第7話 寝ぼけ眼のゆるんだ思考

(あれ……ここ、どこだ?)

 重たい瞼を開けると目に入ってきたのは、真っ白なカーテンだった。つづりはあくびをしながら、ぼんやりと辺りに視線を向ける。あんまり見覚えのない白いカーテン、頭の上で揺れる蛍光灯、その奥にある褪せた緑色の天井。寝ぼけた頭でひとつひとつの要素をつなぎ合わせると、ようやく、昨夜の記憶がおぼろげながら浮かんでくる。

(そっか……昨日、結局保健室で眠ったんだっけ)

 本当は、つづりは持参した寝袋を使って美術室か、自分のクラスの教室かで眠るつもりでいたのだけれど、花火を見終わって室内に戻った彼女が、お化けが出そうで怖いとあまりにも真剣に校内の暗闇に怯えるものだから。やむを得ず、つづりも保健室の隣のベッドで眠ることになった。脳内に浮かんだ素野が「その状況でも何もしなかったんだー。えらいじゃんー」とにやにや笑う。素野たちが登校してくる前に、昨夜のことを口留めしておかなくては、とつづりはもう一度浮かんできた欠伸をかみ殺す。

(いや、別に、口留めするようなことは、なにもなかったけど)

 どちらかと言えば明るい窓際を、善意で彼女に譲ったことを寝入る直前まで後悔したことはつづりしか知らないのだし。脳裏に、白いカーテンに映った彼女の影がよぎって、つづりの顔が耳まで朱に染まった。花火の興奮がなかなか去らなくて、真夜中過ぎまで、くすくすと笑うように囁きあった彼女の声が、耳の奥にまだ残っている。

「あー、クソ」

 悪態をこぼして、ベッドの上で膝を抱えた。夢みたいな幸せな時間に浮かれきって、なんだからしくないことを言ったような気もするし、許されない態度をたくさんとった気もする。何より、もう夜が明けたのに、今日も昨夜と同じ距離感で在れたらいいのにと、望んでしまう自分が一番、らしくなくて、いやだった。

 そんなことが、許されるはず、ないのに。

(――――あぁ、でも、昨日の緋猩は、いつもよりずっとかわいかった)

 あの場に、素野や明音が居なくて、本当によかったと思う。あんなに可愛い彼女を浴びたら、さすがに全人類が友人や親友なんてものじゃ満足できなくなる。素野や明音が彼女の恋人候補として名乗りを上げたら、きっと、簡単にその心を射止めてしまうんだろう。

(あー、クソ。それはやだとか、思ったところでどうしようもないって)

 でも、嫌だな。いやだから。でも。思考が同じ場所を三周したところで、つづりは埒が明かないことにようやく気が付いて、勢いよく立ち上がった。とりあえず、昨夜の影響で茹だったままの頭をしゃっきりと覚醒させなくてはならない。なんせ、明後日からは学校が始まるのだ。さすがに、ふわふわしたまま新学期を迎えるわけにはいかない。

 ジャッと景気よく、カーテンを開いたあとで、そういえば隣には彼女が寝ていたんじゃ、と気づいて目を閉じたけれど、浮かんだ心配は杞憂に終わった。そっと瞼を持ち上げたつづりの視界に彼女の寝顔が映ることはない。

 隣のベッドは、明らかに人が寝ていた痕跡を残したまま、もぬけの殻になっていた。

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