第1章
第1話
第1章
1
さわやかな風が、ライラックの枝の間を通り過ぎた。紫、白、ピンク──濃い色から淡い色まで、様々なライラックの色があふれている。
美しい花と甘い香りに包まれた、ラロ家の一人娘リランジュは、森の入口で『旅人』を待っていた。
(今日は、会える予感がする)
リランジュには不思議な力があった。力と呼べるほどのものではないが。
物心ついたときから、目には見えない存在を感じられることが出来た。目には見えない存在──それは、妖精や精霊などだ。
精霊とは、あらゆるものに宿る、自然界そのものに近い存在である。対して妖精とは、わかりやすく言えば、人間の姿をした精霊のことを指す。
リランジュはよくわからないながらも、感覚として捕らえていた。
彼女は感じる。今日は、屋敷中の花たちがそわそわしているということを。枝の先端で房状になって揺れているライラックの花たちは、楽しそうに笑っているように感じられた。
(みんなが待っている。私も、ずっとずっと待っていたわ)
濃い紫色の花を咲かせているライラックの木の根元に座り込み、リランジュは空色の瞳で辺りを見てから、ゆっくりと瞼を落とした。しばらくそのままの状態で、そのときを待った。
風が彼女の黒髪を撫でていく。豊かな巻き毛がほんの少し跳ね上がったかと思うと、激しく咳き込み始めた。
(こんなときに……)
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