第7話 告白 舞視点

私の顔には、それはそれは醜い傷がある。小学生の時通ってた習い事のバレエのレッスンの帰り道で、頭のいってる通り魔の持った包丁によって抉られてできた。


 私にはお父さんがいない。

 幼い頃に事故で亡くなり、家にはお母さんと私の二人だけが住んでいる。お父さんが亡くなったときにいくらか保険金が下りたらしいが、無駄遣いはできない。

 それなのにお母さんから整形外科についての話を持ちかけられた。小学生の子供を整形したことのある整形外科医なんているのかと疑問を持った私は「特に困っていない、そういう事は大人になったときに自分で決めたい」と言い、断り続けてきた。だから顔についてバカにされたりイジメにあってたりといったことが親の耳に入ることは絶対にあってはいけない。

 小学校、中学校と同情の目で見られることはあっても、嫉妬の目で見られたり顔をネタにイジメにあうということは無かった。


 きっかけは単純なことだった。高校二年に上がった頃に別のクラスの男子が私に気があるという噂がごく一部で流れたらしい。中学に上がってから水を飲んだり昼食を食べたりという行為は人前で行わなかったので、『関口舞の顔には傷がある』という情報は伝わっても、それがどういう傷なのかは誰も知らなかったのだろう。

 その男子に気があったクラスの女子三人から気に入らないという理由でいじめを受けた。

 最初は物が無くなったり、机の中にあったと思えば落書きがされた状態で見つかった。それから段々とひどくなり続けた。


 まずマスクを剥がされ、顔を見られ盛大に笑われた。私を仲間内で話題に出すときあだ名として『口裂け女』が使われた。わざわざ近くまで来て、私だけに聞こえる声で『ポマード』と繰り返し唱え続けてきた。

 いつしか先生の耳に入りお母さんへイジメのことが伝わるのを恐れた私は、彼女たちにやめてくれるよう言った。

「やめて欲しいならさ、別のことしなきゃ」

「お小遣いとかくれない?」

「ネイル代バカになんないんだよね〜」

 お金や物を渡したりは出来ないと伝えた。

「…じゃあさ、今日の放課後残ってくんね?」


 その日の放課後、彼女ら三人は他のクラスメイトと話をしていた。

「あのさ、まだ教室に残る?」

「鍵なんてウチらで掛けとくからさ〜」

「勉強会?自分らの家か図書室か使ってよ〜」

 彼女らと私の四人だけになると、これから行う『罰ゲーム』の詳細が伝えられた。

「舞ちゃんさ、このあと来る男子に告白、してくんない?」

「『私と付き合ってください』っていうだけでいいからさ」

「本気で付き合うんじゃないよ?大丈夫。揉めたら助けてあげるから」

 私は了承した。最初は気に入らない男子に対して『告白ゲーム』を仕掛けるため私を実行犯として使うつもりなのだと思った。その男子には悪いが、私の学校生活の安泰のため致し方が無かった。


 その後に来た男子は知らない顔だった。髪を茶色く染めており、整髪剤で毛先があちこちにとんがった髪型をしていて、明らかに浮足立っていた。男子は、私の後ろに立っている三人がなぜまだ教室に残っているのかが疑問なようだった。彼女らから早く早くとせっつかれ、私は告白をした。男子はOKした。とても嬉しそうだった。すると後ろから「こ〜れ〜で〜も〜」と声が聞こえたと同時に、マスクが剥ぎ取られた。突然のことで棒立ちになった私は、私の顔を見たことで男子が上げた悲鳴で我に返った。男子は外へと走り出し、彼女ら三人は大きな声で笑っていた。

「見た今の、ちょ〜ウケる」

「やっば、アレはないわ。私の失恋さようならって感じ」

「お疲れ舞ちゃん。もう帰っていいよ」


 それからもこの遊びは続いた。始めのうちは知らない男子ばかりだったが、ある時から知っている顔ばかりになっていった。私に告白させる男子に目星がつかなくなり、クラスメイトの男子を出席番号順に呼び出しているだけの様だった。状況の異質さからも、断る人もいたが多くはOKを出した。複雑な気分だった。


 六月の中旬、遊びが終わり帰ろうと下駄箱に向かう途中で、同じクラスで小学校の頃の友達だった朝比奈に声を掛けられた。

「ねえ、何あれ。なんであんな事してるの」

「…朝比奈さん」

「ねえ舞、その顔さらして一番損するのはあんたじゃない」

「放っといて」

「なんでよ」

「朝比奈さんは関係ないでしょ」

「…友達でしょ!」

「…」

「…」

 沈黙が辛かった。

「…先生に相談するから」

「…!やめて」

 思わず肩を掴んでしまった。もう残りのクラスの男子も半分を切っているし、最悪卒業まで遊び道具になる覚悟は出来ている。ここで台無しにされる訳にはいかない。

「どうして!」

「………やめて」

「………どうしてよ」

 それからも朝比奈に声をかけられ続けたが、同じようなやり取りを繰り返し続けるだけで月日は流れ、クラスの男子全員が私の告白を受けた頃に夏休みへ入った。


 夏の間だけでもアルバイトをしようと学校に届け出を出した後、証明写真を撮ってバイトの募集を出している飲食チェーン店へ足を運んだ。最初は顔のこともあり雇ってもらうのは難しいと思ったが、飲食店ということもあり常時マスクが基本で意外とすんなり受け入れられ、有意義な夏休みを過ごした。


 夏休みを終え、新たに二学期を迎えると転校生がやってきた。転校生と聞いて沸き立った教室の期待を悪い意味で裏切り、これとって外見的特徴の無いただただ緊張しいな男の子だった。

 その日の放課後、あの三人に話しかけられた。転校生に対してあの遊びを再開したいらしく、もう声も掛けてしまったらしい。私に放課後予定があったらどうするつもりだったんだろう。きっとそうなれば彼女たちは私からその予定を諦めるようせがむのだろう。その状況を想像し苛立ちを感じつつも了承する。

 それにしても、自己紹介一つであれほど緊張していた転校生がまともに告白の返答ができるのかが気になる。いっそ告白だと分かった瞬間に教室から逃げ出すくらいの方が楽なのだが、そんな真似はしてくれないのだろう。


 約束の時間まで自分の席で本を読んでいると、「来たっぽいよ」とあの娘たちの声が聞こえた後に件の転校生が入ってきた。遠目から見ても明らかに緊張しており、その様子を三人組からからかわれている。

 手に持つ本に視線を落とすふりをしながらしばらく眺めていると、私の名前が呼ばれ早く早くと催促された。

 転校生と対面する形で教壇の前に立つ。立ち位置だけで見ると学級委員を決めるために決を採っているような配置だ。目の前の転校生はやや上に顔を向け目を瞑ったまま息を荒くしている。緊張だと思っていたが、後ろの娘達の言う通り今から起きることを想像して興奮しているのかもしれない。気持ち半歩後ろへ下がった。

 早めに終わらせたいと思い『告白』をしようとすると、転校生と目があった。荒かった呼吸は止んでおり、全身固まった中で目の中の瞳だけが揺れているように見えた。


 初めての反応だ。こういう緊張から固まるような時は、目が合わせられなかったり、後ろの三人がまだいる事に疑問が移ってそちらの方ばかりをチラチラと見るものだが、しっかりと私と見つめ合っている。

 目が合うにしてももう少し余裕というか、待ち切れないよという顔をしているものだが、目の前にある顔は思考がフリーズでもしたかのように何の感情も感じられない。

「…わた「あの」し」

 声を被せられた。

「…あっ、のっ、のです…ねっ…」

「…?」

 発する言葉が言葉になっていない。どうしたのと声をかけようとすると、転校生が喋りだした。


「あっ…あなたが好きです…。一目惚れしました……」

「…」

「…?」

「…」

「…」

「「………………………………」」

「ブワッッッッハッハッハッハ〜〜〜ッ!!」

「ヒャハハハッヒャッヒャッハヒャ〜!!」

「ギャッハハハハヒャア〜〜〜〜〜〜!!」

 後ろから聞いたことのない動物の鳴き声がした。

「なんッ…グフッ!なんでそうナンのよッ!」

「舞にッひとめッ!ヒッ…ひちょみぇッ!!」

「ヒャ〜ッ…!…ハァッ!…アァ……ハァッ…!」


 そういうことか。

 今回私よりも先に転校生に声をかけていた理由がわかった。この状況のためだろう。

 私を笑い者にするために、この転校生もグルとなっていたんだ。ふつふつと激しい怒りがこみ上げてくる。

「あぇ…関口さん…」

ピシャァァン!!

 前であっけにとられた顔をしている仕掛け人に渾身のビンタを放つ。

「気安く呼ばないで」

「「「ブフッ!!!」」」

 これすらも後ろの三猿にとっては笑いの種のようだ。早足で自分の机に向かい荷物をまとめ、教室を後にする。

「ちょっと!待って!関口さん!」

 後ろで言い訳がましい声が聞え全速力で走る。廊下の突き当りの階段まで走ったら、見知った顔が座っていた。

「…舞!どうしたの!?」

「朝比奈!……さん」

「何があったの?教室からすごい声がしてたけど…」

「何がって…」

 そうこうしている内に後ろから走る足音と声が近づいてきた。

「…ねがい!止まって!」

「…!何でもない!それじゃ!」

「斑目くん!?どうして!?」

 急いで階段を駆け下りる。朝比奈が転校生の名前を早くも覚えていたようだがどうでもいい。今後あいつを名前で呼ぶつもりは毛頭無い。覚えてだってやるもんか。


 下駄箱までたどり着いたが相手は男子、それもこちらは荷物ありというハンデもあり履き替えようと止まったところで追いつかれた。

「関口さんっ………!ハァッ、話をっ…!」

 止まれ止まれと言っていたのに指一本私に触れてこない。何なんだこの男。

「フゥ…フゥ…あんたと、話す事なんて、何も無いけど」

 顔は合わせない、取り合う必要はない。マスクの中が荒い息のせいで湿って気持ちが悪い、非常に不愉快だ。

「お願いッフハァ……!ですから……!」

「…」

「これにはっ………事情が…!」

「…しつこいから!」

 いい加減うっとおしくなり感情的になってしまう。

「ハァッハァッ…!二人とも…、どうしたの…!?」

 朝比奈も走って追いついてきた様だ。何なんだこの二人は。

「あぁもう!こいつが…!」

 この男がどんなことをしたのか言ってやろうと指を指したが、不自然な顔の赤さに驚いた。

 走ってきたからか?ビンタの跡?この一瞬に風邪でも引いたのか?茹だったタコのような顔の赤さに合う確かな説明が思いつかない。

 息を荒くして下を向いてるこいつをじっと見ていると、見られていることに気がついたのかスッと目線を外してきた。ふざけているのか。

「聞いて舞、斑目くんにあんたが放課後にどういうことをさせられているのか説明したのは私なの」

「…説明?」

「そう。あんたが………口裂け女だってからかわれてる現状を助けたいから、協力して欲しいって私から彼に声をかけたの」

「私を助ける…?あんた達あのやり方でどうこうできると思ってたの?」

「…確かに舞がお世辞が嫌いなのはわかるけど、その傷を見ても気にしない人だってきっといるわ。彼がそうだったでしょ…」

「いや、でも…あの返しは無いでしょ…」

「…?『気になりません』ってそんな変だった?」

「…なにそれ。何の話してるの」

「何の話って…ちょっと待ってて、斑目くん…結局なんて答えたの?」

 転校生は何か喋ったかと思うと顔を赤くしたまま固まった。

「告白したのよ」

「舞、それは分かってるの。それで、彼はなんて答えたの?」

「……いや…………だからさ」

「…?」

「…だから!その転校生が!私に一目惚れしましたって告ってきたのよ!」

「ハイィィィイイイィ!!??」

 私が最大限に出した声量を、朝比奈は二文字で超えてきた。昔からほんっとに喧しい。

「チョット!マッ、斑目くん!それってホントなの!」

「………………はぃぃ…」

「ナン…!!…エェッ!?」

 声量が二極化している二人を置いて、私は足早に去る。あの状態の朝比奈なら、転校生のか細い声など掻き消してしまい聞き取るのにしばらく時間がかかるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る