第7話ー① マタイ討伐課五番隊とパトロール

 座学と戦闘訓練を終えた蓮は芽依に連れられて五番隊の隊室に来ていた。

「お茶飲みますか?」

「おぅ、ありがとな!」

「芽依ちゃんワシの分も頼むわ〜」

「了解です。小早川さんはどうですか?」

「俺は大丈夫だ」

「はーい」

 ケトルからお湯を急須に入れて芽依がお茶を作っている間、蓮は改めて隊室を見回していた。

 窓際に二対二で向かい合うように配置された机。その一つに座って書類の山と向き合う柔造と。

 入口側のソファとローテーブルが置かれた簡易的な座談スペース。ソファに座りながら慎也は背筋をピンと伸ばして目を瞑っている。寝ているのではないようで、瞑想かイメージトレーニングをしているのだろう。

 ちなみに蓮もソファに座っているのだが、後から来た慎也は対角の位置に座った。

 そして麗は窓際の日の当たる席で机に突っ伏して眠っていた。

「どうぞ、熱いので気をつけてくださいね」

「さんきゅー」

 湯呑み越しにお茶の熱を感じながら、フーッと息をかけて冷ます。

 数回吹きかけてずぞぞと飲むが、熱い。一旦冷めるまで置いておくことにした。

 蓮がお茶と格闘している間に芽依はお盆を片づけ、蓮の隣にちょこんと腰掛ける。続いて柔造も座談スペースにやってくると、お茶を一気に飲み干した。

「アッツ!!」

「そりゃ淹れたてなんだから熱いだろ……」

「気をつけてくださいって言ったじゃないですか……」

「書類に集中しすぎてて聞いとらんかった……」

 蓮と芽依は呆れたように、柔造は悲しげに口を曲げた。

 しかしそんなことには一切興味ないというように慎也が本題に入る。

「今日は何をするんだ」

 ちょっとくらい心配してくれても、と半べそを掻きながら柔造はホワイトボードに書き込み始めた。

 簡単に描かれているが、マタイとその周辺の地図だろうと分かる。

 大体半径1キロメートルくらいだろうか。

 柔造は描き終えると三人の方に向かって。

「今日はパトロールをする。蓮も入って初めての隊の活動やからな。エリアとしては案内含めてってことでマタイ周辺にしてもらった」

「へー、パトロールか。モンスターが出てないか見て回るってことだよな」

「そゆことやな。自然発生したモンスターの被害を未然に防げれば万々歳やし、あとはモンスター発生の通報があったときにすぐ駆けつけられるように街中に出とくっていう意図もある」

「大事だな」

「大事やで」

「討伐課は全部で五つの隊がありますけど、それぞれが持ち回りでエリアをパトロールしてるんです。他のエリアだと渋谷新宿あたりとか、横浜方面や埼玉方面まで行ったりもしますね」

「結構遠くまで行くんだな」

「万年人不足なので……。私たちの手の届かない北関東エリアとかになってしまうと、民間委託していたりもしますね」

「まぁ大変だよなぁ」

「はい。私たちマタイ東京本部の管轄エリアは関東なんですが、警察の皆さんとも連携したりして、なんとかやってるって感じですね」

 五つの隊で関東を守らなければならないというのは非常に厳しいものがありそうだ。

 それほどまでにマタイは人手不足なのだ。

 他に京都や仙台、福岡支部も存在するという話だが、どこも状況はさほど変わらないとマタイについての勉強で芽依に教えてもらった。

「芽依ちゃん補足ありがとな。それじゃあお前ら武器持ってパトロール行くで〜」

 締まらないな、と思いながらも席を立つ皆に合わせて蓮も立ち上がった。

 皆は隊室の自分のロッカーから武器を取り出したが、蓮はまだない。

 どうしたら良いものかと柔造に声をかけようとしたところ、柔造から先に物を渡された。

「ほれ、これが蓮の武器や」

「おぉ、サンキュー」

 軽いノリで渡されたが、その重さは数キロはあるだろう。

 両手でしっかりと受け止めた。

 革でできた鞘から柄が伸びている。鞘を少しだけ外して中を覗いてみると、反射するように磨かれた銀色の刀身が見えた。

「うお……」

 見ただけでわかる。これが本物の武器。

 感動なのか、恐れなのか。蓮の口から声が漏れ出た。

「…………外では無闇に出しちゃダメだよ。……マタイでも不必要な武器の取り出しは警察に捕まるから」

「あ、うっす!」

 気づけば背に乗ってきていた麗が肩越しに注意する。麗もレイピアを腰の後ろに提げていた。

 蓮は剣を鞘に納め、しっかりと脱落防止ストラップをつけた。

 これはモンスターを倒すための武器ではあるが、その殺傷能力は当然人間にも通用してしまう。

 取り扱いには十分注意しなければならない。

「ほれ、早よ行くで〜」

 先に行っていた柔造に呼ばれて蓮は駆け足で隊室を後にした。


 黒と緑で塗られた乗用車に、五人は乗って街中をぐるぐると周る。

「おっ、あそこにある蕎麦屋さんは美味いで。今度昼飯にでも行こうや」

 ハンドルを操作している柔造が、赤信号で止まった隙を見て顎で示した。

 パトロールと言いながら、さっきからやってることはこんな感じの街案内である。

 後部座席の真ん中のシートに座り、頭をこちらに預けて眠る麗を起こさないよう、少しだけ体を前に出して蓮は柔造に尋ねた。

「あのさ、いつもこんな感じなの? やる意味ある?」

「言うたやろ〜。今日は案内も兼ねてるって。というかぶっちゃけパトロールなんてやってるフリだけしとけばええねん」

「なんだそれ」

 あまりにぶっちゃける柔造に、少し蓮は顔を曇らせる。

 柔造はため息を吐いてやるせないと言うように。

「考えてもみぃ。たった五部隊、まぁ今は一番隊は遠征中やから実質四部隊で、関東をパトロールして意味あると思うか? あまりにカバーできてない範囲多すぎるやろ」

「まぁそれはそうかもしれねぇけど、民間と委託してるんだろ?」

「ガチで遠いところはそうやな。だとしても東京だけでも見るんはキツイやろ。モンスターへの対応は通報受けてからが九十パーセント以上や。パトロールはな、俺らが見回ってますよ〜って街の人にアピールして安心してもらうことやねん」

「なぁんだ、そうだったのか」

「こうやって活動してるとこ見せとかんとうるさい人たちもおるからなぁ……」

 苦労が透けて見えるほどに柔造はがっくりと肩を落とした。

「そう言うわけなので、あとの時間は正直暇です! ですのでーー」

 助手席でナビをしていた芽依が少しだけ体を後ろに捻って鞄から取り出した物を蓮に見せる。

 手に持っていたのは、教科書と参考書だった。

「今の時間も勉強に費やしましょう!」

「マジかよ……。ようやくそれらしい活動ができると思ったのに……」

「まぁまぁ、通報があったら急行して戦うことにはなるから、心構えは作っておいてな」

「おー」

 芽依が問題を出して、蓮がそれに答える。

 何度も間違えては解説を聴いて覚えることを繰り返した。

 後部座席でずっと窓の外を見ていた慎也の目がどこか冷ややかに思えた。


 何十問か、頭がそろそろパンクしそうなほど熱を持ち始めた頃。

 車のフロントに備え付けてあった無線機が煩く鳴った。

「はい、こちら五番隊八重」

 柔造は慣れた手つきで、ハンドルを握る片手で無線機の応答を押す。

 一瞬で車内を緊張が走ったのが蓮にも目に見えて分かった。

 無線機から聞こえてくるノイズ混じりの声は、モンスターの発生の通報と、現場への急行の命を伝えた。

「了解。五番隊現場へ向かいます」

 無線からの指示を聞きながら、既に芽依がナビに目的地を設定していた。

 無線通信が切れると、柔造はスイッチを一つ入れ、アクセルを踏む。

 乗っている車の外側で大きな音でサイレンが鳴っているのが分かる。

 その音を聞いた他の車が車道の端によって蓮たちの車の行く先を開けた。

「現場までおよそ十五分です!」

「っ、十五分か……。ちぃと遠いな。少しだけ飛ばすで、しっかり捕まっとき」 

 言うが早いか、柔造はアクセルをさらに踏み込み、蓮たちは座席に押し付けられるのを感じた。

 先ほどまでの雰囲気とはガラリと変わり、無駄口は一切無くなっている。

「…………着いたらまず慎也くんと蓮くんは市民の安全確保ね。…………私がモンスターをいっぱい倒すから、柔造は私の手の届かないところのモンスターを抑えて。…………芽依ちゃんはいつも通り柔造のサポートしてあげてね」

 いつの間にか起きていた麗が各々に指示を出す。

 皆が返事をしている中、虚をつかれた蓮だけがワンテンポ遅れて返事をした。

「…………蓮くん、大丈夫?」

 こちらを見上げて問う麗に、蓮はドキリとする。

 今まで守られる側だった自分が、今度は守る側としてモンスターの前に立たなければならない。

 改めてそれを思うと、少しだけ体に力が入る。

「…………リラックス、しよ? …………蓮くんなら大丈夫」

「うっす……!」

 心に決めた誓いを、心の中に燃える想いを蓮は思い出す。

 武器がない時ですら立ち向かえたのだ。今はもうただ弱いだけの自分ではない。

「……っし!」

 両手で頬を叩いて気合を入れる。

「絶対誰も殺させねぇ!」

「…………うん、いい気合」

「やる気なのはええけど、無茶はせんといてなぁ」

「一緒に頑張りましょう!」

「ふん……」

 各々に準備をしつつ、五番隊は現場へと向かった。

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