第1話 ◇少年と魔蟲◇
地鳴りのような音が遠くから聞こえてくる。
「魔蟲が出たぞ!」
誰かがそう叫んだ。
直後、建物全体に届く音でけたたましく警報が鳴った。
「キタキタキタキタァーーーー!!!」
昂る気持ちを隠そうともせずヒイラギは立ち上がった。
目を輝かせて歯を剥き出すように笑う。
ツンツンとした髪も相まってまるで獣のようだ。
「ヒイラギは相変わらずの戦闘狂だね」
「冷静ぶってるけどお前だってうれしいんだろ、マコト」
「ま、そうなんだけどね」
眼鏡の位置を確認するようにクイっと上げてマコトは口角を上げる。
ヒイラギとは対照的に切り揃えられた髪や落ち着いた雰囲気を纏ったマコトだが、実際はヒイラギに次ぐ戦闘好きだ。
頭も良く、僕らのブレーンを担当しているが、たまに興が乗りすぎて一番先頭で戦っていることもある。
「今日こそは私がとどめを刺すわ!」
戦闘狂の二人に負けず劣らずの気合いを見せるのはサナ。
ヒイラギよりも背が高くマコトよりも低い。少し痩せ気味だがスラリとスタイルも良く、ツインテールがよく似合う。
「はっ! 今日も俺が一番活躍して見せるぜ」
「あんたはいつも一人で突っ走って危ない目に遭ってるでしょうが。今回は助けて〜って泣きつかないでよね」
「お前のフォローが遅いんだろうが!」
「二人とも僕の作戦に従って欲しいんだけど?」
下から睨み上げるヒイラギに、サナはバカにしたように見下ろす。
ヒートアップしていく二人をマコトがさらに外から留めるというのがいつものやり取りだ。
そこにまた一人やってくる。
彼は僕らのチームではない。
僕ら子供たちで組成された
「お前ら、準備できてるか? 出撃するぞ!」
「おうよ!」
「滾ってくるわね!」
彼に連れられて僕らは出現した魔蟲の元へ行き、退治する。
三人は特に思うところはないようだが、僕は彼が嫌いだ。
一人だけ沈んだ気持ちで椅子に座っていると、マコトが声をかけてくる。
「大丈夫か、トウマ?」
「またかよトウマ。お前は考えすぎなんだよ。もっと自信もとうぜ!」
「もうほっといて早く行きましょ。そうこうしている間に他のチームに先をこされちゃう」
「無理そうだったら車の中で休んでていいからな」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ。いこう」
ヒイラギもマコトもーーサナはあまり気にかけてなさそうだがーー心配してくれる。
僕はゆっくりと立ち上がって、大人に連れられていく三人について行った。
「そっちくるぞ!」
マコトの掛け声にヒイラギは羽根を羽ばたかせて急旋回する。
その背中を掠めるようにして魔蟲の攻撃が宙を切った。
「あっぶねー……。助かったぜ、マコト」
「気をつけなよ。僕がいなかったら間違いなく死んでたね」
二人は並んで飛んで、下に這う魔蟲を注視する。
砂漠の黄色い砂の上に、目立つ一つの巨大な金属の塊。太陽光を黒く反射している。
今回出現した魔蟲は
その大きさは脚の太さだけで人間よりも太く、全長は15m程に達する。
もう一つよく出現する
魔蟲のもつ、金属でできた体表は、並の武器では傷つけることすらできない。魔蟲から取れた金属を鍛え直して武器とすることでようやく対抗できる手段となる。
それ故、基本的に武器は近接だけとなってしまう。
ヒイラギとマコトが持っている武器も斧と槍だ。
それで魔蟲の脚などを落として行動不能にし、とどめを刺すのが主な流れとなっている。
「今回のやつは結構しぶといな」
「まず近づけさせねぇように動いてやがる」
いつも通りヒイラギが尖兵として魔蟲の脚を狙ったのだが、魔蟲は飛び退ったり大薙の攻撃をすることで脚を狙わせない動きをしていた。
「どうするか……」
マコトが悩んでいると、アントスが動きを見せる。
体をくの字に曲げる。ギギギと金属の擦れる音がアントスから聞こえてくる。
「まずい、毒が来るぞ! 避けろ!」
マコトは目を見開いて、警告と同時にヒイラギを蹴り飛ばして左右に飛び避ける。
ヒイラギはバランスを崩しながらも姿勢を取り直し魔蟲の次に備えようとするが。
「ぐ、あぁああ!」
マコトは苦しそうに呻き声を上げた。
「マコト!?」
ばっと振り向いてヒイラギがマコトに目を向ける。
マコトの背の羽根の片方が一部溶けていた。
アントスの毒がかかってしまったのだろう、羽根はどろりと爛れて地面に向かって雫が落ちていく。
「大丈夫だ……! まだ飛べる」
「でも!」
「ヒイラギ! ここで俺たちがこの魔蟲を止めないと街に被害が出る! 絶対に止めるんだよ!!」
「……っ、そうだな!」
しかしマコトもヒイラギも上手くアントスに近づけない。そしてマコトは怪我を負ってしまった。
悔しそうに顔を歪ませるヒイラギだが、そこに一つの声が届く。
「あんたらいつまでチンタラやってんの! ダメならこうするしかないじゃない!」
岩陰に隠れていたサナが飛び出して叫んだ。
羽根を全力で羽ばたかせ、全速力でアントスの頭付近まで飛ぶ。
そして手に持っていた網を大きく広げ、アントスを捕縛する。
「サナ、無茶だ!」
マコトがサナを止める。
本来であれば脚を落としてから、完全に動きを止めるための網。
脚を落としていない今の状態ではむしろ引き込まれてしまいかねない危険な状態だ。
案の定、アントスは網を振り払おうと暴れる。
サナは網を離さないよう手に力を込めるが振り回されてしまう。
「あんたたちも手伝いなさい!!」
サナは必死に声を上げ、ヒイラギとマコトは急いでサナの元へ行き、一緒になって網を引いた。
いくら三人でもアントスの動きを封じることはできない。
それでもいくらか動きを鈍らせることは出来ているようだ。
しかしそれも時間の問題。
三人ともが全力で引いてかろうじてなのだ。
このままでは何の意味もなく、ただアントスが解放されてしまう。
サナは再び叫ぶ。
「トウマ!! さっさとしなさい、あんたしかいないのよ!!!」
僕は砂の上を走る車から遠目にマコトとヒイラギ、サナがアントスと戦っているところを見ていた。
「なんか苦戦してるみてぇだな」
車を運転しながら様子を見ていたチーム管理者が言った。
車はアントスの攻撃に巻き込まれない距離を維持しながら、様子を伺うようにぐるぐるとアントスの周りを回っている。
僕は彼の言葉を無視する。
アントスから攻撃が繰り出されるたびに胸をハラハラさせながら、早くなる呼吸を必死で押さえつけた。
マコトが毒を喰らってしまった時は思わず吐いた。
「おい、大丈夫かよ」
管理者は後ろを向いて僕に声をかけたが、僕は吐くのに必死だったし、返事はしなかった。
涙目になりながらも、それでも戦いから目を逸らすことはしなかった。
じっとアントスの様子を見ていた。
その時、サナの声が聞こえた。
実際には遠くて聞こえてなんていないはずだったが、それでも僕にははっきりとサナが呼ぶ声が聞こえた。
体が震えるのが分かる。
全身が恐怖でうまく動かない。
「すぅ〜〜…………、はっ、ぁあはあああああ……」
深呼吸をして、それでも震えているがなんとか体の自由を取り戻す。
左手で座席の上に放ってあった武器の中から適当に手に取る。
手にしたのは大きめのサバイバルナイフ風の武器。
両手でしっかりと握りしめ、目を閉じてもう一度深呼吸した。
「ん、どうした?」
そんな僕の様子に管理者は不思議そうに問いかけてきたが。
それも無視して僕は車のドアを開ける。
「お、おい! なんなんだよ!」
開けたドアから風と砂が吹き込んでくる。
顔を打つ砂が体の感覚を取り戻す手助けをしてくれた。
そしてーー僕は車から身を投げた。
「はぁ……、行くならそう言ってくれよ……」
車はドアを開けたまままっすぐ走り続けた。
飛び降りて僕は羽根を広げる。
地面に落ちる前に羽根を打って空へと舞い上がる。
一気に高度数百メートルまで駆け上がり、突然減速することで一瞬の空中静止をする。
地面を見下ろせばアントスが視界に入る。ひどく暴れていて砂埃が大きく舞っていた。
体が徐々に重力によって落ちていく。
頭が下を向いていき、体がちょうどアントスの方に倒れた時、羽根を強く打った。
まっすぐアントスを見据え、ナイフを前に構える。
どんどん加速していき、風切り音さえも置いていき聞こえなくなる。
僕自身がまるで一つの弾丸のように感じるほど。
最高速でアントスの距離を縮め。
そして急に視界は開ける。
僕はスピードを落とし、ゆっくりと羽ばたいてその場に静止した。
目の前には広大な砂漠がどこまでも続いている。
その先にポツンと遺跡が見える。
それは砂漠という海に浮かぶ難破船のようだった。
「こんの、止まれ……!」
「もう限界、離したほうがいいんじゃね!?」
「うっさい! いいからもっと力込めろ!」
「だからその力がないっていってんだろぉおおお!」
「こんな…状況でも喧嘩できるんだな……!」
サナとヒイラギとマコトは羽根を全力で羽ばたかせて網を引っ張っていた。
マコトは怪我の影響もあって既に話すこともしんどいほどだった。
網を握る三人の手は擦れて血が滲んでいる。
互いを焚き付けながら必死で堪える三人は、突然先程まで眩しいほどに照りつけていた太陽の光がなくなって上を見上げる。
太陽は昇っていることは間違いない。
しかし太陽と自分たちの間に、その光を遮るものがあった。
羽根を広げて空を飛んでいるトウマだ。
四人の中で誰よりも大きな羽根を持つトウマのその姿は、まるで天から舞い降りてきた天使のようだった。
「ほら、来たわよ……!」
「あと少しぃぃぃ!!」
トウマが身を翻すとキラリと太陽が光る。
三人は最後の力を振り絞ってアントスの動きを抑えた。
キーンという空気を切る音が聞こえてくる。
そして急に網から伝わる抵抗が消え、三人は後ろへとバランスを崩した。
「おわっとと…」
「やったみたいだね」
「ふん、遅いのよ」
互いを支えて姿勢を整えてアントスを見る。
網の中のアントスは動かなくなっており、その頭に一つ大きな穴ができていた。
砂の上に横たわるアントスを捉える網を手から離して三人は振り返る。
トウマが静かに遠くを見据えていた。
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