第4話 はじまり


 それからいよいよ出発時刻が迫ってきて、リーナは席について輸送機の発進を待つ。一応各員との自己紹介はできたとはいえ、やはり彼らの隣に座るのは色々と気まずい。

 ラインハート少尉たちから少し離れたところに着席すると、リーナは新たに渡された資料に目を通していく。


 第二特戦隊の駐屯基地の設置場所と、その周辺に設置されている駐屯基地の戦力と位置。確認されている〈ティターン〉の種類と、出現頻度とその数。

 読み進めていくうちに、どうやら第二特戦隊が使用する武器もこの輸送機で一緒に輸送されていることにリーナは気付く。一応要求通りの武器は積んでくれてあるらしい。そのことに、ひとときの安堵を覚えた。

 基地まわりの資料を一通りを読み終えて、ページをめくると今度は部隊設置にあたる理念と目的の項へと移る。

 そこで、リーナは資料を閉じた。どうせここから先は美辞麗句を並べ立てただけの、迫害の自己正当化だけが延々と紡がれているだけのページなのだ。この部隊の最終目標は分かり切っているのだから、読む価値もない。


 第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の最終目的はただ一つ。〈奈落の門タルタロス・ゲート〉の破壊だ。

 ヴァールス王国が起こした厄災は、同じヴァールスの民がその血肉をもって対峙し、終結させなければならない。歪曲された憤懣ふんまんと憎悪はそうした論調に発展し、結果、国籍の関係もなく紅瞳種ルファリア人の全てを奪う法律と化した。

 それによってリーナの姉も徴兵され、そして一年前に戦死した。

 どんな作戦で、どこで戦って死んだのかは知らない。戦死を報せる憲兵は何も答えてはくれなかったから。

 骨すらも帰って来なかったことから察するに、お姉ちゃんの部隊――第特戦隊は相当の激戦地に送り込またらしい。そして。その後継となる第二特戦隊も、恐らく同じ運命にある。……けれど。

 決意に真紅の瞳を細めて、リーナは胸中で呟く。


 ――同じ結末みちは辿らない。絶対に辿らせない。


 今度こそ、私が王家の使命を果たす。〈奈落の門タルタロス・ゲート〉を破り、全ての絶望と迫害を終わらせる。たとえ、この命が尽き果てようとも。仲間民草は死なせない。それが、王家たるリーナの使命であり義務だから。


『あと数分で発進しますんで、そろそろ安全ベルトしといてください』


 操縦士パイロットのアナウンスに、リーナは意識を現実へと引き戻す。ようやく出発か。

 言われた通りに安全ベルトを着用して、資料を鞄の中へとしまう。手持ち無沙汰になったところで、少女の甲高い声が通路の方から届いた。


「リーナさん。お隣、いいかな?」


 振り向いて、居たのはエールラー少尉だった。金色の髪をサイドテールに結んだ、紅玉ルビーのように綺麗なあかいろの瞳の少女の。


「え? ええ、構いませんが……?」


 まさか来るとは思ってもいなかったので、リーナは流石に困惑を隠せない。何故、お友達のところから離れてまで私の隣に……?

 じゃあ、と言って、エールラー少尉はリーナの隣へと座り込む。安全ベルトもつけているので、少し話に来たという訳でもないらしい。

 再びこちらを見つめて、彼女は朗らかな声音で口を開く。


「何してたんですか?」

第二特戦隊この部隊が就く予定の基地と、その周辺の戦況のデータを確認していました。……私達が送られる時点で察してはいましたが、やはりこの戦線はかなり戦況が逼迫しているみたいですね」


 思わず苦笑を漏らしながらリーナは言う。

 第二特戦隊が配属される北西戦線の第一陣は、ヴァールス王国との旧国境線約一〇〇キロの後方にあたる。つまり、対〈ティターン〉戦争の真正面だ。

 機甲部隊による機動防御と堅牢な縦深陣地が築けているから保てているだけで、戦力に余裕がある戦区などどこにもない。他の戦線から引き抜ける戦力もなければ、徴兵制も議会を通らない以上、何とか捻出できた新設部隊をここに投入するのは当然のことだろう。


 ……それに。第二特戦隊の目的上、ヴァールス王国への突入が可能なこの戦線以外に配置する選択肢はない。


「じゃあ、私たちが頑張らないと、ですね」

「エールラー少尉達が頑張る必要はありませんよ。貴方達は死なないように戦ってくれれば、それでいいんです」


 この部隊はリーナエーデルヴァイスの使命の為に設立された部隊で、つまり頑張るべきはリーナ一人であって他の隊員たちはみんな王家の被害者でしかない。彼らが命を投げ打ってまで頑張る必要など、何一つないのだ。

 エールラー少尉は暫く沈黙して。変わらない声音で続けた。


「なら、死なないように頑張ります」

「ええ。そうしてください」


 にこりと微笑しながらそう返して。直後、エールラー少尉は滑るような調子で言葉を続けた。


「あの。一つ、言いたいことがあるんですけど」

「……? なんでしょうか?」

「私のこと、エールラー少尉って呼ぶのやめません?」

「……え?」


 突然の要求にリーナが呆気にとられる最中、金色の少女ははにかむように笑って続ける。


「軍規的にもそう呼んだ方が良いっていうのは分かるんですけど。けど、やっぱり、何もない時ぐらいは硬っ苦しいのはヤじゃないですか。だから、」


 真正面からリーナを見据えて。エールラー少尉は無垢な声色で言い放った。


「私のこと、名前で呼んでください」

「……いいんですか?」


 彼女の要求を聞いて、思わずそんな言葉がこぼれ落ちていた。

 だって。私はみんなを地獄に落とした王家の血筋で、みんなの大切なものを何度も幾つも奪い去って。みんなを、これから死地に導くだけの悪姫あっきなのに。


「……? 共和国の人ならともかく、王国の人にリーナさんに名前で呼ばれて嫌な人なんているんですか? リーナさんは、私たちの自慢のなのに」


 さも当然のことのように言うのに、リーナは少し心がなるのを感じていた。……操縦士パイロットの少尉といい、彼女といい。どうして、こんな生きている価値のない、生きているだけで周囲に害悪をもたらすだけの人間に優しいのだろう。

 彼らの絶望は全てリーナ王家のしたことが原因なのに。もっと恨んで、憎悪をぶちまけてお前のせいだと叫んでも誰も文句は言わないのに。なのに。なんで。


 けれど。それを問う勇気は、リーナは持っていなかった。

 だから、リーナは笑う。自分の臆病と卑屈を笑顔で覆い隠して、安心と平穏だけを周囲に振り撒くために。


「では、レイチェル。改めて、これからよろしくお願いしますね」


 特に何か気づいたふうもなく、レイチェルは満面の笑みで応えた。


「はいっ!」





 そして、それから程なくして。輸送機は空軍基地を離陸した。

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