第6話 ティターン

 基地設営のための資材を積んだトラックの助手席。正面上空に〈ティターン〉の威容が見えて、黒髪赤瞳せきとうの少年――レンは目を見開く。


「あれは……〈天竜種ヒュペイオン〉か!?」


 ここはまだ人類圏――それも陣地防衛線の内側のはずだ。なのに。なぜ。あいつらが。

 驚愕を抑えた声で、基地設営部隊の部隊長である運転手が通信機に告げる。


「各車移動停止! ……ラディアの空軍基地に迎撃を要請する。いいな?」


 振り向いて言うのに、レンは別方向の空に目を向けながら首を横に振る。


「……いや。それじゃあ、おれたちはともかくあの輸送機がもたない」 

「輸送機……?」


 呟いて。運転手の士官はレンの視線の方へと目を向ける。はたして、そこには炎を上げて飛んでいる輸送機の姿があった。どうやらエンジンを被弾しているらしく、左右に機体を揺らしながら急速に高度を下げている。


「……!? あの機体、〈天竜種ヒュペイオン〉の攻撃を受けたのか!?」

「多分な」


 ぎりと奥歯を噛み締めて、レンは呟く。

 操縦士パイロットがまともな練度の持ち主ならば、あの状況でも何とか不時着には持ち込めるだろう。 だが。〈ティターン〉が迫っているとなれば、話は別だ。

 急速な高度低下に、操縦の効かない機体による焦燥と緊迫。それに加えていつ攻撃されるのかも分からない恐怖も相乗されれば、いくら腕利きの操縦士パイロットとてまともな操縦は叶わない。

 現に、共和国軍の戦闘機乗りはそうした精神不安定によって凄腕を何人も戦死させてしまっているのだ。武装を持たない輸送機ともなれば、その恐怖と焦燥はより一層強いものとなる。


「近隣の部隊に消火部隊と救護班の要請を。……アイツらは、おれがやります」


 きっと空の異形を見据えて、決然と呟いた。

 近隣部隊がどれも間に合わない以上、の一員であるレンがやるしかない。


「……死ぬんじゃねぇぞ? レン」


 真剣な表情で言われるのに、レンは思わず苦笑する。おれの戦闘の腕は、彼ならば十二分に知っているだろうに。

 足元に置いていた〈魔術式銃クラウソラス〉と、銃剣用の〈魔術式銃剣カルンウェナン〉を手に取って、レンは不敵に笑う。自分の中に蔓延る不安と無力感を抑え付けるように。


「大丈夫ですよ。なんてったって、おれは第一特戦隊なんですからね」




  †




 宙空を頭から落下しているのには意識もやらず、リーナは目を瞑って自分の中にめぐる魔力を一点に集中させる。集めた魔力を二つの記憶術式へと送り込み――浸透。

 刹那、飛行魔術の術式が起動し、身体の落下が止まった。発生した重力の翼を操って、逆さまの身体を正位置に復帰させる。動作の確認を終えると、今度は身体強化の魔術を起動した。


 それと同時に〈魔術式剣アロンダイト〉の魔力付与エンチャントを実行。剣の刀身が瞳と同じ真紅色に煌めく。……これで、全力突撃の準備は整った。


 身体強化の魔術は必要最低限にして、飛行魔術と〈魔術式剣アロンダイト〉に魔力を目一杯に注ぎ込む。リーナの背中に淡い赤の光翼が発生したところで――〈ティターン〉の集団目掛けて全速力で突っ込んだ。 


「敵は…………〈哨戒鳥種ポーラス〉も含めて一個大隊規模か」


 急速に接近する敵集団を視認して、リーナはぽつりと呟く。〈哨戒鳥種ポーラス〉は〈ティターン〉の中でも最も小型の種類だ。見た目こそただの鳥だが、その大きさは普通の鳥類の二、三倍もある。……とはいえ、見た目が見た目なので、遠距離から〈ティターン〉だと特定するのは難しいのだが。

 まぁ。周囲の〈哨戒鳥種ポーラス〉はレイチェルたちに任せてもいいだろう。ヤツらに撃たれたところで即死はしないし、機動も個体防壁も貧弱だから遠距離でも十分に叩き落とせる。これでも、戦争当初は脅威でしかなかったのだから驚きではあるが。


 進路の邪魔になる〈哨戒鳥種ポーラス〉を魔力の刃で斬り伏せ、リーナはなおも速度を緩めずに進撃する。

 〈魔術式剣アロンダイト〉の切っ先を突き立て、来たる衝撃に備える。直後。薄紫の障壁がリーナの眼前に現れた。


せろッ!!」


 魔術行使によるアドレナリン放出でたかぶった気分のまま、リーナは叫ぶ。この薄紫の障壁こそが、〈ティターン〉を脅威たらしめる鉄壁の個体防壁だ。魔力由来のそれは、通常の物質の一切を遮断する。

 突撃の手を緩めず、剣の切っ先を全力で突き刺す。瞬間。薄紫の障壁が崩れ去った。

 〈天竜種ヒュペイオン〉が口先に緋色の光球を形成し、それを元にして熱線を放つ。咄嗟に見切って回避して、勢いのままに〈天竜種ヒュペイオン〉の喉へと剣を突き刺した。


「【キュオオオオオオオ!?】」


 悲鳴のような鳴き声が上がるのには反応しない。即座に剣を振り切り、主な攻撃手段である頭部を分離。ダメ押しとばかりに胴体にも剣撃を複数叩き込んだ。

 裂傷の中から緋色の光が灯るのを見て、リーナは咄嗟に距離をとる。次の瞬間、〈天竜種ヒュペイオン〉の身体がした。


「ちっ…………!」


 鮮やかな紅色あかいろの十字架が巻き起こるのに、リーナは目を細めて思わず舌打ちする。撃破時に〈ティターン〉は爆発を起こすと聞いてはいたが。この爆轟ばくごうと光は想像以上に厄介だ。


「【キュオオオオオオオ!!】」 

「なにっ!?」


 真横から別の〈天竜種ヒュペイオン〉が突撃してくるのに、リーナは対応が遅れて避けきれない。咄嗟の判断で〈魔術式剣アロンダイト〉を振り向け、防御態勢をとる。

 刹那、圧倒的な質量の衝撃が全身を襲った。


「くっ……!」


 堅固な個体防壁と絶対的な質量差をもってして圧殺しようとしてくるのに、リーナはその力を受け流すので精一杯でまともな対応ができない。いくら魔力の加護があるとはいえ、所詮は些細な神秘の力だ。絶対的な質量差は覆せない。

 下手に攻勢に出ようものなら〈魔術式剣アロンダイト〉が圧壊あっかいしかねないし、かといってこのまま力を受け流しているだけでは、いずれ大地に激突する。そうすれば人間の身体など一発で終わりだ。


 ……こんなところで死ぬ訳にはいかない。


 そう、自分を叱咤して。リーナは〈魔術式剣アロンダイト〉から左手を離す。そのまま右腰の〈魔術式剣アロンダイト〉を掴んで、記憶術式を予備起動。魔力容量キャパシティの限界を告げる頭痛を堪えて、リーナは眼前の〈天竜種ヒュペイオン〉を見据える。不意に、笑みがこぼれた。


「貴方なんかに、殺されてる場合じゃないのよ……!」


 私には、果たすべき使命がある。それを終えるまでは、死ねない。

 瞬間。右手の〈魔術式剣アロンダイト〉を押し返した。互いの速度が減退し、その圧力が刃へと集中する。緋色の光が弱まり、刀身に亀裂が走る。構わず押し返して――そこで、刃が砕け散った。

 衝撃に〈天竜種ヒュペイオン〉の行動が止まるのを傍目に、リーナは左手に掴んでいた二本目の〈魔術式剣アロンダイト〉を抜き放つ。同時に魔力付与エンチャントを起動して、弱まった個体防壁を斬り裂いた。


 即座に前進し、両手で剣を構える。そのまま、眼前の〈天竜種ヒュペイオン〉を真っ二つに斬り伏せた。

 後ろで爆轟と光の十字が巻き起こるのには目もやらず、勢いのまま次の敵へと進路をとる。三匹目の個体防壁に激突したところで──

 突然、眼前の〈天竜種ヒュペイオン〉が爆散した。

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