第4話

「誰かが……時間を盗んでいるのよ。たった一秒だけど、それが積もり積もれば、何かをする時間になる。危険なことよね」


「誰がそんなことをしてるんですか? わかるんですか?」


ルチルさんは「ううん」と首を横に振り、神妙な顔をした。


「私には、何もできない。ただ感じるだけ。見守ることしか、できないわ」


猫がニャアと鳴いた。


「この子はヴェリル。本当は、猫じゃないのよ」


「え?」


「この姿は仮の姿。……というか、これも彼なのかしらね?」


男の子なんだ。でも、仮の姿って?


ヴェリルという名の、うっすらと水色の毛並みをした猫は、金色の目で私の顔をのぞきこんできた。


いやに人間ぽい……ううん、人間ではないような……。猫なんだから、当たり前なんだけど。


金色の目を見返していると、猫の顔が人のように見えてきた。


私はぎゅっと目を閉じたあと、ベンチに座り直して、「天使の鈴って?」と聞いてみた。


「天使も警戒してるんじゃないかしら。ほら、あそこにひとり、見えるわ」


「えっ? 天使が?」


ルチルさんの視線を追ったけど、私には天使は見えなかった。

この人の言うことを信じたのは、ヴェリルもそっちを見ていたからだ。きっといるんだ。あそこに、天使がいるんだ!


さっき聞いたかすかな鈴の音ーーあれは天使が鳴らせた鈴の音なんだ。それなら、そのうちに、私にも天使の姿が見えるようになるのかも。


『今日の出会いは、一生のものになる』


確か、今日の占いにそんなことが書いてあった。ルチルさんと、猫のヴェリル。ママより年上のお友達なんて、おかしいかな? ううん、そんなことないよね。

ヴェリルが、興味深そうに私を見ている。


「よろしくね、ヴェリル。ルチルさんも。私はリゼル。またここで会えますか?」


「もちろんよ。この時間、私たちはたいていここにいるわ。そうだ、リゼルにこれをあげる。誕生日プレゼントになるかしら」



ルチルさんはバッグの中からレースの封筒を取り出し、それを広げた。中には、ポストカードと羽が一枚ずつ。どちらも虹色だ。


「わあ、綺麗」


「そうでしょ? さっき、公園の入口でもらったのよ。あなたが好きそうなお店。ここから近いみたいだし、行ってみるといいわよ」


ポストカードには、



『虹色の羽 店主マクシミリアン・ギーズ』



と書かれていた。


「なんのお店?」


「雑貨屋さんみたいよ」


虹色の羽。なんてステキ。突然のプレゼントって、ステキね。


「あれ……? さっき、誕生日プレゼントって……」


「誕生日、過ぎたばかりでしょ?」


「どうしてわかるんですか!?」


普通の主婦であり、お母さんだという人が、出会ったばかりの他人の誕生日なんてわかるはずないよね!


「それが、スピリチュアルっていうこと?」


「ん~、まあ、そういうような、そういうわけでもないような」


ルチルさんは苦笑しながら、ヴェリルと顔を見合わせた。

もしかしたら、今日はほかにもまだ、一生の出会いがあるかも。


「ちょっとだけ、見て帰ろうかな」


あまり遅くなると、ママが心配するかも。でも、少しだけ。ちょっとのぞくだけ。


私はルチルさんとヴェリルにお礼とあいさつをしてから、雑貨屋さん『虹色の羽』をめざした。

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