第11話

 「終わりだね、夜桜。最後に言い残すことはあるか?」

 夢冥は黒いのに纏わりつかれて、どんどん顔を歪めていく。恐怖のせいか、自身の願いを叶えられない原因を作った有栖を憎んでいるのかわからない。

 結界は崩壊した。身体を守るのに魔力を回しすぎた。魔力で肉体を強化したところでコレは止まらない。深淵より黒く、悪魔より邪悪な怪物。何もかも喰らい尽くす厄災。こんなものを朱輪有栖……人間が、美しいはずの人間が作り出したという事実に耐えられない。桜様もそうなのか?私をこの世界に呼び出してくれたあの方も醜いのか?

…………………………それでも構わない。それでも、貴女に名前をもらいたい。

「まだ、終われない。終わるわけにはいかないんだ!」

 夢冥は右腕を自身の手で切り落とした。

「その状態で私と戦うの?辛いだろ。やめとけって。」

「そんなの関係ない!く、くらえ!」

バンッ!削り取った音が鳴り響く。消滅したのだ、朱輪有栖の首から上が。

「やった。やったぞ!ようやく殺せた!大変だった。何回も何回も邪魔しやがって。」

「邪魔するのはこれが初めてなはずなんだけど……」

「は?どうして?なんで?ふざけるなよ………。」

消し飛ばしたはずの頭が元通りになっていた。

「夜桜、お前は何もわかってない。」

有栖は暗く、冷たい声で淡々と喋る。

「結界式はただのドーピングアイテムじゃないんだよ。あれは命令を必ず実行する機構だ。なんでみんなそのことに気が付かないのかわからないよ。」

 こいつには勝てない。あの黒い怪物も完全に出てくる。体力もない。魂もだいぶ擦り切れてる。転生石で逃げられない。…………………詰みだ。

「じゃあね、夜桜。よし、食べていいよ。」

黒い怪物が近づいてくる。もうだめだね。…………すまない、神無。君の願いも叶えてられなかったよ。

「手を、夢冥さん!」

「神無!」

 私は横の教室から飛び出してきた神無の手をとり逃げた。あまりの出来事に有栖は動けなかったのだろう。何もしてこなかった。



 「夢冥さん、あと少しなんでーから。ーー悲願、貴ーー悲ーまで。」

「少し………眠いな。」

「寝るのーまだ早ーーすよ。」

「そうだね、あと一人分の寿命で足りる。門を開けれる。」

「僕がーーになーーす。僕のーわーに世ーを壊ーてね、夢ー。」

「なにを……言ってる…の?聞こえ……ないよ、神無。」

よく見えない。神無が何かして………あれ何も見えない。暗いな………



「チッ。逃した。月華、生徒は全員逃がせって言ったよね。なんでまだ人がいたの?」

「すみません、お嬢。花籠目で弱らせたのでもう大丈夫だと油断しました。」

有栖は壊れた鞄の代わりにフラスコに黒い怪物を入れていく。

「まあ気にしないで、月華。もうあいつ自体には脅威性はないから。……けど、いいものを見つけたよ。」

「お嬢、それは一体……」

「それはね……ふふふ、秘密。けど、あれがあればついに凪花楽譜が完成する。」

有栖の顔は新しい玩具を与えてられた子供のように目を光らせた。

「そうと決まれば回収しないとね。」



目が覚めた。どうして、僕は、いや違う。私はここに………………………………

そうだ。思い出した。神無に助けてもらったんだ。けど、どうして私の体は再生してるの?まあ、いいや。神無はどこに行ったんだろう。周りを見渡す。彼女はいなかった……。寿命の規定値を超えてる。そうか、君はもう……

一人でもやるしかない!犠牲にしてしまった神無のためにも。彼女の望む世界を作ってあげないと。

「開け、門よ。我、そなたらに対価を捧ぐ。我が声、我が意思に従い、闇の深淵より来れ!」

上空が歪み、穴が開く。穴からは多くの悪魔がこちらを覗き込んでいる。これでようやく彼の方に会える。だって世界の危機を用意したんだもの。きっとすぐに来てくれるわ。

桜様、お待ちしております。



「あったあった。見つけましたよ、お嬢。コレをどうするんです?」

「コレは『ボク』に持ち帰ってもらうよ。そのために犬っころに頭をわざわざ回収して来てもらったんだから。」

有栖はぐちゃぐちゃになった自身の写しみ、つまり自身の姿の人形の身体を能力で直していく。

「ほら、起きろ。十分寝ただろ。起きて仕事しろ。それともお前もニ号のように処分されたいか?」

「……すみません、すみませんすみませんすみません」

「わかってるなら早くしろ。」

「はい、わかりました。御母様、運ぶだけなのですか?」

「そんなわけないだろ。それを例の双子のところに連れて行け。交渉する時は、『お前らの件引き受ける』とだけ言っておけばいい。」

「お嬢、それでこの重大な仕事を終えた彼女はどうするんですか?」

「…………好きにしろ。記憶を消して自由に生きるなり、姿を変えるなり。」

「わかりました、御母様………………………ありがとうございます。」

「あと、コレを使え。」

有栖は人形の方の有栖にペンダントを渡した。

「コレがあれば人から認識されなくなる。重要なことだから、絶対に失敗しないでね。」



「鬼哭、大丈夫か?」

「私は大丈夫だよ、空くん。境華には応急手当ができたから、心配はいらないよ。」

「あの女は?」

「沙絵はあっちにいるよ。今は喋りかけない方がいいよ。」

空くんがそちらを向く。確かに沙絵とかいう女がいた。けど、普段と様子が違っていた。

「どうして、どうしてどうしてどうして………私の、私のミスで人が死んだ……クソッ。夢冥ちゃんのことも見抜けなかった。私のミスだ。私のミスで…………」

あの状態だと、しばらく動けなそうだな。

「?!」

なんだ?今の。背筋がゾワっとするような感覚。嫌な予感がする。

「鬼哭、ここは任せた。俺は有栖さんと合流する!」



「もう少しで会える。」

「こんにちは、会長。」

「………君か、ニノマエ会計。」

「最後に挨拶くらいはしておかないとと思ってね。」

「邪魔する気?」

「するわけないでしょ。むしろ、君にはこうしてもらわないと困る。」

「なに?」

「悪魔や天使は美味しいからね。魔力量も増えるし、魂の強度もより強くできる。ついでに腹も膨れるから一石二鳥!いや、三鳥だよ。」

「それで、私を食べに来たの?」

「いやいや。人間の姿の生物は喰らわないって決めてるんだ。」

「は?僕が周りの人間と同じだと?!侮辱してるのか?!」

「そうか、君はもう…………すまないね、神無。」

「なんの話です?私は今、私を侮辱したことの話をしているんですよ!」

「以前の君なら怒らなかったのにね。まさか、猫を被っていたのかい?」

「まあね。」

「それならすまなかった。僕の落ち度だね。」

門がどんどん拡大していく。そろそろ潮時かな。

「バイバイ、夜桜。もし生きてたら、また会いましょう。」



「あ、いた。有栖さんー。」

「どうした?神代。やっぱり門開いちゃった感じ?」

「そうかもしれません。屋上の方から複数の殺気を感じます。こんな感覚初めてです。」

「よし。屋上だね?早く行こう。月華は避難所に行って防御を固めて。」

「わかりました、お嬢。………ところで、ヴァンは?」

「あいつを呼び出す手段は今はないね。鞄は壊されたし。」

「人形の方の有栖さんが持っていた鞄はどうですか?」

「それだ!月華。あの犬っころに探させるね。見つかり次第、鞄を開けさせてヴァンを呼び出させる。」

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