第3話 邂逅
電車を使って都市の外縁部の駅まで移動して、そこから専用のシャトルバスで数十分ほど揺られたところが、指令書で指定されていた空軍基地だ。
晴れ渡る
遠巻きにこちらを見てくる空軍兵には一切の意識を向けない。どうせいつもの侮辱と嘲笑なのだ、反応していては誰にとってもためにならない。
視界の奥、指定された双発輸送機の前にも軍服を着た人が何人か固まっていた。けれど、彼らの周囲には他の士官たちが寄り付こうとしないのに気付いて、リーナは怪訝に目をしばたたかせる。……もしかして。
その場に立ち止まって指令書を取り出して。リーナは自分がこれから指揮する部隊――第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の構成人員欄を見る。写真こそ添付されてはいないが、年齢と身長、それと性別ぐらいならば載っている。
〈ヴァイスエッジ〉の構成人員は、リーナを除いて男性二名に女性二名だ。いずれもリーナと同じぐらいの年頃の。
そして、眼前の輸送機の前に集まっているのは、男性一名と女性二名。遠くからなので確証は持てないが……恐らく、みんなリーナと同じぐらいの年齢だ。濃緑の軍服はどこかみんな様になっていて、それがただ着ている
……つまり。彼らが。
「私の部下…………、なのでしょうか……?」
思わず首を傾げて、リーナは誰に言うでもなく呟く。
強制収容所内で厳しい訓練を受けてきた人たちだというから、正直もっと怖い雰囲気を纏った人たちだと思っていた。けれど。今、リーナが目にしているのは、共和国民と変わらない平穏さを纏った少年少女たちだ。
あの子たちも、
「あなたが第二特戦隊――〈ヴァイスエッジ〉の指揮官ですか?」
突然声をかけられて、振り向くとそこには
先程までの困惑と
「ええ。私が第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の指揮官、エルリーナ・エーデルヴァイス戦時特務
「エーデ……っ!? し、失礼いたしました、
慌てて敬礼を返してくる
「その呼び方は辞めてください。今の私は王女でも何でもないんです。今の私は共和国陸軍の、ただの大尉なんですよ。それも、戦時特務の」
普通の状況であれば、十六歳であるリーナが大尉などになることはまずないのだ。まして、経験のない新兵な上に
複雑な感情を笑顔の下に捨て置いて、リーナは続ける。
「あなたがこの輸送機の
「はい。特務部からの司令を受けて、王女――じゃなくて、エーテルヴァイス大尉らの前線輸送を命じられております」
……ということは、やはりあの人達は私の部下なのか。
納得と共にもう一つの疑問が浮かび上がってきて、リーナはそれを問う。
「一名がまだ来ていないようなのですが、
「ブローディア中尉のことでしょうか? でしたら、彼は前線設営のトラックで向かうとの報告を受けておりますが」
「……なぜ?」
「さぁ? 後で本人に聞いてみたらいいのでは?」
どうやら詳細なことは彼にも知らされていないらしい。何故彼一人だけが別移動なのかは分からないが……、それはさておき。
とりあえず、これで第二特戦隊の人員は揃った。
「では、少し早いですが出発の準備をして頂けますか?
「……俺、自己紹介してましたっけ?」
驚嘆に眉を上げる
「腕の階級章と――それとドッグタグが見えていたので。……すみません。気持ち悪かったでしょうか」
こういう細かいところを見すぎて、勝手に情報を貰った気になってしまうのは私の悪い癖だ。暗い気持ちに伏せそうになる瞳を何とか上げて、リーナは苦い笑みをこぼしながら彼の様子を伺う。
「いえ、そんなことは決して! ……ただ、そんな細かいところまで見ているだなんて、流石だなぁと思いまして」
「そう……ですか」
とりあえず不快な感情を与えることはなかったらしい。安堵と共に今一度自分の行動を戒めて、リーナは貼り付けた笑顔のまま言葉を続ける。
「では、よろしくお願いしますね、ビュイック少尉」
対して、
「輸送科の名にかけて、安全で快適なフライトをお届けしますよ」
それから第二特戦隊の三人と合流すると、リーナは輸送機へと乗り込んだ。出発まではまだ時間がかかるとのことだったので、まずはお互いの自己紹介をしようとリーナは緊張を抑えて口を開く。
「あ、あの! 今日からあなた達の指揮官になります。エルリーナ・エーデルヴァイス戦時特務大尉です。宜しくお願いしますっ!」
先程渡された資料を胸元に抱えながら、お辞儀をして。リーナは恐る恐る目を上げる。すると、そこには振り向いた三人が一様に驚きの表情を浮かべていた。
姿勢を正して、リーナは伏し目がちにそれを訊ねる。
「えっと、その。できれば貴方達のお名前をお聞きしたいと思うのですがっ……!」
言ったきり。機内には異様な沈黙が立ちこめて、リーナはしまったと胸中で顔を青ざめさせる。
彼らを今の状況に導いたのは他でもない
そんな自己嫌悪に陥りかけたところで、甲高い少女の声がリーナの耳に届いた。
「レイチェル・エールラー。階級は少尉だよ」
その声に、伏せかけていた目を上げる。
三人の中でも一番背の低い、金色の髪をサイドテールに結んだ少女は無垢な笑顔を向けてくる。
「よろしくね!」
「え? あ……、はい!」
思いもしなかった好意的な反応に戸惑いつつも、リーナは応える。
すると、それを皮切りに次は少年が口を開いてくれた。
「フリット・ラインハートだ。階級はレイチェルと同じで少尉。んで、こっちが、」
「イヴ・オーレンキール。階級は二人と同じよ」
金髪の少年に促されて、赤髪の少女が素っ気なく自己紹介をしてくれる。 少年の方がラインハート少尉で、少女の方がオーレンキール少尉だ。
二人が応えてくれたことに呆然としていると、エールラー少尉の甲高い声音が訊ねてくる。
「エルリーナさん? はなんて呼べばいいのかな?」
「いや、そこは隊長とかじゃねぇのか」
「それだとなんか硬っ苦しいじゃん?」
「お前なぁ……」
エールラー少尉にラインハート少尉が苦言を呈するのに、リーナは戸惑いつつも視線を向ける。ええと。こういう時はどうすればいいのだろう。
「あんたはなんて呼んで欲しいわけ?」
腕を組みながらこちらを流し見ていたオーレンキール少尉が言う。口調こそ強いものの、その言葉の中に確かな優しさを感じて、リーナは思わず呆気にとられる。
「……なによ」
しゃー、と猫が耳を反らせているのが幻視できて、リーナはつい微笑を漏らす。睨み返してくる彼女のあかいろには、侮蔑や嗤笑の感情は一欠片も見えていなくて。久方ぶりに感じる感覚に、心が暖かくなるのを感じていた。
「呼び方は各自の呼びやすいもので構いませんよ。リーナ、とはよく呼ばれてましたけど」
まぁ。そもそもリーナのことを名前で呼ぶような人などお姉ちゃんぐらいしか居なかったが。それは置いておいて。
エールラー少尉は暫し、沈黙して。満面の笑みでリーナのことを見返した。
「じゃ、リーナさん。よろしくね!」
その笑顔は、夏に咲く大輪の向日葵のようで。とても心地の良い、心の安らぐ優しい笑顔だった。
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