第12話 過去と今

 どうせ明日は休暇だからと、深夜まで戦闘分析をしている時だった。

 こんこん、と執務室のドアをノックする音が聞こえて、リーナは誰だろうと思いつつも言葉を返す。


「どうぞ」


 思考を一旦止めて、入ってくる人物に目を向ける。いたのは、レンだった。


「……どうしましたか?」


 驚きを胸に秘めつつも、リーナは平静を装って笑顔で対応する。対して、レンは視線を彷徨さまよわせながらしどろもどろに言葉を紡いでいく。


「えっと……、その。さっきは悪かったっていうか、なんて言うか……」


 しばし、声が途切れて。一転、レンは真剣な表情で鮮やかな朱色あかいろの瞳を真っ直ぐに向けてくる。

 次の瞬間、レンは頭を下げてきた。


「さっきはめちゃくちゃなこと言って、ほんと、すみませんでした」


 突然のことに、リーナは一瞬なんのことか分からずに目をしばたたかせる。

 直後、数時間前のことなのだと気付いて、リーナは無意識に困ったような笑みをこぼした。

 別に、あの時のレンの主張自体はそこまで間違ったものではないのだ。少し行き過ぎだったというだけで、彼が謝罪をするようなことでもない。

 第一。先程のことについては、私はそこまで気にはしていないのだけれど。

 ただ。それはそれとして。リーナには一つ、気にかかることがあった。

 笑顔はそのままに、努めて優しい声音をつくってリーナは問う。


「……何故、あんなに司令長官を嫌うのか。伺ってもよろしいでしょか?」


 少し激情家の面があるとはいえ、この一ヶ月間、レンは理屈の通ったことでしか怒ったことはなかった。それも、仲間の生死に関わるようなことで、だ。

 そんな彼が、あそこまでの嫌悪をあらわにしてなりふり構わず喚くとは、正直思わなかった。

 レンはしばらくの間押し黙って。ふと、意を決したように口を開いた。


「……俺、一年前までは特戦隊に所属してたんです」


 絞り出すような、とても小さくて儚い声だった。


「さっきの話で昔のこと思い出しちゃって。それで、頭ん中カッとなって…………」

「……まぁ、そんなことだろうとは思っていましたよ」


 予想外の対応だったらしい、レンは目を丸くする。


「……驚かないんですか?」

「この一ヶ月間で、貴方の戦闘能力はおおかた把握しています。貴方より強い人がもっとたくさんいるのなら、共和国はこんなに苦戦していませんよ」

「……」 

「それに。第一特戦隊がいつ全滅したのかは、私も知っています。貴方の名前と、部隊の全滅時期と、黒塗りの部隊名と。この三つを考えれば、言われずとも貴方の前の所属部隊は察することが可能です」

「……あんたのその洞察力はなんなんですか」


 半眼で呆れたように呻くのに、リーナは苦笑する。


「士官学校では色々とありましたので。三年の間に随分と鍛えられましたよ」

「ああ。そういうことですか」

「というか。他のみなさんも、先程のことでおおかた分かってしまっているんじゃないでしょうか。貴方らしくありませんでしたし」

「……」


 あ、目を逸らした。

 不貞腐ふてくされたような険しい表情に、リーナは肩を竦めて苦笑する。軍人の経験こそ彼の方が圧倒的に上とはいえ、こういうところはやはり自分たちと同じ一六歳なんだなとリーナは思う。決して、自分たちと隔絶したような存在ではないのだ。

 目を細めてそっぽを向く姿は、彼の可愛らしい顔も相まってどこか愛おしさを感じさせる雰囲気を醸し出していて。お姉ちゃんもこの姿にやられたのかな。と、ふと思った。


「……まぁ、でも。貴方だけでも無事で良かったですね」

「え?」


 驚愕にちらりと覗き込んで来るのに、リーナは笑う。本心からの感謝を込めて。


「貴方が生き残ったお陰で、私達は今もこうして生きて戦えているんです。本当に、貴方が生きて、私達のもとに来てくれてよかった」

「…………そう、ですか」


 あ、今度は照れてる。


「ふふっ……。……くふ、んふふ……っ!」


 再びそっぽを向いたレンの耳が真っ赤なのがおかしくて、リーナはいよいよ耐えきれずに声を出して笑ってしまった。入ってきた時の神妙な表情はどこへやら、今度はコロコロと表情が変わるのだから面白い。 


「お、おれが言いたかったのはそれだけなんで! その、失礼しました!」

「あ、では、もう一つだけ伺ってもよろしいでしょうか」


 足早に部屋を出ていこうとする背中に、リーナは問いかける。


「お姉ちゃんは、楽にいけたのでしょうか?」


 それだけが、心残りだった。

 お姉ちゃんエルゼは、私や紅瞳種ルファリアのために命を懸けて戦ってくれた。力を尽くしてくれた。だから。最期ぐらいは、苦しまずにっていて欲しかった。

 しばし、レンは沈黙して。明るい声が帰ってきた。


「……ああ。苦しまずに、いけたと思う」

「そうですか。……なら、よかった」


 彼の言葉に、リーナは安堵の表情で緩く瞑目して。笑顔でレンを見送る。


「では。おやすみなさい、ブローディア中尉」

「……」


 無言で去っていくレンの表情は、なにも見えなかった。





「……くそ」


 執務室を出た、薄暗い廊下で。レンは苦渋に顔を歪めて吐き捨てるように呟いた。

 両拳を堅く握り締めて、胸中でレンは呻く。

 だって。言えるわけがないじゃないか。

 俺は、第一特戦隊の唯一の生き残りで。だけど。

 それは、俺が姫様エルゼを原罪と浄化の世界に見捨てたからで。

 だから、リーナの姉エルゼの最期の姿なんてものは知らないだなんてことは、言えるわけがないじゃないか。

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