第16話 消えない悪夢
どこまでも続く満天の星空の下で、レンは
北方地方にルーツを持つ青髪の少年――カズキに、彼の肩に頭を落として眠りこけているのは、
その様子を、この辺りでは珍しい緑髪をサイドテールに結んだフィーユが暖かい視線で見守っている。
隣へと目を向けると、そこには白銀の髪を肩で切り揃えた少女がいた。
――そこには、隊長の
こちらを見つめて来る真紅の瞳に、レンは切羽詰まったように口を開く。
「ひ、ひめさ、」
『なんで、
「っ……!?」
無機質な微笑みで放たれた刃物のような言葉に、レンは喉を詰まらせる。
気がついた時には、カズキとツバキはそこからいなくなっていた。
――二人は、〈
「違う!」
「二人がいなくなったのは、俺のせいじゃない。みんな必死で戦って、それでも戦死者が出た。それだけだ!」
〈
『なんで、
今度は、フィーユがいなくなった。
――彼女は、〈
けれど。
「違う!」
語気を強めて、レンは断固とした口調で言い放つ。
「フィーユは、あの時点でもう助からなかった! 俺たちを生かすために、彼女は
〈
三人とも、俺が見殺しにしたわけじゃない。必死で戦って、それでも犠牲が出た。たったそれだけのことなのだ。
無機質な微笑みを微塵も動かさずに、姫様は言い放つ。
『どうして、
心臓の鼓動が、止まったような気がした。
意識が漂白され、視界が明滅する。
意識が戻ってくる頃には、レンの視界は忌まわしき景色に変貌していた。
原罪の深紅の空と、穢れなき純白の大地。地平線で分かたれた下方には、漆黒の闇がどこまでも広がっている。
そして。その中で、レンは見る。
無惨に朽ち果てた、
「ひめさっ…………!?」
自分の声で、目が覚めた。
呼吸が浅い。心臓の鼓動は早くて、全身が冷や汗でびしょ濡れになっていた。
深呼吸を何度か繰り返して、レンは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「あれは……、夢だ」
そう。夢。己のトラウマが作り出しただけの幻想だ。そんな事は誰も思っちゃいない。俺の弱い心が、自分を責め立てているだけだ。存在しない、虚構でしかない。
呼吸と意識が落ち着いたところで、レンは胸中でぽつりと呟く。
……もう、一年も経つのに。まだ、俺は引きずっているのか。
一年前と比べて、頻度は一ヶ月に三、四回にまで下がってきている。けれど。それでもまだ、この悪夢から解放される気配はない。
「……そりゃあ、そうだよな」
自分の思考に、レンは自嘲混じりの笑みをもらす。
当たり前だ。俺はあの時、確かに
原罪と浄化の世界に、
だから。これは、その罰だ。己の命惜しさに
はぁ、と大きなため息をついて。レンは水を取りに行こうと部屋を出る。廊下は、
「……まだやってんのか」
今日は祝勝会に連れ出していたから仕方ないとはいえ。こんな深夜にまで仕事をするのはやりすぎだ。明日は休暇だからといって無茶をするのは、身体を壊すもとにしかならない。
開きかけていたドアを開け、執務室へと踏み入る。
声をかけようとして、そこでレンは踏みとどまった。
「……なんだ。寝てたのか」
そこには、執務机に突っ伏して無防備な顔をさらけ出しているリーナの姿があった。
彼女の顔の下にはいくつもの戦闘データと、何かを書き連ねているらしいノートが見える。どうやら、戦闘分析の最中に寝落ちしてしまったらしい。
起こしてベッドに促すことも考えたが、ここで起こしたらどうせまた戦闘分析を再開するだろう。そう判断して、レンはベッドから毛布をとる。
突っ伏すリーナの肩に毛布をかけて、静かに立ち去ろうとした時だった。
「お、ねえ……ちゃん……」
哀しげに呻く寝言に、レンは思わず立ち止まる。
口の中に苦いものが広がっていくのを感じながら、今度こそ執務室を出た。
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