第6話 対面
今日の朝のように、教室前の廊下を歩いている。あの時には窓際までしか届いてなかった朝日が夕焼けとなり、俺の胸あたりまで照らしている。
俺はこれから告白をされる。
学生にとってはそれだけで一喜一憂する大イベントであり、する側される側に関係なくその人の青春の一ページに刻まれる重要な出来事のはずだ。
重い。足取りが、気分が、どうしようもないほどに重い。
朝の自己紹介の直前も、なにか間違いがあれば成功するかもという淡い期待こそ持てたが今回は違う。
俺に主演男優賞ものの演技力と鉄の心臓があったとしても、向こうの受け取り方一つで大失敗になる理不尽な挑戦だ。
扉の前まで来て、指を掛ける。緊張から出る息の乱れを整えようと深呼吸をしていると、教室の中から「来たっぽいよ〜」と声が聞こえた。入るタイミングは自分で決めたいところだったが、こうなれば仕方がない。
引き戸を開けると教室の中には放課後の女子三人が机に直接座っており、それらとは離れた教室の後ろの方にポツンと席に座り俯いて本を読む女の子が一人いるだけだった。彼女が関口さんだろう。
二十分の準備には、彼女らが人払いをするための時間も含まれていたのかもしれない。
関口さんの印象は、先程まで想像したものとは少し違っていた。朝比奈さんが本人がイジメと認めたがらないと言っていたので、イジメをいじりと認識して友情を感じてしまっている気弱な女子生徒という予想だったが、遠目から見る限りあの三人と混ざっていても何ら不思議に思わない、俺が苦手とするクラスカースト上位のオーラをまとっていた。
「キタキタ斑目く〜ん、とりまここ立って」
茶髪の女子が床を指で示している。俺は言われるがまま彼女が指差した場所まで歩いていく。ちょうど教壇と一番前の席の間の位置だ。
「時間ぴったりじゃ遅いよ〜。こういうのって五分前とかに来るもんじゃん」
「あれぇ〜なんか緊張してない〜?」
「期待しちゃってる感じじゃんウケる」
放課後声をかけてきた時は何について笑っているか理由が分からず違和感しか感じなかったが、今となってはこの笑顔がひどく醜いものに見えてくる。
「期待って?」
「えっ、わかってないの、マジで?」
「マジでわからないわけ無いじゃん。斑目くんが思ってる通りのことが起きま〜す!」
「そのお相手はぁ…左手に見えます、関口舞ちゃんで〜す!」
手をパチパチと鳴らしながらピューピューと口笛を吹き、彼女らの期待が最高潮に達していることが分かる。
「舞ちゃ〜ん。早く早く」
関口さんは座ったままこちらを一瞥した後、のっそりと立ち上がった。コツコツと歩いてくる音が聞こえる。その間俺は目を軽く瞑り、深く深く深呼吸をしていた。先程の廊下で出来なかった分、ギリギリまで心を落ち着かせなければいけない。心臓は相変わらず強く鼓動し、呼吸は落ち着かせようとすればするほど荒くなる。
「オゥオゥどしたん斑目くん。やっぱ何されるかわかってるんじゃん」
「やっば〜、興奮しちゃってんじゃん」
足音が止み、彼女は俺と同じく定位置へ着いた様だ。覚悟を決め目を見開く。
その瞬間、これ以上早くはならないだろうと思っていた心臓の鼓動は倍近く多くなったように感じ、あれやこれやと考えて上手くまとまらなかった思考は、逆にまっさらになった。
俺は今まで、自分の女性の好みというものを把握出来ていなかった。優しい人、明るい人、綺麗好きな人といった男女関係無く好印象を持つ要素を好きになる条件と感じていた。
初恋がまだだったわけでは無く、好きになった理由がただなんとなく好きなだけだったんだろう。他に台頭して来る人物がいないが為に『好き』になったという方が適切だろうか。
俺は以前、姉の部屋の前を通ったときに姉が自室で電話越しに友人と話していたことを思い出した。
「一番好きなのは西本だけど、山里さんとか横峰くん辺りまでは告られたら付き合っちゃうかも〜――」
俺は最初、この言葉に対して節操がないと感じていた。一番好きだと自分の中でわかっているのに、他の男子に目をつけることを口にして『一番好き』という言葉に全く重みがないじゃないかと、そう思っていた。
しかし、姉は間違っていなかったのだろう。俺なんかよりよっぽど恋愛というものを知っていたからこそ、自分の好みを知っていた。
優しさや清潔感、顔の好みといった要素は大前提とし、服のセンスや趣味について細かく加点減点を行った上でつくられた『付き合えるボーダー』というものが、姉の中に確かに存在していたのだろう。
一方で俺は、自分の中でとはいえ異性に点数をつけるという行為に何とも言えない嫌悪感を感じ、ただなんとなく好きになり、失恋と言えない失恋をいつの間にやら積み重ねてきた紛れもない恋愛弱者だ。
だからこそ言える。
今この瞬間から、彼女が俺の好みだと。
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