんだ……。いくら討伐数が多くても勉強ができないんじゃ先生にはなれないぞ」
しゅんと落ち込んで座るヒイラギに、サナはイタズラが成功したと面白そうに笑っていた。
「それでは他にわかる者」
「ハイッ!」
待ってましたと言わんばかりの勢いで手を上げるサナを、ヒイラギは恨めしそうに横目で見ていた。
「ではサナ、答えてみなさい」
「はい。大人になると羽根を失ってしまうからです。それは神の加護を離れることでもあります。従って私たちは子供のうちに神の愛に報い、大人になってもその恩恵を得られるよう努めなければなりません」
「その通りだ」
先生に褒められ、サナは得意げにこちらをみた。
ヒイラギは悔しそうにサナを見上げ、マコトはやはり二人を仲裁するような動きを見せていた。
僕はといえば、ようやくみんなの視線が教壇へと戻り、一安心していた。
「大人になると君たちは羽根を失う。だが子供のうちに神の愛に報いる、つまりしっかりと学び、また、魔蟲を倒すことで、大人になってからも神の恩恵にあやかることができる。具体的には、優秀な成績を収めた者は私のような先生になり、聖域に住むことができる。次点で優秀だったものは管理者となり、聖域に立ち入ることを許可される。それ以降は成績に応じて教会に近い場所に住むことができるのだ。大人になった時に可能な限り教会の近くに居られるよう、君たちは今努力せねばならない」
小さい頃から何度も聞かされてきた話だ。
勉強はともかく、魔蟲は羽根を持つ子供にしか出来ない。
大人では近づくことさえ難しいのだ。
それでいて魔蟲の素材は街にとって必要不可欠。
武器になるのはもちろん、建物やさまざまな器具に使われている。
それを大人になってから優先的に回してもらえるかも、今にかかっているのだという。
大人になってからのことを考え、子供たちは命を賭して戦っているのだ。
「ま、俺たちは絶対先生になれるな」
ヒイラギが僕たちだけに聞こえるように小声で笑った。
「ヒイラギは勉強ちゃんとしないと管理者止まりだよ」
「アンタが先生じゃ次の子供達が可哀想じゃない?」
「ひどい言いようだなお前ら!」
「うるさいぞヒイラギ!」
「すみません!!」
マコトとサナの言葉に泣きそうになったヒイラギは、大きな声を出してまた先生に怒られた。
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