困っている人には手を差し伸べてあげましょう

 "塩試合"という言葉を知っているだろうか。


 元は大相撲において、塩が撒かれる土俵に這ってばかりいる弱い力士を暗喩する"しょっぱい"という表現から派生した言葉であり、主にプロレスにおいて、観客が盛り上がらない、要するに"つまらない"試合を表す言葉だ。


 近年では野球やサッカー等のプロスポーツ界隈でも使用されることが増えてきており、得点が中々入らなかったり、好プレーが発生しなかったりと、観客が楽しめる要素が少なかった試合を表す表現として定着している。


 さて、俺が何故いきなり国語のお勉強を始めたかといえば、今眼前に起こっている事象を言い表すのに、これ以上的確な表現はないと思ったからだ。


「えい!やあ!とお!」


 いやね?最初の10分くらいはイケると思ってたんだよ?


 魔法少女栞ちゃんが可愛い掛け声で攻撃してるのを見てるだけで、ご飯10杯は食べられるとか、願わくばメガネをかけてくれていたら20杯は通過点だとか、そんなバカバカしい妄想に浸っている余裕もあったんだよ。


 けどさ、流石にさ──


「2時間も攻撃し続けて1発も当たらねぇってどういうことだよおおおおおおおお!!!!」


 静かな河川敷。

 

 手前から奥へ流れる光の玉。

 

 船を漕ぐ風怪人ハーリケン。


 こんな変わらない景色を延々と見せつけられたら、流石に頭がおかしくなってくるというものだ。


 ちなみにスペクラによれば、怪人は出現したその場から1歩たりとも動くことは出来ず、光の玉が1発でも当たれば即死するらしい。


 つまり、現在のこの状況は、おおよそ2時間もの間、栞ちゃんが動かない的に対して攻撃を1発も当てられていないということを意味している。


 ていうか栞ちゃんもよく2時間ずっと同じペースでステッキ振ってられるよね。これが魔法少女の権能なのか。


 あるいは…実は結構体力ある系だったりする?実はコスチュームの下腹筋割れてたりする?


 パワー系図書委員か…。


 やべ。新たな扉が開きそう。


「ていうか、ホントに見てるだけでいいのかよ?いつまで経っても怪人が倒せねぇのは、お前だって困るんじゃねぇの?」


 言動からして使い魔の癖して、この2時間、スペクラは俺と世間話をするばかりで、一切魔法少女の戦いのサポートをする素振りを見せなかった。


 なんでも「僕がサポートするんじゃ意味がない、1人で怪人を倒せてこそ一人前だよ」ということらしく、視力が両目0.01しかない栞ちゃんに対して、エイムアシストはともかく、怪人がいる方向を口頭で指示してやることすら頑なにやろうとしない。


 契約的な何かのせいで何も言えないのかと思い、俺が代わりにアドバイスしてやろうとも思ったのだが、それすらも拒んでくる始末だ。


「なぁ、何か理由があるなら言ってくれよ。流石にもう見てられねぇよ…。」


 淡々と同じペースでステッキを振り続ける魔法少女栞。細められたその双眸には、うっすらと涙が浮かんでいるように見える。


 そりゃあ泣きたくもなるよな…。

 

 目の前が何も見えない状態で、誰の助けも借りられず、いるかもわからない敵に対して延々と攻撃を振り続けなければならないというこの状況──


 想像するだけで胸が痛くなってくる。

 

 決して創作だったら結構ヌケるシュチュエーションだよなぁ、なんて考えてないぞ。決して。


「…やれやれ、そろそろ取り繕うのも限界ってところかな〜。」


「取り繕う?」


「なんでメガネをかけた少女を選んだのかとか、どうして少女と怪人を戦わせてるのかとか、君が疑問に思っていることにも回答することになるんだけどさ〜。」


 あれ?


 それって今ここで答えちゃっていいやつなの?

 

 選ばれた理由とか、戦う理由とか、創作…特に魔法少女ものだと、結構終盤にならないと明かしてくれないやつだよね?


 そんでもって、得てして激重な感じの理由だよね?


 どうしよう、ただでさえ俺栞ちゃんがタイプなのに、激重な過去を抱えた悲劇の美少女属性までついてしまったら、俺心がぐちゃぐちゃになってどうにかなっちまいそう──


 もう既に興奮して頭がどうにかなっちまいそうな俺の耳元に、ギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの囁き声で、スペクラはこう呟いた。


「僕の趣味だね〜。」


 ──は?


「あれ?聞こえなかった〜?僕の趣味。君がメガネっ娘を好きなのと同じように、僕はメガネを外されて、それでも頑張って前を見ようと目を細めている女の子のことが、大好きなのさ〜。」


 一時的にでも、コイツのことをいい奴かもしれないと思ってしまった俺は、とんでもない大バカ野郎だ。


「魔法少女の使い魔の仕事を仰せつかって、魔法少女の仕様を聞いたとき、そりゃもう狂喜乱舞したもんだね〜。これメガネの女の子と契約すれば、合法的にメガネを外させられるし、コンタクトという逃げ道も許さないじゃん、ってね〜。」


 やっぱり、人間と獣は相容れないということか──


「栞ちゃんはそれはもうとんでもない逸材だったよ〜。間違いなくこの子は僕の心を満たしてくれる、ってね。今のところは期待通り…ん?どうしたの翔吾くん?顔が怖いよ?」


 しらばっくれやがって。心が読めるお前だったら、何で俺が怒ってるのかなんて簡単に分かるだろ。


「スペクラ、いや、お前はやっぱり兎畜生だ。」


 そう吐き捨てながら立ち上がり、俺は孤独な魔法少女の元へ、ゆっくりと歩を進める。

挫いた足がジリジリと痛むが、今はそんなこと気にしてる暇はない。


「君の考えは分かったけど、僕はあまりお勧めしないよ〜。言ったでしょ、無機物は例外なく破壊されてしまうって。」


「俺が嫌われたって構わない。お前のせいで涙を流す女の子を黙って見過ごすよりは、1001倍マシだッ…!!」


 俺はメガネっ娘が好きだ。

 

 どんなメガネっ娘だって愛せる自信がある。

 

 だけど、俺が一番好きなのは、メガネをなくして泣いてるメガネっ娘じゃなくて──


「…!?あなた、どうして…!!」


──メガネをかけて、笑ってるメガネっ娘なんだ!!!!


「照準は俺が定める!!お前はただ、弾を前に飛ばすことだけ考えろ!!」


 ステッキを持つか細い手を、俺の両手でしっかりと包み込む。


 体が熱い。これが魔法少女特有の"聖なるオーラ"ってやつなのか。


 あるいは、俺の心が燃えたぎっているせいなのか。


「これは私の役目なんです!!見ず知らずの人を巻き込むわけには──」


 ああ。


 俺の一目惚れは間違ってなかった。

 

 なんて心が綺麗な子なんだろう。

 

 ──いつの間にか、決心はついていた。

 

「俺がお前の"使い魔"になってやるッ!!」


「!!!」


「霧の中を1人で彷徨う必要なんてない!!俺がお前の道標みちしるべになってやる!!」


「俺を、信じろッ!!」


「…ッ、はい!!」


 瞬間、彼女の持つステッキから、膨大な量のエネルギーが放たれ──

 

 真っ直ぐに、怪人の心臓を貫いた。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「やれやれ、堂々と寝取り宣言とはね〜。」


 俺と魔法少女を遠目に見ながら、肩をすくめるスペクラ、改め兎畜生。


「今回は僕の負けでいいけど、1つだけ。君は自分のことアンラッキーとか言ってたけど、今の君は、間違いなくラッキーボーイだよ〜。」


 そうだな。

 

 コイツとは決して相容れないことが分かったわけだが、この発言にだけは同意せざるを得ない。


 相変わらず人気のない河川敷。

 

 俺の目の前で感謝の言葉を述べる、ほとんど盲目の少女。

 

 ──そして、素っ裸の俺。


「色んな意味で…神に感謝を。」

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