第15話 同棲回帰

「……」

「……」


気まずい、というよりも恥ずかしい。

7/2、夏が始まる或いは始まっている時期の15時。

私達は引越し準備のために1度私の家に行く事となった。


「と、とりあえず持っていく物決めればいいんだよね」

「そ、そうね……ルミノーソは使ってない部屋が比較的あるから持っていきたいものは持っていった方がいいわ」


こんな会話をしてはいるが私達、目を合わせてはいない。

先程まで命香ちゃんの部屋で話していた一部の事を思い出すとなんだか恥ずかしくなってしまい、お互いに目を合わせられなくなってしまったのだ。

今命香ちゃんの顔を見るとドキドキが止まらなくなりそうではある。


「こ、これからは命香ちゃんの作る料理が毎日食べられるって思うと! 嬉しいね!」

「そ、そう……」

「め、命香ちゃんも愛でられるし!」

「そ、それは別いいわよ……」

「いいい一緒にお風呂なんかも!」

「それはダメ……」


恥ずかしい気持ちを紛らわす為に会話を切り出したが逆に恥ずかしくなってしまった。

既に私の家の最寄り駅に着いており2人で自宅まで歩を進めていた。


「貴女のご自宅って、どういう所?」

「喫茶店だよ、おばあちゃんが経営してた所」

「あぁ、そういえばそう言ってたわね……お祖母様と同居だったのね」

「うん、私お父さんとお母さんの事知らないんだ……」

「……物心が着いた頃には……」

「うん、私が生まれた時におかあさんがなくなって、次の年にお父さんも亡くなったんだって……おばあちゃんが言ってた」


だがおばあちゃんは唯一教えてくれなかった事がある。

お母さんとお父さんがどういう人でどんな名前だったか。

2人に関する何もかもをずっと教えてくれなかった。


「そろそろ着くよ、私の家」

「……ここ、知ってるわ」

「来た事あるの?」

「えぇ、来たばかりの頃にジョーさんがね……」


住宅街の中、私達は坂を上がった所にある自宅であり喫茶店、【ランティス】が視界に入る。


「ほら、見えたよ」

「えっ……」

「あそこが私の家……命香ちゃん……?」

「……どう……して……」


ランティスを目にした瞬間、命香ちゃんは静かに驚いていた。

信じられない物を見てしまった目、というか悲しさも混ざっていた複雑な目だ。


「……そう、だったのね……」

「め、命香ちゃん……? どうしたの?」

「……お祖母様は……牧子さんは……亡くなっていたのね……」

「っ!? なんで……おばあちゃんの名前……」

「……東京で初めて……来たのが……ここ……だった……の……っ……!」


命香ちゃんは立ち尽くしながら涙を流していた。

私を助けてくれた時のような少し怒りが混ざった涙ではなく、ただ悲しむだけの涙。

私はその姿を見た瞬間、体が勝手に動き命香ちゃんの手を握っていた。

その手は周りは気温が上がってきたとは信じられないほど冷たく、ギュッと握った。

今この子を、心の中まで1人にする訳には行かない気がしたのだ。


「……ごめんなさい……貴女の方が……辛いはずなのに……」

「……ううん、ありがとう……おばあちゃんの事……悲しんでくれて……」


おばあちゃん周りの家族はほぼ絶縁だったり亡くなっていたりして身近の家族は私しかいなかった。

だから葬儀はお店の常連さん達が多かった、皆沢山悲しんでいた。命香ちゃんもおばあちゃんに動かされた身のようでそこは嬉しかった。

泣いている命香ちゃんの手をゆっくりと引き、ランティスの扉を開いた。


「……また……来れた……良かった……でも……グスッ」

「……座って。コーヒー、とりあえず淹れるね」


まずは落ち着く為に、コーヒーを淹れる事にした。

命香ちゃんみたいにうまくは出来ないが、以前より腕は磨いてきたつもりだ。

普通のブラックを出そうと思ったがおばあちゃんの味を思い出し、私は思い出の品を作る。

その味は今でも忘れられない、忘れてはいけない。私の宝物だ。


「お待たせ、どうぞ」

「……ありがとう……カフェオレ……?」

「うん、私がお菓子を作って、おばあちゃんがこのカフェオレを淹れる……私の思い出なんだ」


濃いコーヒーに温かなミルク、しっかり同量になる事で本当に美味しいカフェオレが出来上がる。


「いただきます……あったかい……」

「命香ちゃん……前から気になってたけど冷え性なの……?」

「冷え性……そうかもしれないわね……意識した事は無かったけど……」

「も、もし暖かくなりたかったら、私を呼んでね! 温もりをあげにい 行くから!」

「なによそれ、ふふっ……でもありがと」


カフェオレを飲みつつも命香ちゃんは優しく微笑んでくれた。

さっきまで泣いていたからか目元が若干赤いが大丈夫なようだ。


「……ねぇ美咲」

「ん、何?」

「……牧子さんのお墓、ある?」

「……うん、隣駅の集合墓地に」

「じゃあ……今度行ってもいい?」

「勿論、おばあちゃん喜ぶよ」


私も最近行けてなかったから同行しよう。

ちゃんと挨拶しておかないとね。


「ごちそうさま、‪美味しかったわよ美咲」

「そ、そうかなぁえへへ……命香ちゃんにはまだ及ばないけど……」

「そんな事ないわよ、私だってまだまだ練習不足だもの」

「そうなの?」

「ええ……そもそも純喫茶を開こうと思った理由がここだったんだもの」

「えっ!?」


初めて聞いた。そもそも西京からの調査の隠れ蓑としてやっていると聞いていたから、初耳だ。


「牧子さんと約束したのよ……牧子さんの作った憩いの場、それを継げる場所を作って、招待するって……」

「そうだったんだ……」

「私、それまで喫茶店は行ったことなかったの……コーヒーだって淹れた事なかったわ、色々独学で学んで、ジョーさんに手伝ってもらって……今に至るわね」

「ど、独学で……しかも短期間なんだ……」


私はおばあちゃんに小さい頃から教えられてようやく並程度に出来ていた。

大体10年か15年、それくらいでようやくだ。

だがこの子は短期間で波以上に出来ている、これがセンスというものなのか。

そのセンスが羨ましいと思ってしまうのは卑しさか、それとも憧れなのか。


「……美咲?」

「えっ? あ、ううん! 本当に凄いね!命香ちゃんは!」

「そ、そうでもないわよ……作ってる時は結構楽しいから」

「そっか……そうなんだ……」


いつも命香ちゃんはコーヒーを淹れる時、作業のようにスルスルこなしている。

見ているとつまらないのかなと思ってしまうがそうでもないそうだ。


「……でもね、今としてはどうしようもなかったけど……余計な事をしちゃったかもって思ってるの」

「ど、どういう事……?」


カップを洗い終えた私はカウンターを出ると、命香ちゃんの隣に座った。


「牧子さんが言ってたの、美咲には未来がある。もし上手くいかなかった時、この道を残して未来を繋げさせてあげたい……って」

「おばあちゃん……そんな事言ってたんだ……」

「でも……貴女を私が雇った所為でこのお店を継げるに人はいなくなってしまった……牧子さんの紡いだこのお店を……本当に消してしまったんじゃないかって……」

「命香ちゃん……」

「美咲……貴女が望むなら……」

「言わないで!」


私は命香ちゃんの体を両手で思いっきり抱きしめた。

これ以上の言葉を言われてしまうと私はどうなってしまうかわからなかった。

一瞬見えた命香ちゃんの顔は驚いていた。

どんなに恥ずかしいことでも私は今この行動をしないとこの子に自分の意思が伝えられない気がしてしまったのだ。


「み、美咲っ……!?」

「お願いだからそんな事言わないでよ……!」

「だ、だって……だって……!」

「全て選んだのは私だよ! このお店はおばあちゃんが亡くなった時点で私には背負えないよ……! だから命香ちゃんの行動は間違ってない!」

「っ……! 貴女はいいの……!? このお店は……!」

「自分勝手なのも酷い事だっていうのもわかってるの……でも……ここはおばあちゃんが何十年もかけて作ったの……私じゃここを継げられない……」


悲しいけど、私にはおばあちゃんのようにこのお店を作り上げ、それを継ぐにはあの人は偉大すぎる。

おばあちゃんは私にとって偉人のような人間だ。何十年も手塩にかけてコーヒーだけでなくお店も作りあげてきた。

私がやろうとすればその先は底知れぬ「何か」だ。闇かもしれないし沼かもしれないし、痛みしか感じない地獄かもしれない。

それを1人だけでなんて、出来る自信はない。


「……命香ちゃんがルミノーソを、おばあちゃんの意思を継いだ憩いの地にしてるのなら……命香ちゃんはおばあちゃんの意思を継いでくれてる……私はそれを助けたい」

「美咲……本当に……いいの……?」

「命香ちゃんと一緒なら、もしかしたらここを越えられるかもしれない……から……」

「……ありがとう……その気持ち……絶対に無駄にはさせないわ……」


いつもより強くギューっとしてしまっていた気がしたが命香ちゃんも私の体に腕を回し、ギュッと抱き返してくれた。

私はそれがちょっと驚きであり止まってしまう。少し冷たかったが気温が上がってきている今では心地よい。

ちょっとの間、2人だけの空間を楽しんでいた。

ゆっくり扉が開く事も気づかずに。


「美咲さん! お目覚めになら……れ……た」

「あっ」

「はっ」


入口にはお隣さん、ルミちゃんが立っていた。

清楚な黄色いワンピースに包まれ、お嬢様感がヒシヒシと伝わってくる。

入ってきた瞬間、私達はササッと二人で離れ、顔を赤くしてしまった。

ルミちゃんは数秒その場に立っていたが、ハッと気づき頭を下げてくる。


「ももも申し訳ありません! 今のは忘れますから!」

「あ、ありがとう……」

「た、助かるわ……ルミ……」


正直もうちょっとだけあの時間を体感したかったが世界はそれを許してはくれないようだ、悲しい。


「と、ところでどうしてルミちゃんがここに?」

「勿論お手伝いですわ! 美咲さんは命香さんのご自宅で同棲するのですわよね!?」

「同!?」

「棲……!?」


多分命香ちゃんが手伝うようにお願いしたのだと思うがどんな説明をしたのだろう。

それじゃあまるで新婚さんみたいな響きじゃないか。


「シェシェシェシェアハウスと呼びなさい! それは流石に……!」

「? 何が違うのです?」

「わわわ私達そこまでの関係じゃないから! ルミちゃんそれは誤った使い方だよ!」


日本語教室を行いルミちゃんを納得させた。

だがさっき二人でやってたことを考えれば同棲なのではという言葉に私達は全く反論出来なかった。

気を取り直して私達は私の自室まで向かった。

ここは喫茶店部分は洋風だが自宅は和風だ。

だから結構和室ならではの香りが漂っている。


「……いいですわね、西京では中々見れない雰囲気ですわ」

「あはは……でもちょっと古臭いかもね……」

「……ルミノーソもリビングとか自室は比較的和風だったけど、ここまでじゃないわね」


自室に着き扉を開くと、見慣れている私の部屋が広がる。

正直な所部屋には何も無い。ベッド、机、本棚、多少のぬいぐるみ程度であり普通のお部屋だ。


「ここが私の部屋だよ〜、ここの物はとりあえず持っていこうかな……」

「いいお部屋ではありませんか、大切に扱われていたのですね……」

「……確かに、綺麗に使われてるわね」

「も、もぉ〜大袈裟だよ〜……ところでこれから荷造りしないとだけど……今日だけで間に合うのかな? 引越し業者さんは……」

「いないわよ」

「えっ」

「そういうの、お金がかかるのでしょ? それに時間もかかりますし、必要ありませんわね」

「まさかこのまま荷造りしてルミノーソに持ってくの?」


いやいや不可能だろう。私達3人だけではベッドや机のような大きいものは持っていけない。

というよりもこの状態のままでは家の外にすら出せないと思うのだが……


「ルミ、あれ持ってきてくれたのよね?」

「はい、これですわね」


命香ちゃんに聞かれたルミちゃんはバックから小さな銀色で棒状の物を取り出した。

一見ペンに見えるがタダのペンじゃない事を一目見たらわかった。

なぜならそれからは「あのオーラ」が見えたから。


「そ、それって……凶魔コア……?」

「凶魔コアは神機の力を強めたり神機以外の武装を強化できる……でも職人達の力で実用性のある日常品を作る事も出来るの」

「その名もアグリ! 物の四隅にあたる所をこれで触れますと……」


ベッドの角の一角をアグリで触れると、その地点が青く光った。


「あっ、光ってる」

「まだですわよ! はいはいはい!」


そのまま他の角3隅を触れ、ルミちゃんはアグリをクルクル回した。

そして天に掲げ、こう呟く。


「セット! アグリゲイション!」


その言葉によってベッド全体は青く光り、まるでサイコロのように小さくなってしまった。


「す、凄い……フィギュアみたいな大きさだね……」

「大きいものはサイズを小さくして袋にまとめて、小物はダンボールにまとめてまた別の袋に入れるわよ」

「そうですわね……あら?」


何かを見つけたルミちゃんはベッドがあった所の隣に近寄る。

そこには私が唯一ちょこちょこ買っていたぬいぐるみが数体溜まっている。


「そっそれは……!」

「まぁ可愛らしい……! 日本にはこんな可愛いのもありますのね!」


タヌキだったり抱き枕として使っていたチワワのぬいぐるみ、あとは比較的小さなクマのぬいぐるみなど多彩だ。

可愛らしいから買っていたが見られるのはちょっと恥ずかしい。


「これは置いていこうかな……さ、流石に邪魔になっちゃうと思う……命香ちゃん?」

「……カワイイ……」


押し入れ行きにでもしようかなと思っていたが、何故か隣で命香ちゃんの目が輝いていた。

うん、これ多分欲しがってる気がする。


「……ちょ、ちょっと埃っぽいかもしれないから洗濯は多分必要だけど……いる?」

「っ! いいの!?」

「う、うん、お下がりでもよければ……」

「ありがとう……大切にする……!」


可愛い、これまで見た事のないような自然な笑顔……本当に嬉しそうだ。

もしこれで喜んでくれるのなら、私としても本望だ。

そして必要な物を部屋から全て取り出し、私の部屋は何も無くなった。


「ふぅ! これで全部だね!」

「もし別の部屋で必要な物があるなら随時言ってちょうだい、また手伝うから」

「そんないいよ! その時は1人でも……」

「手伝うわよ……ぬいぐるみ……貰ったし……」

「っ〜〜〜!!」


前髪で少し見えなかったが明らかに赤面していた。恥ずかしがりながらあんな顔されたら私は……私は……!


「ん〜〜〜〜!」

「ちょ、ちょっと美咲!? な、何よ……!」


凄い勢いでこの子の頭を撫でていた。

綺麗な赤い髪がちょっとわしゃわしゃになってしまったが彼女が可愛いから致し方ないのだ、うん。


「ずるいですわ! わたくしも撫でさせてくださいまし!」

「ダメ〜! 今は私の〜!」

「どっちのでもな〜い!」


またキレた! 命香またキレた!

私とルミちゃんはまた2人で怒られたが、なんだかんだ3人で笑い合い引越し作業は終了した。

ルミちゃんと別れルミノーソに戻り、二人で設置を行って終了である。


「は〜終わったぁ〜……」

「お疲れ、部屋はどう? 狭かったりする……?」

「ううん! 充分だよ! 本当にありがとう……」


嬉しい。誰かと一緒に、しかも命香ちゃんと一緒に暮らせる日が来るなんて。

ちょっとドキドキもするがワクワクもしている。

また凶魔コアに関する事で何かが起こるかもしれない。でも私はこれからはめげずに生きていこうと決める事が出来た。


「命香ちゃん!」

「ど、どうしたの……?」

「こ、のれから……よろしくお願いします!」

「……ふふ、こちらこそ」


でも私自身はこのままでいいのだろうか。

ただ守られる生活に戻って、いいのだろうか。

私はそれだけが心に残り続けている。










「……お腹空いた……そろそろ……限界……」

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