第2話
だから、君を責めるつもりはない。
ただ、とても残念だ」
もうこれ以上言わないでくれ。
「この話はもういい。君は一足先にこの城に戻っていたんだな。
無事で良かったよ。乾杯しよう」
彼は困惑していたが俺が思っていたより取り乱してなく安堵しているようにも見られた。
「あぁ、乾杯」
部屋に戻ると、フラットが机に向かっていた。
その時、現実を突きつけられた。
俺は捕虜のようなものだったな。
「おかえり。遅かったね。てっきり逃げたかと」
俺が睨むと笑っていた。
「冗談だよ。真に受けないでくれよ。
僕はまだ報告書などが残っているから寝れないな。
リードは寝てもいいよ」
顔のわりにチャラチャラしているところがあるフラットだが、学生時代から勉強等はしっかりとしていた。提出物は完璧だったし。
「ちゃんと仕事をしてるんだな」
「まぁね。騎士長だから新人育成など色々あるんだよ。また手伝ってもらおうかな」
この部屋にベッドは一つしかない。
「野郎と寝たくねぇ。俺は床で寝る」
「やめときなよ。明日の訓練に響く。
僕は隣の部屋のベッドで寝るからここで寝れば」
入り口は一つでいくつも部屋があった。
騎士長は優遇されているな。
正直へとへとで酒も回り睡魔に襲われていた。
倒れこむようにベッドにうつ伏せると、目を閉じた。
不思議と男の匂いはしない。
「流石、騎士長。
部屋の数が多い上にベッドも複数あるとは。
多くの女を連れ込んできたんだろう」
「なっ、僕は女を連れ込んだことはない」
フラットが狼狽えた。面白い。そういえば昔から純情なとこがあったな、好きな女性には奥手というか。
「今度、口説き落とす方法を教えてやるよ」
「いらん」
背中を向けたまま微動だにしない。
「僕は寝るから。電気は消せよ」
隣の部屋に入っていった。
俺はこの事態に今だ理解できず、暫く考え込んでいた。
自分の部屋で今晩も寝ているはずだったのに。
野郎の部屋で寝ることになるとは。
わがままで性格はとても悪かったが、ソフィア様のことは好きだった。
時計の長い針が二週回ったところで我に返った。
実行するときが来た。
ベッドの上の無防備なその背中に近づいた。
息を殺して足音は消す。喉がカラカラに乾いてきた。
手を伸ばしテーブルのフォークを手に取る。
ベッドの脇に立ち見下ろす。ここに一刺しできれば。
「寝首をかくつもりなら、やめておけ」
心臓の音が聞こえる。
寝返りをうった彼の目が薄く開かれた。
「さぁ、ばれてしまった。この先どうするか。
そこにあるフォークで僕を殺すか。
紐ならいくつだってある。
僕のネクタイやベッドの紐、服のベルト。
さぁどれを使う」
目がゾッとするほど冷たかった。
いつものふざけた調子ではなく、低い声が響く。
瞬間に殺意が目に見えた。
「自分と姫の命が狙われたら、話は別だ。
みすみす殺されてやるわけにもいかない。
僕だって容赦はしないよ」
彼は裾から短刀を取り出した。
腕が同等くらいの相手に至近距離で狙われたら、俺も勝ち目がない。
「冗談」
後ろに下がった。これなら、拳銃でも用意しておくんだった。
頭を撃ち抜いて即死。
「僕を殺したら解決で大団円。
下部になるくらいなら殺してしまえと。
友人だと思っていたのに残念だ」
月が彼の横顔を照らす。瞳に光が反射する。
「殺せるならいつでもその首を狙う」
「やれるもんならやってみろ」
彼は本気にしていないのか、手を振って俺の横を通りすぎた。
「目が覚めてしまった。これじゃ寝られないな。
飲まないか」
どれだけ俺のことを馬鹿にするのか。
俺も背中についてダイニングテーブルに向かう。
壁に掛かっている年代物の高級ワインを手に取り、グラスに注ぎ、俺の目の前に置いた。
「どうぞ」
俺は不貞腐れつつ喉に流した。口当たりがよく渋さも感じる。
「危機管理が出来てないな。僕が毒でも盛ってたらどうする」
彼の笑う横顔を懐かしく感じる。ついさっきまで殺しあっていたのに、気が変になっているのだろうか。
「そーいえば、ハリス様はヤード・サック王子の失脚により騎士団長を解雇されたらしい。何やら失脚したのは、あのホール家の令嬢が関係しているとか」
「へぇ」
向かいに座り顔を眺める。
「ホール家の令嬢の婚約パーティーに今度呼ばれる。
元軍人のエルマンド・ターカーがアプローチをかけて落としたということらしい。
良ければリードも来るといいよ」
「今はとてもそんな気分になれない」
「君もそろそろ相手を探すとかいいんじゃない」
俺が黙って首を横にふると、彼は困ったように僅かに眉を下げた。
「気晴らしになるからさ。
現状はすぐにどうこうなる話じゃないだろう。
あぁ、その際に令嬢の執事であるサン・ロマーヌも見てこよう。
奴は切れ者で面白い話が出来そうだ」
「あぁ。俺も行くことにする」
彼は口角を少しだけ上げた。
「そのサン・ロマーヌとやらに興味が沸いた。
あと、ソフィア様と会えるようになるまで精進する。
塞いでいても仕方がないな。
俺が何をしたところで俺の世界は何も変わらない。
国が返ってくることも、ソフィア様に会えることもない」
俺の部下達も既に遠方に出ていっているし、その他はこの城で仕えている。
「物わかりがよくて良かったよ。酔いが回ってきたし寝るから」
背中を黙って見送った。
彼は廊下の途中で振り返ると俺の顔をじっと見つめていた。
「今度やったら分かるね?」
「わーってるよ。おやすみ」
今日はもうけしかけるつもりはない。また明日、最短の解決策を考えよう。
俺は慣れないベッドに寝転がり天井を見上げた。流石に豪華絢爛なシャンデリアがぶら下がり、月が窓から覗いている。
今日は満月か。首から下げたペンダントをシャツから出し、光にあてる。
「約束を果たそう」
タキシードの姿勢がいい男が目先に立っている。
彼は騎士の集まりの中に入ると小柄で華奢な方に入りそうに見える。
フラットが顎で彼を示した。
彼の近くへ行くと、フラットはにこやかに話しかけた。
「サン・ロマーヌ君だね。話に聞いているよ」
振り返って彼は丁寧にお辞儀をした。
上げた顔は同年代だと思うが、大人っぽい。
「フラット様についても存じ上げております。ようこそお出で下さいました。お目にかかれて光栄です」
フラットは持ち前の積極的さで彼の肩を抱いた。
「君とはもう少し親密に話をしたいんだよ。目上のようなご丁寧な話し方はやめようじゃないか」
「騎士長さまには恐れ多いです」
彼は困った顔で言う。俺は助けに入ろうと近づいた。
「どうも。仕えているお嬢様がご結婚とはおめでたい。呼んでくれてありがとう」
彼は俺の顔を見ると、フラットと見比べた。
フラットは意味ありげに僕の連れだ、と言った。
彼はなんだかやけに居心地が悪そうにしている。
「貴方はリード様」
「なんだ知っているのか」
「ええ、とても強い騎士だと聞いております」
国は近隣だけでも6ヶ国が隣接している。多くの人民も多くの土地もある。
小国の騎士の名前なんて知ってるだろうか。
「隣国でも騎士の話をするのか」
彼は頷いた。
「ええ、ここだけの話ですが引き抜きを考えている国も多くあります。
自分の国の騎士団長にして、騎士の育成にリード様を招きたいと考えているようで」
ロマーヌがフラットに目配せをした。
秘密にしていることがある。そんな様子だ。
不審に思いながらも、三人でテーブルを囲んだ。
おめでたい日だというのに、ロマーヌの顔がどこか浮かない。
「お嬢様が嫁入りは不安か?」
俺が尋ねると彼はもっと沈んだ顔をした。
「いえ、とても」
彼は言葉を詰まらせた。
「…嬉しいのですが、寂しさが勝つんでしょうね」
俺は成る程と感心した。執事とお嬢様といっても幼馴染みだというから、長年一緒にいる。他の男のもとに嫁ぐとなっては複雑だろうな。
それがエルマンド氏とあっては。
男から見ても理想的な方だ。
「笑って見送ってやれよ」
「ええ」
彼は表情を曇らせながらも頷いた。
彼は式の直前になるとホール家の席に戻って行った。
その後の事は皆、知っているだろう。
詳しくは「執事と姫の腐れ縁。さざめき」 を参照してもらいたい。
俺達は自分の城に戻りフラットとカードゲームをしていた。
「エルマンド氏の結婚が取り消しになって一部の女性は喜んでるだろうね。皮肉なもんだね。
でも、エルマンド氏は今結婚をしなくても相手を選べるんだから、本気になればいくらでも結婚出来るだろう」
「確かにな」
トランプの小気味いい音が静かな部屋に満ちる。
「それより。一つ疑問がある。
何故、国王は側近のルーマンエリアなんだ。
貴様の国のウォーク・ハリス王で良かったじゃないか。
それに、俺達騎士や姫は貴様の国に引き取られただろう」
テーブルの上でトランプを混ぜている手が止まった。
「どうした。ロマーヌ君も変だったが」
訝しげに見ると、彼は顔を少し背けた。
「ん、いや。なんでもない」
明らかに不可解な言動が増えていた。
そのすぐ後、俺はその行動の意味を知ることとなった。
シャワールームからの帰りに離れの壁に掲示板を見た。
街で発行されているチラシや新聞が張られている。
―謀反により、王政改革―
記事を読み進めるとこんなものだった。
―(省略)チャーチ家の悪事を見ていた側近の告発によって謀反があった。
チャーチ家は全員粛清され、騎士達は処分された。
団結して国家転覆を目論むことが出来ない程まで解体された。一部の騎士は自害に追い込まれた。
新たに擁立されるはずだった他国の第三王子だが、まだ未熟者だった。
王子が経験を積み、器が出来るまでは元側近のルーマン・エリアが摂政となる。国王という名前もルーマン・エリアに与えられるだろう。―
「表向きは謀反だって」
驚きを隠せずにいた。
俺達はてっきりフラットの国に侵略されたものだと思っていた。
感情が高ぶったまま部屋に戻り扉を乱暴に思い切り開けた。
「貴様」
彼の胸ぐらを掴み上げると、相変わらず腹の立つ冷ややかな目が見据えている。
「何を怒っている。まぁ落ち着きなよ」
「落ち着いてられるか。貴様は分かってたのか。
それなのに俺に何も伝えなかった。
俺の国と同盟を結んでいただろう。
同盟国の俺の国を裏切って、あんな酷いことを」
彼は俺の手を振りほどき、その手で服を整えた。
「聞きたいことがある。
騎士は一人も自害なんてしていないし、姫も生きているんだろう。
俺達の処遇は前もって決められていたんだな」
「あぁ。騎士は処刑、チャーチ家は滅亡させるという契約だった。
実行は俺達の国が行い報酬をもらう。
でも僕はやっぱり情が勝ってしまったよ」
彼は慈しむような笑みでいる。
それが気にくわなくて声を荒らげる。
「奴と共謀して俺達の国を乗っ取ったってのか。
もともと全て想定の上で」
「そう」
彼は被せるようにくいぎみに答えた。
「名推理。だけど、ちょっと違うね。
不正解85点。共謀と見せかけての奴は手の内だ」
彼はソファから立ち上がると、チェス盤上の駒を取り上げた。
「ルーマン・エリアは王になれる素質も器もない。
元々チャーチ家のただの側近なんだから。
僕はそそのかしただけ。シナリオは考えてある。
そして、切り捨てる」
キングの駒が倒れた。
もう一つ気になることがある。
あの記事に載ってあったことだ。
―(省略)告発には大変な勇気と準備が要っただろう。ルーマンはある人物に助言を得たと言っている。
「酒場で出会った青年がそれはもう頭が切れる奴で。そこで成功する方法を思い付いた。
彼とはそれ以来会っていないし、見てもいないね。
今度会ったら感謝したいよ」―
この人物とは誰なのかがまだ分からない。
「酒場の奴が詳しく策略を考えていたらしい。
そして、何度か会って話をしていた。
だからこそ成功したと言える。
素人がなんて余計なことを」
俺は机に拳を叩きつけた。
テーブルのワインの水面が揺れ食器は音をたてる。
最後の答えが見えない。
暫くの沈黙を破ったのは彼だった。
「それは、僕だよ」
耳を疑った。ゆっくりと彼の顔を見返した。
「酒の場で変装して別人として話を持ちかけた。
内容としては、隣国と契約を交わして国王になる最短ルートを伝えた。
ちゃんとシナリオ通りに進んでいる」
満足そうに目を細めた。
「一国を滅ぼしたのにそんなに心安らかにいられるのか、悪魔」
彼は葡萄を一粒摘まみ目の前に上げた。
「心外だな。もともと危うくなっていた君の国を救うにはこれしかなかったんだよ」
「結果的には救われてないじゃないか」
不適な笑みで俺に近づくと、手袋の指先で俺の額を押した。
「一番綺麗な形でハリス家を国王にする。その為には捨て駒がいる」
見上げたその顔は驚くほど表情がなかった。
「それがルーマンなのか。
つまりは、意図的にルーマンが失脚するきっかけをつくれば、国を建て直ししている姿を見せられ信頼が高まる」
「そう。そして領土を広げ、作物を作り、王の汚職と腐った制度を潰し、自由な国を作る。
結果的に貧しい国が救われる。それが最適解だ」
「つくづく恐ろしい奴だ」
ルーマンが少し気の毒に思えた。
初めからただの捨て駒だったとは。
束の間の夢を楽しめ。
「ソフィア姫は死んだことになっている。
そういう契約で。因みにお前も殉死ということに」
正直、呆れたがよくもここまでシナリオを思い付いたものだと思った。
「小説家になれるな。
ロマーヌ君は、俺を滅ぼされた国の騎士だと知っていた。
新聞で死んだと思われていた俺の生存と滅ぼした国の家臣についたことを知った。
そういう訳で気まずそうだったのか」
ゆっくりと頷いた。
「現段階では、俺が謀って実行したことは誰も知らない。協力し攻め落としたのは俺達の兵だけど。
今からルーマン失脚、ハリス家が代わりに統治、そこで結果を出す」
納得したくはないが腑に落ちた。
「王様と妃様は自害。姫様は保護。
チャーチ家を滅ぼす必要はあったのか」
「賢い君には分かると思うよ。同じ国に王政は二つ作れない」
冷ややかな声色だった。
「弱肉強食で負けたという訳か」
「君たち内側の人間は知らないだろうが、王と妃は裏で様々な組織と繋がっていた。
このままいけば、破産だけでなく悪い組織から流れてきた物で治安が悪くなり、弊害が出て、国として機能しなくなる。
詳しいことはもう終わったことだから君には伝えないでおくよ」
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