第16話 消えない悪夢


 どこまでも続く満天の星空の下で、レンはの仲間たちと焚き火を囲んでいた。

 北方地方にルーツを持つ青髪の少年――カズキに、彼の肩に頭を落として眠りこけているのは、濡羽ぬれは色の長髪が綺麗な女の子のツバキ。

 その様子を、この辺りでは珍しい緑髪をサイドテールに結んだフィーユが暖かい視線で見守っている。

 隣へと目を向けると、そこには白銀の髪を肩で切り揃えた少女がいた。

 ――そこには、隊長の姫様エルゼがいた。

 こちらを見つめて来る真紅の瞳に、レンは切羽詰まったように口を開く。


「ひ、ひめさ、」 

『なんで、を見殺しにしたの?』

「っ……!?」


 無機質な微笑みで放たれた刃物のような言葉に、レンは喉を詰まらせる。

 気がついた時には、カズキとツバキはそこからいなくなっていた。

 ――二人は、〈王冠ケテル〉との戦いの中で浄化の祝福をもろに受けて、いなくなった。


「違う!」


 姫様エルゼの真紅の双眸を見据えて、レンは確固たる意思をもって言う。


「二人がいなくなったのは、俺のせいじゃない。みんな必死で戦って、それでも戦死者が出た。それだけだ!」


 〈奈落の門タルタロス・ゲート〉には、それを中心として一一個の紋章による維持術式が展開されている。紋章と、それを守護するものを撃破するのが、第一特戦隊――〈救世主サルヴァトーレ〉の役目だった。


『なんで、を見殺しにしたの?』


 今度は、フィーユがいなくなった。

 ――彼女は、〈王国マルクト〉との戦いで刺し違える形で戦死した。

 けれど。


「違う!」


 語気を強めて、レンは断固とした口調で言い放つ。


「フィーユは、あの時点でもう助からなかった! 俺たちを生かすために、彼女は生命いのちを最大限に使ってくれただけだ!」


 〈王冠ケテル〉と〈王国マルクト〉には、特に強力な守護者が待ち構えていて。三人は、激戦の中で犠牲となった。

 三人とも、俺が見殺しにしたわけじゃない。必死で戦って、それでも犠牲が出た。たったそれだけのことなのだ。

 無機質な微笑みを微塵も動かさずに、姫様は言い放つ。


『どうして、を見殺しにしたの?』


 心臓の鼓動が、止まったような気がした。

 意識が漂白され、視界が明滅する。

 意識が戻ってくる頃には、レンの視界は忌まわしき景色に変貌していた。

 原罪の深紅の空と、穢れなき純白の大地。地平線で分かたれた下方には、漆黒の闇がどこまでも広がっている。

 そして。その中で、レンは見る。

 無惨に朽ち果てた、姫様エルゼの姿を。




「ひめさっ…………!?」


 自分の声で、目が覚めた。

 呼吸が浅い。心臓の鼓動は早くて、全身が冷や汗でびしょ濡れになっていた。

 深呼吸を何度か繰り返して、レンは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「あれは……、夢だ」 


 そう。夢。己のトラウマが作り出しただけの幻想だ。そんな事は誰も思っちゃいない。俺の弱い心が、自分を責め立てているだけだ。存在しない、虚構でしかない。

 呼吸と意識が落ち着いたところで、レンは胸中でぽつりと呟く。


 ……もう、一年も経つのに。まだ、俺は引きずっているのか。


 一年前と比べて、頻度は一ヶ月に三、四回にまで下がってきている。けれど。それでもまだ、この悪夢から解放される気配はない。


「……そりゃあ、そうだよな」


 自分の思考に、レンは自嘲混じりの笑みをもらす。

 当たり前だ。俺はあの時、確かに姫様エルゼを見殺しにしたのだから。

 原罪と浄化の世界に、姫様エルゼを一人見捨てて逃げ帰った。それは変えられない過去で、揺るぎようのない事実だ。

 だから。これは、その罰だ。己の命惜しさに大切な人あるじを見捨てた報いだ。


 はぁ、と大きなため息をついて。レンは水を取りに行こうと部屋を出る。廊下は、灯火とうか管制の影響で最低限の照明しかついていなくて薄暗い。階段の反対側、最奥の執務室から光がもれているのに気付いて、レンは目をしばたたかせる。


「……まだやってんのか」


 今日は祝勝会に連れ出していたから仕方ないとはいえ。こんな深夜にまで仕事をするのはやりすぎだ。明日は休暇だからといって無茶をするのは、身体を壊すもとにしかならない。

 開きかけていたドアを開け、執務室へと踏み入る。

 声をかけようとして、そこでレンは踏みとどまった。


「……なんだ。寝てたのか」


 そこには、執務机に突っ伏して無防備な顔をさらけ出しているリーナの姿があった。

 彼女の顔の下にはいくつもの戦闘データと、何かを書き連ねているらしいノートが見える。どうやら、戦闘分析の最中に寝落ちしてしまったらしい。

 起こしてベッドに促すことも考えたが、ここで起こしたらどうせまた戦闘分析を再開するだろう。そう判断して、レンはベッドから毛布をとる。

 突っ伏すリーナの肩に毛布をかけて、静かに立ち去ろうとした時だった。


「お、ねえ……ちゃん……」


 哀しげに呻く寝言に、レンは思わず立ち止まる。

 口の中に苦いものが広がっていくのを感じながら、今度こそ執務室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る