騎士団長は捕虜になった俺に何故か甘すぎる

森川圭介

第1話

さっきまであんなに強気だった男が今は俯いている。

「僕はこういうのに疎いんだよ。今まで誰とも恋愛関係に発展したことがないんだ」

フラットは耳まで赤くなった顔を上げた。

「こういう時にどういう顔をしていいか分からない」

「てっきり、遊び慣れてると思っていた」

俺は見たことのない表情に戸惑っていた。

「女性に言い寄られることはあったが、ずっと僕は君に片思いだった。いまこうして君と思いが通じて」

「静かに」

手で口を塞ぐと彼は驚いたように目を開いた。

追手は目の前を通り過ぎていった。

「狭いな。もっと奥に寄れないか」

俺が少し奥に詰めると、より距離が近づいて彼の香りが強くなった。耳元で呼吸音がする。

もうどちらの心臓の音か分からない。

やばい、俺の理性が崩れそうだ。

彼の首筋に汗が流れる。

きめ細かい肌と長い睫毛が視界に入る。

「そんなにジロジロと見ないでくれないか」

「しょうがないだろう。狭いんだから」

すると彼は吐息を漏らした。

「耳元で話さないでくれ。腰にくる」

俺の背に回された手が少し震えている。

俺に身体を預けるように寄り掛かり、彼の首元のクラヴァットが俺の頬に触れる。

薄く開けられた目が俺の方をじっと見つめ返している。

こんな関係になるとは思ってもいなかった。

俺達は敵国の騎士だったのに。


****

剣の先が銀色に光る。

その剣を首筋に当てられ、跪いている男がいる。

「残念だ。こんな形でお別れになるとは。

もう少し、君と楽しめたら良かったのだけれど」

強い風が吹き、彼の前髪を巻き上げた。

黒い瞳はじっと男を見つめている。

「何か言い残したことはないか、リード」

名前を呼ばれピクリと反応し顔を上げた。

彼は唇を強く噛み声を絞り出した。

「姫様だけはどうか。俺のことはどうだっていい、どうしようが構わない。フラットこの通りだ」

リードは強い眼差しを彼に向けたが、彼の冷たい瞳は揺らがない。

「この場に及んで泣き言を言うのか。

君に限って、最期の言葉がそれとは。

悪いが、姫様の無事は保証出来ないよ」

彼は強がっていた姿勢を崩し完全に戦意喪失した。

彼は着ている薄汚れた服の裾を握りしめていた。

「くっ…殺すなら、早く殺せ。

姫様を守れなかった俺に生きている資格はない」

剣を目前にすると、やはり彼の肩は震えていた。

「君は実に優秀だった。僕の宿敵として相応しかった。

こんな人材は他の国にはいないよ。君を無くすとは、惜しいことをするな。

僕の手で君を殺めたくはない」

沈黙が続いた。

「君にチャンスをあげよう。

我がリザ姫の左腕にならないか」

顔を上げた彼の目には怒りの色が見える。

「屈辱的だ。他の主に騎士として仕えるなんて、寝返ったと思われる。

それに、ソフィア姫がいなくては俺の価値なんて」

フラットは笑い声を上げた。

「勘違いしないでほしいな。

城は攻め落としたが、虐殺は行っていない。

兵達は姫の下につくように説得し、つかない場合は家族と船で別の国へ分けて流した。今後、団結できないようにね。

勿論、姫の下についたら、僕達の兵と変わらずとても良い待遇をしている。良心的だろう」

リードは歯軋りをした。

「ソフィア姫がいなくなった以上、俺に生きる目的はない」

「君が死ぬことも出来ないよ。

君の命を握っているのは僕達だからね、諦めたまえ。

ソフィア姫が君のそんな姿を望むと思うかい。

もし、僕が君を殺さなかったとして、廃人になった君を見てなんと言うだろうね」

彼は沈黙したまま、項垂れた。

「まぁ、いい。こんなところで話もなんだし」

リードの手首を後ろで縛ると、歩き出した。

城の扉が開くと、使用人らしき女性達の歓声が湧いた。

「おかえりなさい、フラット様」

リードは俯いたままフラットの後ろをついて歩いた。

コソコソとリードのことを話す使用人の他に何人かの騎士が呟いた。

「フラットの下で捕虜になるなんて可愛そうに」

「あの人は厳しいからな」

フラットは昔からシビアなところがあり、常にニコニコしているわけではない。

部屋に招き入れられた。

装飾の施されたテーブルやカーテン、ベッドが並び不似合いだ。

部屋は明かりが点り、適温に保たれている。

「俺を捕虜にするには、随分と綺麗な部屋にいれるんだな。

汚くて暗い監獄か何かだと思っていた」

フラットは彼を振り返ると微笑んだ。

「それに近いよ。くつろいでくれ、お茶でも飲むかい。

さっきも言ったけれど、リザ姫の騎士になってもらう。捕虜にはさせないさ。

朝昼晩の食事付き、部屋もあるし、給料だってトップクラス。悪い話ではないと思うが」

「ならないと言っただろう。なるくらいなら死んだ方がマシだ」

「ふうん。本当にそう言えるのかな」

剣を壁に立て掛けると、フラットは机の上の紅茶を飲んだ。

「残酷なことを言うようだが、貴様が選べる立場ではない。王様と妃様は自害したよ」

彼は言葉を失った。腕が震えている。

「勿論、僕の下で働いてから姫の騎士になってもらう予定なのだけれど。

仮に君を騎士にしても、従順に見えて、いつ君に僕や姫を殺されるか分からない。

だから、条件を提示するよ」

縛られた腕を外そうと腕を動かしている。

「貴様もすぐに消すつもりだったのだが、僕の一存で生かした。そして、ソフィア姫は殺していない」

ハッと彼はフラットを見返した。

「嘘じゃない。君だって、学校時代に嘘をつかれた記憶ははいはずさ」

「ある」

「あれは、まぁ、君が面白かったからだよ。例外」

「本当なんだな」

頷き、彼はリードに近づいた。

「姫様を保護しているのは僕の元上司だ。

今はとっくの昔に引退し、隠居している。

彼に頼んで、国に隠して匿っている。

姫は死んだことになっているが、姫様の命をどうするかは僕達次第。

もう、残っているのは姫様と国民、兵達。

姫以外はこちらに取り入れたからね。国民も今は僕達の手の中さ。さぁ、どうするかな」

「俺が従順に働けば、姫様は生かして自由にさせてくれるんだな」

「勿論そう。僕だって紳士だから、約束は破らない。

彼女は今は身寄りがいないから、僕の上司と田舎でゆっくりと暮らしているところさ。

美味しいご飯を食べて、規則正しい生活をしている。

君さえよければ」

リードは頷いた。

「分かった。話を飲もう。そして、いつかソフィア姫と会わせてくれ」

「うーん、勝手に提示するとは。

まぁいい。それくらい許してあげよう、昔のよしみで。

今日からこの部屋で生活してもらう。僕と一緒に。

よろしく」

リードの顔色が変わった。

「こんなこと、聞いてないぞ。

それに貴様みたいな野郎と同じ部屋に過ごすなんて、虫酸が走る。綺麗な女性ならまだしも」

「まーた、そんなこと言う。君とは学生寮で同じ部屋だったじゃないか。

別に変わらないだろう。ただ単に、見張りと教育係りとして四六時中一緒にいるだけ」

「文句を言っても、また脅して強引に条件を飲ませるつもりだろう。

はぁ、何でこんなことに」

リードは恨みがましくフラットをみた。

彼を解放するでもなく、フラットは優雅にお茶をのみ、鎧を外した。

「これ、本当に肩がこるな。あ、リードのこと忘れていた。

喉が渇いていないか」

「そりゃ、さっきまで戦場にいて殺されかけていたんだから喉は渇いている。

しかし、この状況で飲む気にならないだろう。

敵地の本部でしかも、この国の隊で一番強い騎士の前でだ」

「嬉しいことを言ってくれるね。褒めてもなにもでないよ」

横顔を眺めていると長い睫毛がふわりと動く。

細い指がティーカップを持ち上げ、口許に持っていく。

彼はチラリとこちらを見て微笑んだ。

「なんだか懐かしいね。あの日のことを思い出すよ」

「気持ち悪いぞ」

お互い制服姿が目の前に甦る。


フラットはベッドに腰掛けていた。

「昨日の実技はどうだった」

「いや、別に。ていうか、お前は余裕だったんだろう」

フラットは足を組んで、読んでいた本から顔を上げた。

「まぁね」

リードはというと、校則を破った罰で椅子に縛られて机上の参考書を読んでいた。

かろうじて指先だけ動かせる為、頁をめくっていた。

「そろそろ身体が痛いだろう。

何をしたのか知らないが、酷い罰だね」

「うるさい」

リードはフラットを睨み付けた。

暫く続いた沈黙を破ったのはリードだった。

「これ、ほどいてくれよ。

トイレや食事にも行けやしねぇっての」

フラットは本に目を落としたまま低く呟いた。

「却下。僕がほどいたことがバレたら、同罪で僕にもデメリットだからね」

リードは舌打ちをした。

「非情なやつめ」

「早くこれを解いてくれ。って言ってもお前はきいてくれないだろうがな」

フラットは彼の背後に立った。

「今の状況は前と違うよ。僕はあくまで君の教育係で、監獄の看守ではないんだから」

フラットはゆっくりとリードの腕から縄を外した。

呆気に取られていると、彼はデコピンをした。

「マヌケ面…」

「お前本当に口悪いよな。女人気あるのに、世の女がお前の本性を知ったら落胆するだろうなぁ。

高貴な美形の騎士様」

フラットは気にも留めず窓の外を眺めた。

リードは肩を回しながら冷蔵庫に向かう。

「僕は別に人気を求めているわけじゃない」

冷蔵庫を開けると、中にはビールとワインしかない。

「不健康だな。いつまでたっても家事だけはできないもんな」

リードはビールを取り出すと、一気飲みをした。

「やめておけ、空腹で飲むとすぐ回るよ」

フラットが視線を向けたが、仏頂面でそのままソファに腰を落とした。

「夕食はシェフが用意してくれる。好きなだけ食べていいよ」

「それは有難いこった」

リードが横目で見ると、フラットは無邪気に笑った。

「君の味覚に合うようなものはないかもしれないけど」

リードは味覚音痴で有名だった。

いつも檸檬を齧ったり、昼食にキノコ等を食べていた。

騎士は体力がいるため、肉が好物の奴が多くいる中で異様だった。

「風呂に入ったら休んでいいよ。

僕の部屋でもあるんだから、くれぐれも最低限のマナーは守ってほしいね。シャワールームは」

「いい、知ってる」

つくづくうるさい奴だと呟き、一階の共用シャワールームに向かった。



部屋を出ると長い廊下が続いていた。

壁の額縁や花瓶、扉の装飾まで聞いていた通りだった。

諜報員から聞いていた俺達はこの城を攻め落とすはずだった。

間取りまでちゃんと調べ作戦も綿密に立てていたが。

シャワールームに入ると、視界が湯気で曇っている。

数名の屈強な男達の背中が見える。

掛かっている服を見ると騎士だったり、執事だったりシェフ等と色々だ。気に留めず一つの個室に入った。

忙しかったな。今朝から一気に俺の人生は変わった。

拳を打ち付ける音が響いた。

熱いシャワーが身体をうつ。

どうすれば、よかったんだろうな。

幸せとは言えなかったが、プライドを持ちチャーチ家に仕えていた。軍門に下ることになろうとは。

悔しくて歯を食い縛るが、泣くことは出来ない。

俺は全く納得してないし、逃げてしまおうか。

考えていてもしょうがない。ソフィア様はまだ生きているのだから。

ある一つの考えが閃いた。やってみる価値はあるかもしれない。

個室から出て、身体を拭いていると横を見覚えのある背中が通りすぎた。

はっと顔をあげると、やっぱりあの髪色と肩の傷は知っていた。

「おい、ちょっと待ってくれ」

男が振り返り、目を見開き声を上げた。

「リード」

「オスカー、生きてたのか」

俺達は抱擁を交わした。

「無事で本当によかった」

オスカー・ホリーは元々庭師だったが、俺達の城が陥落したときに既に死んだと思っていた。

「騎士のフラットの元に優秀な騎士が擁護されていると聞いていたが、君のことだったか。

それと、姫様のことは残念だった」

彼は頭を下げた。彼の落ち込みようを見て、伝えることにした。

「君にだけ話があるんだ。耳を貸してくれ」

彼は黙って頷くと、部屋の端で耳を傾けた。

俺は極力小さな声で耳打ちした。

「よく聞いてくれ、ソフィア様は生きてるんだ」

彼の喜ぶ顔を見たかったが、予想外に彼の顔は青ざめていた。

「どうしてそれを」

「フラットから聞いたんだ。オスカーも奴等の思惑通りここの騎士や召し使いにされたんだろう。心配しなくていい。

俺がいずれはソフィア様の元に戻るから」

彼は何故か目を泳がせていた。

「戦友の君には話したいことがある。いや、話さないと駄目なことが。

今から少し飲めるか」

俺は頷くと、オスカーに着いて出た。

すると扉のすぐ前に綺麗な紺青髪の男が立っていた。

「あれ、もう友人が出来たのかリード。早いね。

それとオスカー。久しぶりだね。

無事に帰ってきてくれて良かったよ」

「フラットさん。お久しぶりです」

フラットは俺に近づくと意味ありげに微笑んだ。

「君が逃げ出すんじゃないかと思って待っていたんだ。飲みに行くのは全然構わないよ。

ただ、団結されちゃ困るからね」

「うっせぇ、ストーカー」

いつも落ち着き払っているオスカーが狼狽えた。

「おいリード、騎士団長の前だぞ」

「いいんだよ。リードは俺の同級生で幼馴染みみたいなもんだから」

オスカーはペコリと礼をすると俺を食堂に引っ張っていった。

ワインを飲みながら食事に手を着けた。

確かに味はとてもいい。

腕のいいシェフがいるんだろうな。

「フラットさんはハリス家に従事している中で階級は最上位だ。

噂には鬼の剣士と恐れられている」

「勿論知ってる。だが、君だって知ってる通り俺もチャーチ家の最上位騎士だ。彼とは同じ歳と経歴だし」

彼は俺の目をじっと見据えた。

「君に告白しなくてはいけないことがある」

何を急に大真面目になったのかと訝しげに見た。

「俺は、本当はここの諜報員なんだよ。潜入で庭師と看守をチャーチ家ではやっていた」

彼は項垂れて言った。

「つまり君を裏切ってたって訳だ。元々、ハリス家に従事していながらチャーチ家に忠誠心を持っているふりをした。

城を攻め落とす計画まで中心で指揮をとっていた」

開いた口が塞がらない。そういうことか。

ストンと腑に落ちた。

悲痛な面持ちで彼は俺を見る。

「どうか許してくれ。俺達の仲に偽りはないんだ。

ソフィア様への忠誠心も」

裏切り。オスカーが。

彼が次に口を開く前に切り出した。

続きを聞くのが怖かった。

「俺達が城を守ろうと戦っていた時に君はどんな思いで見ていたのだろうな。

君の役回りは戦術としてどの国でも必要とされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る