第11話 外来日

「黒住先生、今の方で終わりです。お疲れ様でした。」


看護師の武藤さんの声が診察室の奥からかかる。


「ありがとうございます」


ふーっと息をつく。


今日はへとへとだ。


昼と夜の診療で60人近くが来院した。


殆どが前回と同じ、いわゆる”do処方”だが、新規の患者さんも多くいたため、タイムマネジメントに手こずった。


ある程度は仕方のないところもあるが、時間が押してしまうとスタッフの機嫌や待っている患者さんの機嫌も損ねてしまうため、できるだけオンタイムで診療を進める必要性は自覚している。


私はテキパキと診療を進めるのがどこか苦手だ。問診や身体診察もどうしても気になって丁寧になってしまう。


前の市中病院の時も上司に診察が遅いと咎められたことが何度かある。


椅子の背もたれに体重を預け、クリニックの天井を見上げた。


どうしたものか…。こんな調子でさらにこの「秋葉原うえすぎ内科」の外来日担当を1日増やすなど…。


「先生おつかれさん、今日は激しかったみたいだな」


突如としてダンディな声が診察室に響いた。


缶コーヒーを持った上杉院長の姿がそこにはあった。


「上杉先生、今日クリニック来られる日じゃないんじゃ」


缶コーヒーが机に置かれる。目配せでどうぞと言われる。


「先週から池袋院を非常勤の先生に任せることになってね。今日はフリーにしているんだ」


会釈してコーヒーのプルタブを開けると一口飲んだ。


「それで昼間ヨヨギカメラに…。先程はありがとうございました」


「いいよいいよ、というか先生は買い物に来てたの?」


「あ、スマホが壊れてしまいまして…。」


「そうだったか。だから返事がなかったんだな」


ニヤニヤとした顔を浮かべる上杉先生は少しおちゃめだった。


「すみません、、。ちなみに先生も買い物ですか?」


「俺は巡視日だったからね。時々顔を出している」


巡視日とは産業医巡視のことだろう。ヨヨギカメラという大企業の産業医も務める男、上杉謙一はいつもビッグだ。


「ところで最近、ヨヨギカメラで倒れる従業員がかなり多いらしい。先週や先々週も同じようなことがあって救急車が来たらしいよ」


ずずっとブラックコーヒーを煽ると虚空をみるめる。


「そんな毎週毎週倒れる人がでるもんなんでしょうか」


「わからん。確認してみたがストレスチェックも問題ないし、器質的な疾患も問題なかった。」



突如として心肺停止状態になる人間が町中で出るのは珍しくない。だが同一の場所で毎週救急車が呼ばれるというのはいささか不可解だ。


ヨヨギカメラで連続体調不良者。


少し気になった。


「で、外来日、増やすのどう?」


巨体は微笑みながら問いかけてくる。メールの案件だった。


上杉院長から来たメールは、週3担当している「秋葉原うえすぎ内科」の担当日を週4に増やさないかという案件だった。土曜の午前を担当していた先生が退職することになったという。


半日増えるだけであったが、「秋葉原うえすぎ内科」の患者は常に多いため、少し不安ではあった。


「正直少し不安で。でも気持ちとしてはやってみたいです。」


上杉先生の期待に答えたいという気持ちは嘘偽りなかった。


「まあ私は黒住先生を特に心配していない。うちにも慣れてきて、先生にもっとうちに関わってもらいたいと思っているからね」


そう言って貰えるのはありがたい。


「あと一週間待ってもらえませんか。正式に連絡させてください」


「わかったよ。黒住先生の返事楽しみにしてるね。」


手をひらひらとふって診察室に奥に消えていく姿を見送った。


—————————


市中病院のときの失敗を思い出す。

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