美しい花には棘があるのかもしれないが、それでも美しいのだからしょうがない

「今日は本当に色んなことがあったなぁ…。」


 少し汚れている銀縁のメガネを軽く拭いてから枕元に置き、私、 春原すのはら しおり は、ベッドに仰向けで横たわった。


 既に入浴は終えているし、歯磨きも済ませてあるので、あとは眠るだけ、といった状態だ。

 

 裸の状態では色くらいしか映してくれないこの両目を不便に思うことも多いけれど、余計な情報が入ってこないおかげで、思考に集中できるところはそれなりに気に入っている。


「大鷹翔吾くん、かぁ…。」


 無意識に、今日出会ったばかりの青年の顔が浮かび上がる。


 魔法少女デビュー戦の今日、最初の救助対象者。


 私がちゃんと助けなきゃいけなかったのに、上手く出来なかった上に、逆に助けてもらっちゃった。


『俺がお前の"使い魔"になってやるッ!!』


『霧の中を1人で彷徨う必要なんてない!!俺がお前の道標みちしるべになってやる!!』


『俺を、信じろッ!!』


 次々と浮かび上がる今日の夕暮れ時の光景と、彼の熱い言葉。


 身体が熱を帯びてきている気がするのは、今日の疲れからか、彼の熱い言葉のせいなのか、それとも──


「1人じゃないって、こんなにあったかいことだったんだ…!!」


 どうも今夜は、上手く寝つけそうにないや…。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 同時刻、大鷹翔吾くんの家


「んああああああ今日の俺恥ずかしすぎるだろおおおおおおおおおおおお!!!!」


 身体中が火照るように熱いし、むず痒くてむず痒くて止まらない。原因がはっきりしてなきゃ、今頃救急車デビューもあり得たかもしれない。


 気休め程度にベッドでのたうち回ってみるが、この気持ち悪い感覚は消えてくれそうにない。


「なぁにが『俺がお前の使い魔になってやる(キリッ)』だ!!なぁにが『道標になってやる(キリッ)』だ!!なぁにが『俺を、信じろ(キリッ)』だ!!」


「ああいうのはカッコいい主人公が言うから映えるのであって、俺みたいな異常性癖キモオタ全裸男が言ってもただの犯罪者でしかないんだよおおおおおお!!!!」


「その自覚があるだけまだマシだと思うよ〜。世の中には異常性癖キモオタ全裸男の癖して自分のことを主人公だと信じて疑おうとしないヤバい奴もごまんとからね〜。」


「異常性癖キモオタ全裸男がそんなにたくさんいてたまるか!!っておわお!!」


 ベッドの下、俺の足元で、スペクラがオヤジの如く寝転んで、ポテチを貪り食っている。


「何で居るんだよお前帰れよ!!それに人のお菓子勝手に食い散らかしてじゃねぇよ誰が掃除すると思ってんだ!!」


 まあ掃除するのは俺じゃなくて俺の母親なんだが。


「それはあまりにも薄情ってもんじゃないかな〜?全裸の君を衆目から守ってあげたのも、その挫いた足を日常生活に支障がない程度に治してあげたのも、全部僕だってこと、忘れたとは言わせないよ〜。」


 うっ、痛いとこつきやがるぜこの兎畜生。

 

 実際、コイツの謎パワーがなければ、俺は無事に家に帰るどころか、牢獄デビューを果たし、親を泣かせていたところだっただろう。


 今回に限っては、この表情の伺えない兎型の使い魔に感謝しなければならない。


 悔しいから言葉にはしないが。心読めるんだったら勝手に読んどけ。


「というか、何で助けてくれたんだよ。俺思いっきりお前に敵対宣言してたじゃん。」


「君と違って僕は大人だからね〜。不本意だろうが何だろうが、からには責任を持って引き継ぎをしなきゃいけないんだよ〜。」


 コイツはやっぱりアレか?煽りカスなのか?


 やっぱり一度兎鍋になっといた方が──


 待て、


 コイツ寝取りだなんだとか言ってたけど、アレ冗談じゃなくてマジだったの!?


 ていうかあんな口約束1つで契約って書き換えられちゃうの!?ガバガバすぎん!?


「大事なのは"形式"じゃなくて"実態"だよ〜。あの時、君と彼女の心が真の意味で通じ合ったから、契約が書き変わってしまったんだ〜。」


 通じ合った?


 つまりそれって、俺──


 ──恥ずかしいと思われてなかった!?


「しゃあああああああ!!!!これで明日からも自信を持って生きていけるぜえええええええ!!!!」


「…真の意味で、っていうのは少し言い過ぎだったかもしれないな〜。」


 身体の不調が一切消え去り、気分が鰻上りになった俺は、月に向かって喜びの雄叫びをあげた。


 兎畜生が何かボソボソ言ってるような気がするが、今の俺は気分がいいからな。聞こえなかったことにしてやろう。


「おやすみ世界ッ!!」


 ああ夢が広がりんぐ!!


 明日から合法的にメガネっ娘の美少女に関われるなんてッ…!!


 連絡先とか聞いてないけど、彼女とは同じ学校っぽいしな!!まあ明日の俺がどうにかしてくれんだろ!!


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 その晩、不思議な夢を見た。

 

 いや、晴れて正式に使い魔となったのだ、この夢を見ることは必然だったのだろう。


『栞ちゃんって鈍臭いよねぇ〜。』


『全然喋んないし、つまんなーい。』


『メガネかけてるのにそんなに頭良くないよね〜』


『こんなことも出来ないの!?他の子はもうとっくに終わってるのよ!!』


『ごめんなさい…ごめんなさい…』


 栞ちゃんの過去のダイジェストを、俺が俯瞰視点で見ている…。


 そんな感じの夢だった。


 栞ちゃんをいじめるクソガキどもや、学校の先生らしきクソババアを1発ぶん殴ってやりたかったが、残念ながらこの夢の中では、自分の意思で身体を動かすことは出来ないらしい。


「やあ〜。僕からのささやかな贈り物はいかがかな〜。」


 いつの間にか、俺の肩の上には兎畜生…もとい、俺の同僚が、ちょこんと腰掛けていた。


「やっぱりお前の仕業かよ。こんなもん見せたところで、俺の心はもう決まってるぞ。」


「全然そんなつもりないよ〜。これも引き継ぎの1つ、使い魔は担当する魔法少女の過去くらい、当然に知っておくべきだからね〜。」


「──けど、本当に辞めるなら今のうちだよ。僕が見せられるのは表面上の出来事だけ。"心を読む能力"のない君に、彼女の心の内の深い闇を、御し切れるかどうか──」


 うわあ急に落ち着くな。


 少し驚きはしたが、闇だのなんだのってのは、俺にとっては全くもって脅しにはなり得ない。


 なんてったって、彼女、栞ちゃんの存在そのものが、俺にとっては何事にも変え難い価値を持つ光なのだからな…!!


「はいはい。まあ、精々頑張ってよ〜。」


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 清し清しい朝日。

 

 高く青い空。

 

 陽の光で輝く住宅街。


 そして──


「おはようございます、翔吾くん。」


 俺のベッドに腰掛けてこちらに微笑みかける、銀縁メガネをかけた美少女。


 …先輩、調子のいいこと言ってすんませんした。


 この子、ちょっと怖いかもしれやせん。

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メガネを外した魔法少女がまともに戦えるワケないだろ 雑な薬草 @zatunayakusou

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