2章 ヨヨギカメラ

第8話 スマホ、壊れる

その日黒住ゆきは秋葉原駅直結の家電量販店、ヨヨギカメラを汗だくで走り抜けていた。


まさかこんなことになるとは1時間前の自分は思いもしなかっただろう。


——————————————

涼しい季節となり、トレンチコートを羽織るひとも見えてきた10月後半。


昼過ぎの空は青く澄んでいて、心地よかった。


ゆきは浅草橋の家から徒歩で秋葉原に向かう。「秋葉原うえすぎ内科」に勤め始めてから、住み慣れた中野から、浅草橋に引っ越した。


浅草橋は2路線が使えるにも関わらず、家賃は少し安めだ。下町っぽい空気や、隅田川が近いのも割と気に入っている。


いつものように「秋葉原うえすぎ内科」に徒歩で向かう途中のこと。


ゆきは院長の上杉謙一にメールを返していた。勤務日を1日増やせないかという相談だった。


悩ましい。だが、あまりうじうじしていてもよくない。早めに意思を表示せねば。


うんうんうなりながら文章を考えて、だいたい昭和通りにかかるくらいのころ。



スマホの画面が突如として暗転し、電源がつかなくなった。


ブンブンと振っても、テレビよろしく叩いてみても、うんともすんとも言わない。



これは完全に壊れたくさい。


やばい、はやく上杉先生にメールを返さないと…。


あいにく私用のパソコンは持ってきていない。


診療開始まであと1時間ある。


幸運にも秋葉原は日本随一の電気街。


なんとかスマホをはやく買い替えて、うえすぎ内科に向かうとしよう。


残念ながら、今日はマジカルプリティドームへのご帰宅はスキップだ。




昭和通りの横断歩道をわたって右手に見える大型家電量販店のヨヨギカメラに早足で入る。


陽気なヨヨギカメラのテーマソングが店内BGMでかかっているが、耳を傾けている余裕はない。


自分の契約しているキャリアのブースに向かい、店員さんに話しかけようとしたその時だった。



隣のブースから甲高い悲鳴が聞こえた。


人だかりができている。



嫌な予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る