第14話 舞視点 転機
中間のテスト返しも終わって十月も中旬、私と朝比奈さん、斑目くんは三人並んで廊下を歩いていた。
四時間目の化学の授業が終わり、私達三人は移動教室から教室に戻るところだ。
「化学ってなんで高校で習うんだろうね?薬品とかはともかく、化学式がわかるようになってもその後の人生で得する人なんて百人に一人もいないでしょ」
左にいる朝比奈さんは、高校生にもなって歴史の授業に文句をつける小学生みたいなことを言っていた。
「朝比奈さん…中間の点が酷かったからってすぐ化学に文句言わないの」
「それは、関係ないの!純粋な疑問!」
「朝比奈さんって何点だったの?」
「言うわけないでしょ!」
質問を投げ掛けた斑目くんは、朝比奈さんから酷く怒られていた。この質問だって純粋な疑問から出たものだろうに。
右隣で質問を却下されしょぼくれてる可哀想な彼氏に「四十八点」と耳打ちする。
斑目くんはなんだか「あぁ…」という顔をして頷いた。
「それ言ってしまえば、中学高校で習う大体の授業は役には立たないよ」
「本当に役立ちそうなのって英語くらいじゃない?」
「英語って言っても、国外に出なきゃ頻繁に使う仕事なんて限られてるでしょ」
「…英語も点低いの?」
「『も』ってなによ、『も』って!」
右側に「四十点」と耳打ちする。
私の彼氏は先程と同じような顔をして頷いた。
「…そういえば、実技教科があったな」
「あぁ、音楽とか家庭科ね」
「実技!そう、それ!そういうのが大事なの!」
耳が痛い。さっきからそうだが、隣りにいる人間に対しての声量ではない。
「…大事だから、期末にテストがあるんだけどね?」
「あっ…!」
「九教科、頑張ろうね。朝比奈さん」
一学期、なんなら中高合わせて四年間分経験していることだろうに、今初めて聞きましたという顔をして固まっている。
この様子だと、期末が終わる頃には実技科目は高校で習わなくても良いと言ってそうだ。
教室に戻り、昼食の時間になった。
「…じゃ、行こうか関口さん」
「そうね、今日のおかずは?」
「久しぶりにサンドイッチ作ってきたんだ」
「ハムレタス?」
「それとベーコンチーズにレタスを加えたもの、両方とも二つずつ」
「最高」
大きなランチボックスを持った斑目くんと一緒に教室を出ようとする。
「お〜い、舞ちゃ〜ん!」
振り返ると、あの三人組が大きく手を振っていた。
「こっち来てよ〜、話したいことあるんだけど」
「…どうするの?」
行きたいわけがないが、振り返ってしまった以上聞こえませんでしたは通らないだろう。
「…斑目くん、先行ってて」
「うん…、待ってる」
彼と別れ、三人がいる机に向かう。
「来た来た舞ちゃ〜ん」
「…で、何の用?」
「いやさ〜、ちょっと頼みたいことがあって〜」
パシリか何かだろう、さっさと終わらせてお昼ご飯が食べたい。
しかしニヤニヤと笑っているばかりで、中々話し出さないでいる。
「えぇ…何笑ってんの」
「ねぇあんた、本当になに頼む気なの?」
「まぁまぁ待ちなって」
どうやら残りの二人は用件を知らないらしい。一体何を要求するつもりなんだ。
「今日の放課後に『アレ』やりたいからさ、残っててよ」
「……あれ?」
「『アレ』…!」
「『アレ』ってもしかして…!」
「ず〜っとやってた『アレ』だよ、告白!」
「…………………?」
意味がわからなく、一瞬思考がフリーズした。
「マジ!?次の相手誰よ?」
「三組の大島〜」
「誰なんそれ〜?」
「ほら坊主の、野球部のベン――」
「ねぇ」
三人がゆっくりとこちらに顔を向けた。
「「「なに?」」」
先程まで三者とも満面の笑みだったが、こちらを向いた顔は口元だけ笑った形で固定され、目は全く笑っていなかった。
極端に機嫌を損ねないよう笑って見せる。
「あははっ…あなた達、私彼氏いるの知ってるよね?」
この娘たちのことだ。きっと私が斑目くんと付き合ってるってことを忘れているだけなんだろう。
「…あぁ、まだ付き合ってたんだ」
「斑目くん…だったっけ、よくやるよね〜」
「ホントホント。じゃあ舞ちゃん、別れてよ」
何を…言っているんだ?
「ちょっと〜酷すぎ〜」
「今のは無いわ〜」
「ウソウソ、ごめんね舞ちゃん。別れなくていいから、今日だけ頑張ってよ」
私のことを…なんだと思ってるんだ?
「斑目くんには絶対にバレないからさぁ」
「こんなん浮気のうちに入んないし」
「てかなんで付き合ってんの?」
こいつらは…一体何なんだ?
「あんた忘れたの!?斑目くんが一目惚れしたって告ってたじゃん!」
「あぁ…アレ斑目くんだったっけ?すっげえ笑ってたから記憶飛んでたかも」
「にしても、アレはホントに笑えた」
なんで私は…言うこと全てに従ってきたんだ?
「ワンチャン大島も、斑目くんみたいに舞ちゃんに告ってくるかもよ?」
「それなったら最高だわ。舞ちゃん、いっそ乗り換えても良いよ?」
「あんたら最低〜、そりゃどんな男もあんなコミュ障よりはマシだけどさ〜」
私はこんなことを…卒業まで続ける気でいた?
「じゃあ舞ちゃん、放課後になったら教室にのこ――」
バシィン!
私は、正面にいた金髪の頬を思いっきりひっぱたいた。
あの日斑目くんにしたものと比べると、頬と手の間に金髪が挟まっているせいかそれほど良い音は鳴らなかったが、体重の差からか不意をついたからか、隣の机を巻き込み大きな音を立て倒れ込んでいった。
「園山!」
「お前ぇ!何してんだよ!」
この金髪の名前は園山と言うらしい。
今までも何回かは名前を呼ばれる所を聞いていたんだろうが、覚えていなかった。
今回もすぐに忘れているだろう。
昼休みに喧嘩のようなものが起こり、周りがざわざわと喧しくなってきた。クラスメイトの視線が集まっているのを肌で感じる。
人の目が多い教室で、こんなことは本来するべきでは無いのだろう。
「おばえぇっ…!こんなことして良いと思ってるのか!!」
頬を抑えながら、顔に涙とビンタの跡を浮かべて起き上がってきた。
「…もういい」
「……あぁ?」
もう、どうでもいい。
「ふざげるぅゔぁぁあぁっ!!!」
園山は両手で私の胸元に掴みかかってくる。
私は足を思い切り前へ蹴り出し、園山の胸と腹の間辺りに鋭い前蹴りを入れた。
「うゔぁっ!!」
園山は床を滑るように吹っ飛んでいったが、掴まれた制服が襟元から胸元までがビリッと裂けてしまった。
「…おっ、おばえぇ…!」
腹を上にしてひっくり返った状態から首を上げてこっちを睨んでいる。
私は自分の席に掛けてあった荷物をまとめる。
ここから直ちに去らなければならない。
残りの二人は何をしたらいいのかわからずにその場に突っ立ってはいるが、そのうち向こうに加勢しだすかもしれない。
なにより意味がない。
少年漫画じゃないんだ。喧嘩で勝っても、私が得られるものは何も無い。
「どいてっ!」
壁のようになっていた野次馬をかき分け教室を後にする。
右手に荷物を持ち、左手で破れた服を抑えながら廊下を早足で歩いてる間、少し斑目くんのことを考えていた。
意味の無いことに付き合わせてしまった。
一緒に頑張るとか言って不意にするのか。
昼止みが終わるまでずっとあのモミジの木の下で私のことを待っているんだろうか。
このことを知ったら驚いてしまうだろうか。
既に後悔している、不安も沢山。
クラスメイトに暴力を振るったんだ。これからどうしようかということで頭は一杯だが、激しい胸の高鳴りがそれらを気にならなくさせている。
踵を返して謝るなんてことは今更出来ない。
この足が、衝動が、前に進むことしか許さない。
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