第7話ー② マタイ討伐課五番隊とパトロール

 少し巻いて十分後、蓮たちは通報のあった場所へと到着した。

「五番隊、幼稚園到着しました。これよりモンスターの討伐および市民の安全確保に入ります」

 車を降りる直前、柔造が無線でそう報告するのを聞いた。

 幼稚園から少し離れた安全確保のできる避難場所で車を降りる。

 そこには既に避難してきたであろう人たちが集まっており、喧騒に包まれていた。

 泣き喚く園児たちや、それをなんとか取りまとめようとする先生。そして我が子の名前を呼びかけたり、無事なのかと先生に詰め寄る保護者と思われる人たち。

 現場はパニック状態の一歩手前と言えた。

 蓮たちが到着して車を降りた時、歳を感じさせる初老の男性がこちらに急いで駆け寄ってきた。

「マタイの方々ですか!?」

「はい。マタイ討伐課、八重です」

「良かった! 私は幼稚園の園長を務めております、永吉です」

「どうも。それで状況は?」

「はい。ほとんどの園児と先生はこの通り避難できているのですが……」

 そう言って園長は渋い顔をする。

「一クラスだけ避難できていないのです。どうやら外も廊下もモンスターに挟まれてしまったらしく……。うちは教室に強化ガラスを入れていたりするので、外から見る限りではまだ無事なようですが……それもいつまで持つか」

「なるほど。心配ですね」

 園長が指差した先には幼稚園があり、グラウンドに面した一階の一区画にモンスターが集っているのが見える。

 モンスターたちは中に押し入ろうと窓に殴りかかっているようだった。

「ちなみにどんなモンスターが出現したか分かりますか?」

「それが複数種類出てまして、分かる範囲でもゴブリンにオーク、あとはキメラもいたかと……。でもどれも私の知っているそれとは違ったような気も……」

「そんなに多く……?」

「珍しいですね」

「あぁ」

 話を聞いていた柔造と芽依は顔を見合わせて首を捻る。

 しかしそれも一瞬で切り替えて。

「分かりました。我々はこれからモンスター討伐と逃げ遅れた人の救助に入ります。皆さんはこのまま安全を確保して注意していてください」

「お願いします……!」

 会話を切り上げ、五人は幼稚園へと急いだ。

 現場の状況がよく見える位置にまで控えたところで麗が口を開いた。

「…………それじゃ、さっきも言ったけど、私がグラウンドでモンスターの注意を引くから、その隙に慎也くんと蓮くんは建物内に入って市民の救助ね。…………中にもモンスターがいるって話だから、無理はしないで」

「はい」

「了解っす!」

「…………柔造と芽依ちゃんは全体バックアップで」

「分かりました」

「任せてください!」

「…………それじゃ始めよっか」

 指示を出し終えると、麗はポケットから赤い液体の入った試験管のような物を取り出し、中身を一気に飲み干した。

 前に病室でも見た光景が目の前でまた起きている。

 麗の身体は次第に大きくなり、大人のサイズへと変わる。

「お前ら、しっかりやれよ!」

 変化を終えた麗はそう言い残して姿を消した。

 というかその強靭な脚力で地面を蹴り、一足飛びにグラウンド中央まで行ったのだった。

「相変わらず驚きだなぁ……」

 目にするのは二度目、ウェアウルフも合わせれば三度目だが、まだ驚きは無くならない。蓮は思わず見入った。

 麗がグラウンド中央に辿り着いたとき、モンスターたちはそれに気を引かれて麗との戦闘に入る。

 一人で十何体ものモンスターを相手にする麗。数が多い上に巨大な強そうなモンスターも混ざっているからか、流石に全てを瞬殺というわけにはいかないようだった。

「アホなこと言ってないでとっとと始めんで。お前もはよ行き!」

「お、おぅ! ってもういねぇし!」

 柔造に言われて自分のやるべきことを思い出す。

 慎也とともに建物内へ行き、逃げ遅れた人を救助しなければ。

 そう思って隣を確認すれば先ほどまでいたはずの慎也はいなくなっており、既に建物の入り口にいた。

「おい! 待てよ!」

 蓮の呼びかけを一切気にかけることもなく進んでいく慎也に、蓮も急いでその後を追う。

 そんな後ろ姿を見ながら柔造は頭を悩ませた。

「あいつら大丈夫かいな……」

「八重さん、あの辺りがエリア全体を見渡せそうです!」

「おっけー、俺たちも急ぐで」

「はい!」

 心配は尽きないが、柔造もまずは目の前のことに集中しなければ。

 柔造は自分の武器である銃をしっかりと担ぎ直し、芽依の示した場所に走った。

 柔造の背丈よりも長い銃身を持つそれは、長距離でも高威力を発揮するスナイパー。その分狙いはよりシビアだ。

 この銃はその一発の高性能さ故に次弾装填に時間がかかる。

 無闇に撃つわけにはいかず、柔造の仕事は麗や他の人に危険が迫った時や、エリアから離れて行こうとするモンスターがいた時にそれを撃ち抜くことだった。

 ポイントに到着した柔造は改めてモンスターの様子を観察する。

 グラウンドにいるモンスターのほとんどは麗に気を引かれているようだが、一部のモンスターはそうではないらしい。

 遊具で遊んでいるのか、叩いたりしてガチャガチャと金具の音を立てて喜んでいるようだった。

「……なんか嫌な感じやな」

「八重さん?」

「いや、なんでもない。準備するで」

「了解です!」

 柔造はスナイパーの足を立てて安定するようにセットする。

 芽依もいつでも次弾装填できるように、背負っていた大きなカバンを下ろして道具を広げた。

「よし、それじゃあ監視しよか」

 そう言って柔造はスコープを覗き込んだ。


 慎也の後を追って蓮は建物に入る。

 下駄箱の間を抜けて廊下を進むと、角で慎也が待っていた。

「おい! 一人で行く……んぐっ!?」

 文句を言おうとした蓮の口を慎也は手でがっしりと掴んで塞いだ。

「静かにしろ。モンスターがいる」

 蓮を睨みつけて、再び角から先の様子を窺う慎也。

 頷いて蓮も角を曲がった先の様子を覗いてみた。

 廊下を突き当たった先には数体のゴブリンがおり、教室のドアに向かってギャアギャアと喚いていた。

 おそらくあそこに園児たちが閉じ込められているのだろう。

「あれ、どうやって助け出す?」

 まだ経験のない蓮にはいい作戦なんて思いつくはずもなく、ならば芽依云く強いという慎也に聞くのがいいだろうと思ったのだが。

 しかし慎也はそれに答えることなく。

「そこで静かにしていろ」

「え? ちょ、おい!」

 蓮を一瞥もせずにそれだけ言い捨てて廊下の角から身を出した。

 一つ整えるように息を吐いて、走り出す。

 腰に括り付けたベルトから短剣のようなものを抜き、ゴブリンたちを目掛けて投げた。

 それは真っ直ぐ飛んでいき、こちらに気づいていなかったゴブリンの体に突き刺さる。

『ギッシェェェェアアアア!』

 不意をつかれたモンスターは緑色の血を撒き散らしながら体をふらつかせる。

「すげぇ……」

 角から様子を見ていた蓮は思わず声を漏らした。

 慎也からモンスターまでは十数メートルは距離がある。それで一つも外すことなく当てている。それだけで慎也の腕前がわかる気がした。

『ギィヤギャギャ!!』

 しかしゴブリンもそれだけでは倒れない。

 身体に刺さった短剣を抜いて地面に捨て、お互いに何やら連携をとって慎也に向かって動き出した。

 それでも慎也は動じることなく尚も足を進める。

 次は柄のついた鎖を取り出し、それを勢いづけるように振り回した。

 柄とは逆側には分銅がついており、それが錘となっている武器だった。

『ギャッギャッ』

 ゴブリンたちはどっしどっしと走り慎也めがけて攻撃体勢をとる。

 そうして互いの距離が縮まり、攻撃が交差しそうになった時。

 慎也は鎖分銅をゴブリンたちへ伸ばした上で自身も跳躍した。

 床、壁を蹴り、ゴブリンたちの後方へと回り込む。

 その動きによって鎖はゴブリンたちを縛り上げるように巻きついた。

『ギェギャギアァ?』

 動けなくなったゴブリンたちは疑問符が浮かんでいるような反応を見せ、鎖に気づくとそれを力づくで千切ろうとし出す。

 しかし鎖は固くゴブリンたちを繋ぎ止めていた。

「ふん、他愛もないな」

 つまらなそうに吐き捨て、慎也は鋭い、しかし蓮のものよりも刀身の短い片手剣を抜いてゴブリンの息の根を止めた。

 危なげのない、一瞬の出来事だった。

「すっげーな!」

 角から出て蓮は慎也に合流する。

 澱みない鮮やかな手腕。慎也の強さが明らかに分かるものだった。

 素直に感激しながら出てきた蓮に、しかし慎也の反応はやはり冷ややかだった。

「市民の保護をするぞ。残党がいないか注意しろ」

「あ、そうだな」

 床に転がったゴブリンで剣についた緑色の液体を拭き取り、慎也は剣を納める。

 そして教室の中の人にドアを開けるよう伝えた。

「安心してください。マタイです。廊下のモンスターは退治しました」

「ありがとうございます! 良かった、これでみんな助かるよ! 先生も一安心……」

「まだ他にモンスターがいないとは限りません。速やかに避難しましょう」

 慎也と先生の先導で園児たちは廊下に出る。

 ゴブリンの死体を見て、多くの園児たちが怖がっているようだった。

 そのうちの一人はよほど怖いのか、なかなか廊下に出て来れない子供がいた。

「もう大丈夫だからな! お前らは俺たちが絶対に守ってやる!」

 蓮はしゃがみ込んで園児と視線を合わせ、努めて強く優しく声をかけた。

 こんな状況だ。大人ですら恐怖するというのに、子供が平気であるはずもない。

 蓮はその子の手を取って一緒にドアのところまで来た。

 廊下の様子を見て、その子が怯えた目で蓮を見上げる。

「もう死んじゃってるの……?」

「あぁ! あそこの兄ちゃんが倒してくれたんだ。とっても強いから安心していいぞ」

「そっか……」

 励ましたつもりだったのだが、しかし子供はどこか悲しげだった。

 その様子に違和感を覚えながらも、蓮にはもう一つ気になっていることがあった。

 外で戦っている麗のことだ。

 あちらにはモンスターが多くおり、ゴブリンのような雑魚ではない大型も数体いた。

 麗がいくら強いとはいえ、一人で捌き切れるのだろうか。

 蓮は教室の窓越しにちらと外の様子を窺った。

「さすがだな……」

 まだ麗はグラウンドで激しい戦闘を繰り広げていた。

 しかしその周りにはモンスターが倒れ、数は減ってきているようだった。

 何か力になれることはないかと思いもするが、今ここで蓮が出ていっても足手纏いになるだけだろう。

 麗を信じて自分はこの子供たちを安全に救出するべきなのだと、言い聞かせる。

 廊下へ行こうと戦う麗から視線を外す。

 しかし。

 麗ではない、窓の外の景色に目が止まった。

「あれは……!」

 半球型の遊具。それは中が空洞になっているようで。

 その中に子供が頭を抱えて隠れているのが見えた。

 しかも近くにはモンスターがおり、まるで楽しんでいるように遊具を雑に壊してまわっていた。

 あといくらかもしないうちに子供が隠れている遊具にたどり着くだろう。

 麗は目の前のモンスターで手一杯。角度的におそらく蓮しかあそこに子供がいることは気づいていない。

「やべぇ!」

 モンスターはもう件の遊具の目の前まで来ていた。

 蓮は教室の窓から外に飛び出る。

 腰に帯びた剣を抜きながら一直線に遊具まで走り、力任せにモンスターに叩きつけた。

 モンスターはゴブリンよりもやや大きい。確かオークとかいうやつだったはずだ。しかしどこか違和感がある。教科書で見た写真よりも全体的に小さい気がした。

 しかしそれでも蓮よりは大きく、その体表も硬い。

「う、おぉぉおおおおおおらぁあっ!」

 蓮の剣はモンスターの体を切断するには至らず。

 仕方なく蓮はそのまま全力でバッドでボールを打ち返すようにモンスターを吹き飛ばした。

『ギュォォォオオオオン!』

 悲鳴をあげて地面を何度か転がるオークは、痛みを堪えるように傷口を自身の手で握った。

「大丈夫か!?」

 オークがこちらに来ないうちに、子供に声をかける。

 怯えて縮こまっていた子供は蓮の呼びかけに顔を上げた。

「もう大丈夫だ。一緒に安全なところへ行こう」

 手を差し出す蓮に、子供は涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭って立ち上がった。

 遊具から外に出て子供を、蓮は庇うように自分の後ろにやった。

 麗がまだ多くのモンスターの注意を引いている。

 隅で遊具で遊んでいるモンスターに気をつけて早く逃げなければ。

 目下の問題は先ほど蓮が切りつけたオーク。

 オークは興奮したように息を荒げ、どしどしとこちらへ向かってくる。

「ぜってー助けるからな……!」

 蓮は剣を構えてオークの動きに気をつける。

 不安なのか、蓮の服の裾を掴む子供に、蓮は強く声をかけるがしかし。

 子供から言われた言葉は予想だにしないことだった。

「コウくんを殺さないで!」

「えっ? それってどういう……」

 思っても見なかった言葉に蓮は気を取られ、オークの動きに対して反応が遅れた。

 大きく振りかぶったオークの攻撃をすんでのところで剣で受け止める蓮。

 しかし万全ではない体勢で受けたために力がうまく入らない。

 このままでは力負けして頭が割られると思った時だった。

 オークの体がぐらりと横によろめき、そのまま地面に倒れた。

 何が起こったのかよく分からず、僅かの間はオークを警戒して視線を離さない。

 だが地面に伏したオークの側頭部に穴が空いており、血が流れているのを見て蓮は気づく。

 これは銃による狙撃だ。

 弾の発射ポイントだろうと思われる方向を見てみると、ちょっと高い場所に黒い影が二つ見えた。

「助かった……」

 二人の姿ははっきりとは確認できない。

 それほどの距離を正確に撃ち抜くとは、本当に柔造はすごい人だったのだと理解する。

 しかし今は感動している場合ではない。

「逃げるぞ!」

 蓮は子供を抱えて安全な場所まで駆け抜けた。


「貴様どういうつもりだ!」

 子供と一緒に避難所まで戻ると慎也が鬼のような形相で詰めてきた。

「いや、だからこの子が危なくて……」

「まず報告してから行動だ! 勝手な行動はお前だけでなく全員の命を危険に晒すんだぞ!」

「悪かったって……」

 まともに初めて会話したと思ったらこれである。

 蓮は顔をしゅんとさせつつ、子供を地面に下ろした。

 子供はありがとうと言って皆のところへと走っていく。担任と思しき先生が泣きながら抱きしめていた。

「次からは気をつけるよ……」

「貴様のように短絡的な人間は好かん。なぜ俺が貴様の尻拭いをしなければならん……! そもそもなぜ今頃になって入隊などということに。今から素人を入れても俺に取ってはデメリットしか――」

 何を言われても危険に晒したのは蓮なので言い返すこともできない。

 しょんぼりとしおらしくなりながら蓮は言われるがままだった。

「おーおー、あんまり喧嘩すなよ〜。仲ようしぃ」

「柔造! そもそも貴様がこんな奴の入隊を認めなければこんなことにはならなかったんだ!」

「お前なぁ、隊員同士仲良くできんとあかんで。そこがお前の弱いとこや。俺より強くなってから文句言え」

「ぐっ……」

 慎也は他にも言いたいことはありそうだったが、それ以上柔造に言い返すことはせず、車に戻っていった。

 それと入れ替わるように芽依がとててと走ってくる。

「諸々の引き継ぎ完了しました!」

「おぉ、さんきゅーな。出るまでもう少し時間あるから、芽依ちゃんはじゃあ怪我人の手当てしたってくれ」

「はい!」

 蓮たちが戻ってすぐ、麗さんの方も片がついたらしい。

 他に逃げ遅れた人がいないと判明したところで麗さんは本気を出し、建物などに少々の被害を出しつつモンスターを倒したという。

 蓮が見た姿は逃げ遅れた人に被害が出ないように力を抑えていたものだと聞いて、一層麗の力の凄さに驚いた。

 蓮は今日一日、周りの凄さに驚いてばかりだ。

「そういえば麗さんは?」

「車ですやすやや。結構長い戦いやったからな。あの人の変身もギリギリだったみたいや」

「そうか」

 ということは今はもう子供の姿に戻っているということだろう。

「それで蓮、お前どうしてオークを前に気を抜いた」

 柔造はこれから説教を始めるとでも言いたげな雰囲気で続けた。

「下手したらお前死んでたで。死ぬためにウチ入ったわけじゃないやろ」

「それはもちろん……。ただあの直前、なんか子供に気になることを言われて」

「気になること?」

「たしか、コウくんを殺さないで、だっけかな。ちょっと周りもうるさかったし合ってるかわかんねぇけど」

 そうだ。コウくんが誰かは分からないが、殺さないでと言われたのだ。

 あの周りにまだ子供がいたとは思えない。

 もしやあの子の名前がコウで、蓮が持っていた剣で殺されると思ったのだろうか。

 柔造も少し考え込むように黙った後、応えた。

「まぁ聞き間違いか勘違いやろ。次からは何があっても油断するなよ」

「お、おう……」

「ほな、ワシはちょいと電話してくるわ! 戻ったら車に乗ってみんなで帰るで〜」

 無理やり会話を切るように終わらせた印象を受けた蓮は曖昧に返す。

 柔造はしかし気にした様子もなく、ケロッといつもの様子に戻って行ってしまった。

 変に思うものの、何がおかしいのか分からず、蓮はしばらくそこに立っていた。

 これが蓮のマタイ討伐課五番隊として初めての活動だった。

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