第2話

リランジュは胸に手を当て、前のめりになった。

普通の咳とは違う。ちゃんとした咳をしてすっきりしたいのに、からからとした、音しか出ないようなこの咳は、喘息の咳に違いなかった。


あまりに長く咳き込んでいたために、苦しくて涙が浮かんできた。ぼやけた視界で一定の場所を見つめていると、そこの空間が歪むのを感じた。


(来た……!)


淡く金色に輝くそこには、大きなドアのようなものが見てとれた。そして、金色の枠の向こうから、背の高い男性が現れたのを見て、さらにリランジュは咳き込んだ。


現れた若い男性は、すぐにリランジュのもとへ駆け寄り、右手を上げて何かを集めるような仕草をした。

集まってきた暖かい何かは、リランジュを取り巻くように近づいて来る。


「このお茶を飲んで」


耳に心地いい声だった。知らない人からもらったものを口にするのはためらわれたが、なぜだかこの人は信用出来ると思った。


肩までの髪は銀色で、軽く波打っている。切れ長の優しい瞳は、頭上の花の色──濃い紫色だった。


(妖精だ……)


妖精の特徴は、紫色の目だと聞いていた。祖母が亡くなる前まで、よく言っていたことだ。


人間で、こんなに美しい男性など見たことがない。

リランジュは十四歳。まだ長いとは言えない人生の中でも、彼が特別な存在であることはわかった。『扉』の向こうから、やって来た人なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る