大鷹翔吾のアンラッキーな1日

俺、大鷹おおたか 翔吾しょうご にとって、今日という1日はなんてことない平凡なものだった。

 

 いや、強いて言うなら、少しアンラッキー寄りだったかもしれない。


 寝坊して遅刻しかけるわ、今日締め切りの課題があることをすっかり忘れていて、小学生の時ぶりに伝家の宝刀「やってあるけど家に忘れてきました」を抜くことになり、追求こそ免れたものの本日の徹夜が確定することになるわ、体育の時間、鳥に糞を落とされるわ──


 …思い返せば割と少しどころではないような気もするが、それでも間違いなく、今まさに目の前で起こっている事象に比べれば、些末な話だ。


「我が名は破壊神ハデース!!

愚かにも食物連鎖を愚弄し、暴食の限りを尽くす人間どもに、裁きの鉄槌を下してやろう…。」


──一応言っておくが、別にここは異世界ではないし、俺だって異世界転生はしていない。


 どう考えても異常事態であるにも関わらず俺がある程度冷静さを保っていられているのは、恐怖を感じる以上に、あまりにも目の前で繰り広げられている絵面がシュールすぎるからだ。


 明らかにラスボスみたいな風貌をした奴が、人気のない下校時間の河川敷で、高らかに人類の粛清を宣言している…。


 いや、なんかこう…もっとやりようあったろ

そういう宣言はもっと、人がいっぱいいる都会とかでさぁ、適当なビル1個ぶっ壊したりしてさぁ…。


 多分コイツは本気で人類を滅ぼすつもりだし、実際それができる力を持っているのだろうが、状況が状況なうえ、身長もあまり俺と変わらないもんだから、どうしても面白コスプレ野郎感が拭えない。


「ぬ?貴様、さては我の素性を疑っているな?」


「い、や?そんなこと無いっすよ?」


「よろしい!なれば、我が"本気"をもって、貴様のその誤った認識を正してやろう!」


 吹き出しそうになるのをなんとか取り繕っていると、どうやら破壊神ハデース様が俺に破壊神の片鱗を見せてくださるそうなので、ありがたく頂戴してみることにした。


(本当に破壊神だとしたら、逃げたって無駄だろうしなぁ…。)


「ハァッ!!」


 ハデースが両手を宙に掲げると、その間に空気が流れ込み、暫くして紫色の光に黒い稲妻が迸る、いかにも破壊神の攻撃っぽい球体が出来上がった。

大きさは軽自動車くらいだろうか。当たったら確実に死にそうだ。


(おお…カッケェ。)


「くらうがいい!!"ヘルサイクロン"!!」


 破壊神ハデース様がそう叫んで掲げた両手を前に突き出すと、破壊神の攻撃っぽい球体がこちらに向かって動き始めた。


──体感、カタツムリくらいのスピードで。


「おっそ。」


 思わず口に出てしまったが、幸い破壊神ハデース様は自分の攻撃に酔いしれていてこちらには見向きもしていないようだった。

この技は未だかつて自分以外成功させたことがないだとか、完成させるのに1883年かかったとか、そんな感じのことをおじさんが武勇伝を語るような口調で延々と独りごちている。


(どうすっかな…余裕で逃げられそう。けどこれが原子爆弾みたいに地面に当たったら大爆発を起こすタイプのやつだったら逃げるだけ無駄だろうしなぁ…。破ハ様本気って言ってたもんなぁ…。)


 そんな感じのことを体感5分くらい考えていたが、球は一向にこちらに近づいて来ないし、破ハ様も一向に自分語りを止める様子がない。


 仕方がないので、自分から当たりに行くことにした。


 どうせ死ぬんだったら早い方がいいしな。

あ〜来世は異世界でハーレム生活が送れたらいいな〜(棒)。


「うっ。」


 禍々しく輝く球体に手を伸ばしてみると、予想に反して、パチンという情けない音を立てて破裂してしまった。

球体の跡地から、ジェットコースターが駆け降りる時に感じるくらいの風が吹き、俺の体を少し浮かす。


 着地に失敗して足を挫いてしまったり、破裂の時に巻き上げられた小石が顔に当たって少し血が出てしまったりはしたが、あんなに強そうな攻撃に自分から当たりに行ったにも関わらず、それ以外に身体の異常は特になかった。


「どうだ、我の恐ろしさを理解したか!」


「しょっぼ。」


 また思わず本音が出てしまったが、破ハ様は全く意に介されていないご様子。


 というよりそもそも俺の言葉聞こえてなさそう。アイツ耳ついてんのかな。


 というかマジか破ハ様。

これで人類滅ぼそうとしてたのか。

こんなんじゃアリ1匹殺せるかも怪しいじゃん。

流石にまだ力隠してるとは思うけど…。

いやでもさっき本気って言ってたしなぁ。

これが本気なら俺でも倒せそうなんですけど。


「そ…そこまで、です!!」


──なんてことを考えていると、俺と破ハ様の間に1人の少女が割って入ってきた。


 黒髪の三つ編みに、銀縁で、分厚いレンズが入ったメガネ。その奥で純真無垢に揺れるまなこ──

制服はカタログ通りの模範的な着こなしがされており、スカートもしっかりと膝下まで丈があるものを着ている。

派手さはなく、むしろ地味と形容されて然るべきといった感じではあるのだが、モブとして片付けるにはあまりにも存在感を放ちすぎていた。

例えるなら、色んな創作に出てくる図書委員のキャラクターの要素の中で、良い部分だけをかき集めて、さらに洗練させたような──


 正直メチャクチャタイプだ。


「あの、俺と結婚してくれませんか?」


「へあっ!?」


「しまった間違えた。あの、俺は大丈夫だから、あんな奴には関わらない方がいいと思うぜ?」


 助けてくれようとしてるのはありがたいが、いくら破ハ様に弱い疑惑が浮上したとはいえ、か弱い女の子1人でどうこう出来るとは思えない。


 俺は努めて紳士的に、やんわりと、彼女を遠ざけようとするが、彼女は、「もう大丈夫ですよ、私が守りますから…。」と、あくまで戦う姿勢を崩そうとしない。


「その…すごい震えてるみたいだけど、大丈夫そう?」


「だ、大丈夫でしゅ!!これはそう、"武者震い"ってやつですよ!!」


 あーもう虚勢張っちゃって可愛いなぁ。

クソ…足を挫いてなかったら迷わずおぶって一緒に逃げてあげられたのに。


「ちょっと〜うちの栞ちゃんを誑かすのはやめてもらえるかな〜?」


 へぇ、栞ちゃんっていうのかこの子。

 

 …じゃなくて、なんだこの声。栞ちゃんって馴れ馴れしいな。この子は俺のお嫁さんになるんだよ。


 後ろから生意気な少年のような声がしたような気がしたので、振り返って睨みつけてみるが、そこには誰もいない。


「どこ見てんのさ。こっちだよ、こっち〜。」


「なっ!?」


 栞ちゃんと呼ばれた少女に目を戻してみると、いつの間にか彼女の肩の上に、白いウサギのような…そうじゃないようなよく分からん生物が、チョコンと位置していた。


 よく分からんと表現したのは、どうにも輪郭がボヤけていて、ハッキリとした形が捉えられないからだ。

昔、友達からイタズラでメガネを奪い取ってかけてみた時に、レンズの向こうに捉えた物質みたいな、そんな感じの見え方をしている。

俺は一応両目とも裸眼で視力1.5はあるし、ボヤけて見えるのは少女の肩に乗った生物だけなので、俺の目が急に悪くなった、という線は考えにくい。


「目撃者が1人か〜。さて、どうしたもんかね〜。」


「す、スペクラ…?まさか"目撃者は始末しなきゃね〜"なんて言い出さないよね…?」


「いやだな〜栞ちゃん。僕は平和主義者だからね。それに、こんなモブ1人に正体を知られたところで、不都合なんて何も起こりやしないよ〜。」


 よーし、スペクラっつうのかこの兎畜生が。

隙をみて腹かっぴらいて兎鍋にしてやるから覚悟しとけよ。


 最大限の殺意を込めた目線を向けてみるが、スペクラと呼ばれたこの獣は怪訝せずといった感じだ。

モブだとか言われたが、俺のことは本当に眼中にないらしい。


「さて、栞ちゃん。役目を果たす時だよ。」


「そ、そうだね…。そのためにあなたと"契約"したんだもん。」


 何やら意味深な言葉を交わした後、破ハ様に向き直る栞ちゃんと兎畜生。


 それにしても、結構長い間喋ってた気がするけど律儀に待っててくれてんのな、破ハ様。

…まぁ本気の攻撃がアレじゃあ、割り込んだところで大したことが出来るとは思えないけど。


「風怪人ハーリケン…!人を傷つけるのは、私が許しません…!!」


「貴様!?何故その名を!?」


 おい破ハ様。

お前破ハ様ですらなかったのかよ。


「"破壊神"なんて大層な自称付けちゃってさ〜。"名は体を表す"とは言うけど、それにしたって限度があるよね〜。」


「う、うるさいッ!!仮に今は風怪人などという醜悪な名前だとしても、人類を滅ぼすことで、我が"破壊神"の名をいただくに相応しい存在であることを証明するのだ!!」


 そんな健気な動機で人類滅ぼそうとしてたのかよ。

ちょっと応援したくなってきちゃったじゃん。人類にとっては良い迷惑だけど。


「さあ〜記念すべき初変身だよ、栞ちゃん。」


「うぅ…やっぱり外さなきゃダメ…かな?」


「それが変身のための絶対条件だからね〜。最初に説明したでしょ?」


 おい。

 

 おいおいおい。

 

 おいおいおいおいおい。


 この兎畜生、今なんて言った?


 変身?いやこの際それはいい。

こんなか弱そうな女の子が、見た目だけとはいえ、あんな強そうな奴と戦うためには、そういう非現実的な手段が必要となるのは理解できる。


 問題はその後の一連の流れだ。

"外す"?それが変身のための"絶対条件"?

まさかそれは、彼女の顔にかけられている"ソレ"のことを言ってるんじゃないだろうな?


「やっぱりまだ、少し恥ずかしいけれど…行きます。」


 彼女の指が、銀色のフレームにかけられる。

あの予備動作から繰り出される行動を、俺は1つしか知らない。


 ああ、クソ。

やっぱりそうなってしまうのか。


「君は本当にラッキーだよ。偶然とはいえ、"魔法少女栞ちゃん"の初陣に立ち会うことが出来たんだからね〜。」


 うるせぇ。


 こんなのアンラッキー以外の何物でもない。

第一印象から最悪だったけど、やはり人間と獣は分かり合えないってことか。


"Visum tuum destruere"


 変身のための詠唱か何かだろうか。

呟きが聞こえた後、彼女の身体が眩い光に包まれる。


 "魔法少女"とか言ってたか。それ系の創作物の中だと、謎空間で少女が変身する様子が見られたりするのだが、残念ながらそういったサービスはないらしい。


 光の中から現れた少女からは、変身前に感じた図書委員の理想形のような印象はすっかり消え失せてしまった。

純白の生地をベースに、アクセントとしての黄色のフリルとリボンがあしらわれたワンピース型のコスチューム。

金色のハートに、純白の天使の羽の意匠があしらわれたステッキ。

三つ編みにされていた髪は、色は白に近い銀色に変わり、サイドテールでまとめられ、以前よりも垢抜けた印象を受ける。


 そして、その顔の上には──


(畜生、やっぱりお前も──)


 銀縁のメガネは、かけられていなかった。

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