断章 Pain Memory

第17話 痛みの記憶

 五年前の、よく晴れた蒼穹そらの美しい日だった。

 お姉ちゃんの徴兵通知が届いたのは。

 通知と同時に、濃緑こみどりの軍服と大尉の階級章と。そして、薄雪草エーデルヴァイスをあしらった部隊章が一緒くたに入った紙袋も送り付けられていた。

 今でも覚えている。通知書を一緒に読んだ時に覚えた、あの絶望感を。

 出発は、通知の届いた時からわずか数時間後。拒否権は、あるはずもなかった。



「いかないで! 私を、一人にしないで!?」



 軍服に着替え終わったお姉ちゃんを見て、耐えきれずに泣き喚いたのを覚えている。駄々をこねるように泣き喚いて、引き止めるようにお姉ちゃんを抱きしめて。

 そんなリーナを、お姉ちゃんは咎めたりも慰めたりもしなかった。

 何も言わずに、ただ、優しく頭を撫でてくれた。

 リーナの心が少し落ち着いた時、お姉ちゃんは優しい声で、いつもよりもずっと優しい笑顔で、そう言った。


「大丈夫。お姉ちゃんは、絶対にあなたのもとに帰るから」


 ほんと? と、泣き腫らした目と喉で訊ねるのに、お姉ちゃんはいつもの快活な表情でこくりと頷く。


「さっさとあのふざけた門を壊して、帰ってくるよ。それに」


 かがんで、リーナに目線を合わせて。もう一度頭を撫でながら、お姉ちゃんはいつもの調子で言う。


「民草を一人でも多く守るのが、ヴァールス王国の第一王女たるお姉ちゃんの使命だ。……だから。リーナも士官学校、頑張って」


 こくりと、頷きながらも不安ばかりが募るリーナを、お姉ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれた。心地のいい暖かみと柔らかさの中で、リーナはそれをきいた。


「リーナは、一人じゃない。それを忘れないで」





 予科士官学校を通常三年のところの二年で修了し、陸軍士官学校へと進学して、二年が経った時のことだった。

 憲兵が送り付けて来た戦死通知書は唐突に、そしてとても淡白なものだった。

 結局。帰ってきたのは、たった一枚の紙切れだけだった。


 ――帰ってくるって、いったのに。


 一日中泣いて、泣いて泣いて泣きまくって。

 残った絶望感と虚無感の中で、リーナの胸中にはただ一つの言葉が突き刺さっていた。

 『王族たるもの、民草を守るのが使命であり、存在意義である』 

 王家の標語スローガン。それだけが、お姉ちゃんと私を繋ぎ留めている唯一のものだった。

 姉が果たせなかった使命は、妹の私が果たす。それが、遺された家族としての責任で、義務だから。




 その年は今まで以上に勉強を詰め込んで、訓練も並行して行って。

 翌年四月。リーナは士官学校の全教育課程を終えて、ぶっちぎりの成績で首席卒業した。

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