第三章 踏み出す勇気
第10話 責務
第二特戦隊が初陣を飾った日から、
今日の戦場は第四戦区。北西戦線の陣地帯を擁するダーヌ川の
地上型の〈ティターン〉こそ陣地帯の砲兵隊と歩兵隊が
〈
〈ティターン〉は夜間は行動しない。これで、今日の戦闘は終わりだ。
一面緋色の世界の中で、ふぅ、と戦闘で張り詰めていた息を吐いて。リーナは周囲警戒を緩めながら耳の
「敵残存部隊の撤退を確認。これにて今日の迎撃作戦を終了します。みなさん、お疲れ様でした」
『お疲れ様です』『おつかれさん』『お疲れ様』『おつかれ』
いつも通り四人の声が無事に帰ってきて、リーナは今度こそ安堵の息を吐く。
私もみんなも戦闘の腕は着実に上がっているから、今更そんな簡単に戦死はしないだろうが。かといって、戦場に絶対なんてことはないのだからやはり気は抜けない。
特に、最初の出撃から今日の戦闘まで、第二特戦隊には毎日のように救援要請が届いているのだ。その度に出撃しては今日みたいに日没までを戦うことになっているので、流石に目に見えない疲れが溜まっているだろうなとリーナは思う。
そろそろ部隊の休養を司令官に上申しないとな、と胸中で呟いて。部隊のみんなと合流すると、リーナたちはいつも通り駐屯基地へと帰投した。
「では、私は司令に報告することがあるので、ここで失礼します」
そう言って二階の執務室へと上がっていくリーナを見届けて、レンたちは食堂へと足を進める。
レンとレイチェルで夕食ををつくっている間、イヴが全員分の〈
朝に用意しておいた下味付きの鶏肉に衣をまぶして、サラダ油の鍋へと入れる。ジュージューと美味しそうな音が鳴り響く中で、野菜を切っていたレイチェルが不意に訊ねてきた。
「それで。リーナさんとはどこまで進んだんですか?」
「は? どういうこと?」
何の話なのかさっぱり分からなくて、思わず聞き返していた。
対して、レイチェルは意味ありげな声音で言葉を続けてくる。
「なにかある度にリーナさんに話しかけたりしてて。好きなんですよね?」
「別に。全然そういうのじゃないけど」
「……え?」
手を止めて心底びっくりしたというような表情をするのに、レンはますます怪訝な顔をする。いったい、自分のどこを見てそんな結論に至ったのか、まるで分からない。
驚愕を顔に出しながら振り向いて、レイチェルは問うてくる。
「なら、なんで毎回毎回
「え、なに。俺は小学生かなんかだと思われてんの?」
そんなガキじゃあるまいし、とレンは不満げに目を細める。身長こそ男子の平均を下回ってはいるものの、レンも一応彼女と同じ一六歳だ。好きな子にちょっかいを出すような真似は流石にしない。
というか。そもそも、レンの指摘することは彼女や他の隊員達の命に直結するようなことだけだ。別に、
「じゃあ、どうして?」
「そりゃあ、俺らの命を任せてる隊長なんだからさ。いつも万全な状態でいてくれなきゃ困るでしょ」
肩を竦めてレンは言う。
リーナは放置しておくとどこまでも頑張ってしまう人だ。だから、多少強い言葉でも誰かが止めないと限界まで頑張ってしまう。副長としては、そんな状態で部隊の指揮をしたり戦闘をされたりしたら迷惑でしかないのだ。
……なにより。彼女の姉から託された人として。彼女の命を危険に晒すようなことは、できる限り避けなければならない。
「……そう思うのなら、変につっかかるの辞めればいいじゃないですか。それも心労の一つになってるんじゃないですか?」
「……」
多分、全くもってその通りでもあるので、レンは何一つ反論ができない。黙って揚げ物の様子を見ていると、その様子を見たレイチェルが困ったようにため息をついた。
「ほんと、なんでみんな揃って不器用なんですかね?」
「うるさいな。ほっといてよ」
まぁ、と一言置いて、レイチェルは言う。
「思ってることを伝えるのはいいことだと私は思います。だけど、言葉は選ばないと」
不服げに振り向くレンに、レイチェルは肩を竦めて苦笑したように笑った。
「でないと、仲が悪くなるだけですよ?」
†
今日の戦闘の報告書を提出し終えて、通信モニター越しでの口頭報告もやり終わって。そろそろ部隊の休養を上申しようとリーナは口を開く。
「戦闘とは別に、今日はもう一件司令に報告したいことがありまして……」
『休養の上申ならば、今週分は受領できない』
いつも通りの無感情な硬い声で
常に合理的な判断を下すことに定評のある
燻る感情を抑えて、リーナは冷静に言葉を返す。
「何故なのか、説明を頂いても?」
『これから説明する。……送付した資料を確認したまえ』
言われて、モニターに送付されていた資料を開ける。書かれていた中身に、リーナは驚愕に目を見開いた。
「これは……!?」
『つい先程、国軍司令部より
中身を読み進めていくにつれて、リーナは次第に目を細めていく。
「北西戦線における、アルフェン山脈
『既にかなりの規模を形成している敵地
〈
確保すべき人類圏の最低をアルフェン山脈沿いまでと共和国政府が策定している以上、この地点での土地の浄化は何としてでも阻止しなければならない。
……それに。
「この〈
苦虫を噛み潰したような顔でリーナは呟く。
今から三年前、リーナの姉であるエルゼが率いていた第一特戦隊は、〈
等間隔に張り巡らされた神聖魔術と暗黒魔術の効力によって、通路の周辺は浄化の力が弱まり、〈ティターン〉の発生おも阻害する。要するに、この回廊を使えば比較的安全に〈
ああ、と淡々と応答して。ブローディア司令は続ける。
『この〈
「しかし、〈ティターン〉は何故このような場所に〈
『だが、ここはアルフェン山脈の唯一と言っていい標高の低い地帯だ。我々の旧領――既に浄化された土地からの増援を集結させるには丁度いい場所だ』
暫し考えて。リーナはそれを問うた。
「……つまり。最も効率的に部隊を集結させることのできる場所がここだから、と?」
『ああ』
無感情に肯定を返して、ブローディア司令は言う。
『少なくとも、
「……ええ。それは承知しております」
決然と目を細めて、リーナは拳をぎゅっと握り締める。
姉が果たせなかった〈
『君の姉が命懸けで繋いだ道だ。レクス回廊を失えば、我々
締めくくるように言い置いて。ブローディア司令は告げる。
『休養の件は、この作戦終了時には取れるように調整をしておこう。明日は出撃しなくていい。早朝行軍に備えて十分に休息をとりたまえ』
了解しました、と返答して。リーナは通信を切断した。
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